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小学校受験(勉強)は必要ですか?

 「お受験」という言葉が職場などで話題に上がると必ず「必要?」や「意味あるの?」などという言葉を投げかけられることがあります.でもそのような言葉を発する方達も,その方達自身が中学校は私立であったり,子どもを中学校から私立に入れている方も一定割合でいます.まして大学は私立となるとそれは自然なものとして受け入れられています.大学で私立なんて,早慶上智ICU以外意味ないんじゃない?だなんて言えませんが,,,そもそも私は「意味論」があまり好きではありません.なぜなら「どのような状態になれば意味があると言えるのか」を明確にした上で,意味があるの?と言ってる方はほとんどいないからです.と言うことで,私自身の経験と子ども達を見ていて,今考えていることを本記事では述べていきたいと思います.

 まず,私が子育てをすることになってから,子どもに何を与えてあげれば良いのかと言うことを考えてきました.そこで参考にしていた本が2冊あります.一冊が東京品川にある品川女子学園の理事長をされている漆さんの本.「働き女子が輝くために28歳までに身につけたいこと」です.

もう一冊が,スタンフォード大学での講義が本になった,ティナ・シーリングさんの「20歳の時に知っておきたかったこと When I Wish I Knew When I was 20」です.

 漆さんの本では,漆さん自身が生きてきた中で学んできたことを中心に,女性に伝えたいことをテーマとした本です.男性が読んでも学びのある面白い本ですが,女性特有の悩みに対して言及されているものもあり,表現が難しいのですが,女性性の感性がとても今どきであるように感じます.人生や仕事への向き合い方,そして28歳になるまでに身につけておくべきことの羅針盤が記されています.
 ティナ・シーリングさんの本はビジネスに寄った本です.発行が2011年.日本では東日本大震災の年になりますが,アメリカのIT業界で言えばFacebookが大流行し,スマートフォンはiPhoneが爆発的に売れ始める(4sくらいなのでもう爆発してる)くらい.日本だとXperiaがソニエリから発売された時期になります.私のスマホデビューは2011年のXperiaでした.そのような状況の前後に発行された本書は,イノベーティブな思考に関する内容から始まるもので,当時の私には大変衝撃的でした.そして読み進めるうちに社会人として極めて重要な,大前提と言えるようなことが,明確に言語化されていることにも驚きました.
 2冊の本は読まれたこともある方も多いと思います.当時20代,世間知らずの私にとってはとても刺激的な本であったことを今でも覚えています.

 地元の進学校に行き,部活に明け暮れ,希望学部が決まり,1年浪人し,センター試験や2次試験である程度の成績をとって,ある程度の大学に行きながらも,今の年齢になり自分の生き方やこれからの未来に対するモヤモヤが非常に大きい私にとって,受験や勉強はある意味で非常に無目的的な目の前の壁だったと言う反省がありました.20代後半に上記の2冊の本に出会い,未来志向・目的指向性の無い自分の生き方に大きく後悔をしました.

 子どもが産まれ,3歳,4歳となるにつれて,子ども達に何を提供することが親の役目だろうかと言うことを考える中で,若い頃に読んだ2冊の本を思い出しました.

 人生のゴールはどこか.充実した人生は何によって決まるのだろうか.そんなことを自分に置き換えて考えながら,今の自分のモヤモヤを解消するための生き方の変更をどこでできれば良かったのかを振り返った時に,まず大学生の4年間の過ごし方,そして28歳と言う脂がのりにのったあの頃にもっと自分の30代,40代の生き方を考えた選択ができていれば,と言う思いを抱きました.

 子どもに提供できることは,経験であり,生き方の羅針盤である.28歳になった子ども達が熱中して,没頭してやりたいと思えることに出会えていることが私が目指す到達ゴールであると考えました.

 私は,学歴も,学力も,人間性も,趣味や特技も,スポーツも,全て高ければ高い方が良いと思っています.でもそんな人は中々いないですし,私の子ども達がそうであることは難しいと思います.でも,それぞれを自己成長させるための自己努力を積み重ね続けらる人間であることは,とても大事だと思いますし,大人になった時に,そのどれに特化して自己成長のための努力を続けるかを選択できるようになって欲しいと思っています.

 では,小学校のお受験は,そんな私の思いに合致した行動なのでしょうか?少なくとも暁星国際小学校のお受験に関して言えば,合致していると思います.必要以上に厳しいものではなく,必要以上に努力を要するものではないと感じているからです.

 そして,ここからが本記事の主のテーマに対する直接的な考えになりますが,何よりも大事だと感じていることはは,小学校就学前に学びの習慣づけができると言うことです.これは言い換えると,学びを嫌いにならないと言うことと同義です.就学前の勉強という概念がない段階で,文字の読み書きや数字遊びとしての算数,本を読むことや絵を描くこと,走ったり鉄棒やったり山登りしたり,などなど遊びや遊びの延長線としての経験は自然と習慣化されるものが多いように思います.そして,成長する中で自然とその子の嗜好に収斂していくものであると感じています.
 私は受験も同じようなものだと思っています.受験用の勉強も,本番の緊張も,さすがに遊びとは違いますし子どもも緊張しプレッシャーを感じますが,そこに至る過程は前述している遊びとあまり変わらないものとして楽しんでくれました.暁星国際小学校の場合,私の家ではレギュラーコースでも良いと考えていましたので,不合格という概念もありませんでしたので,いわゆる失敗経験もありません.子どもにとっては,頑張ってチャレンジし,成功という結果を感じ取れる機会となっています.
 全てのことに通じますが,何事もその分野や世界にある程度の年月浸かっていれば自然と詳しくなります.その中で楽しみを見つけることも多く,自然とそれが専門になるものでもあると思います.しかし,その前提は,その世界を嫌いになっていないことがスタート地点になります.
 
 良いスタートを切るための先行投資として,私たち夫婦は受験という道を選択し,そして基礎教育にあたる小学校生活も学習や友人関係を嫌いにならない重要なスタート期間であると考え,私立小学校を選択しました.

 公立小学校でも変わらない!そんなの親次第だし,環境次第だ!と言われることが多々あります.そんなことは私たちもわかっています.私は小学校から大学まで全て公立・国立です.中学校受験も経験していますが,抽選の2次試験に不合格となり地元の公立中学校に進学し,今がありますので,公立の良いところを経験して育ってきた人間です.
 ですが,夫婦共働きが当たり前で,平日に十分な教育のための時間や選択肢がない私たちにとって確率を高めるため,外注をして自分たちの時間を確保するため,などのことを考えると,やはり私立小学校,特に暁星国際小学校はベストマッチな選択肢でした.そして,実際に2人の子どもを通わせて,やはりベストマッチだったと感じています.

 長々と持論を展開してしまいましたが,結論です.
 受験は手段,目的は学びを好きになること.私立小学校は,そのための最適な選択肢を得るために,効率的で効果的なものの一つだと思います!それは,どこの大学に行くかとか,どこの会社で働くかとか,そんなことじゃなくて,生き方を子どもに考え,身につけてもらうために選ぶものでした!ということです.

 皆さまの子育てのための選択肢の一つに加えて頂ければ幸いです.
 ありがとうございました.

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