見出し画像

青森移住ぼちぼち珍道中〜#114 は泣いた。

雪降る青森を出発して、いざ!
学業の神様のお守りを沢山いただいた。
10個以上はあったのでは?

いつもお参りしている神社にも参拝した。
「環境破壊、地球温暖化。いつか食糧がこの地球からなくなる。地球に住めなくなる。人類を救うために僕は研究したいんだ」と、志望校を決めた。

自分のためではなく、みんなの役に立つために研究したいという18歳の子を合格させずにどうするんですか。
神様どうかお願いします。
ここまで来たら、神頼みしかないのです。
ご先祖様にお願いしかないのです。

受験当日、
タクシーで受験会場の大学へ。
続々を受験生が門をくぐる。
「お前なら大丈夫や、お母さんは信じとる。落ち着いて頑張ってこい!」と次男の背中を押した。
「行ってくるから」と歩いて行った。
主人はただ祈るばかりで見送った。
そして走馬灯のように、次男が生まれてから今までの事が込み上げてきた。次男の背中をみながら、私は泣いてしまった。

姿が見えなくなり、親の務めアパート探し。
大学付近は、不動産屋さんの呼び込みだらけ。
こんな感じなんだと横目に見ながら、アポを取っていた不動産屋さんへ。

1件目、条件もよく住宅街で静か、大学から850m。
主人の直感、決めた。
仮契約して午後は京都観光。

次男「試験の出来が悪かったら落ち込んで泣きながら帰ってくるから、お母さんたちは迎えに来なくていいからね、どうだったかも聞かなくていいから。」
私達は、ホテルで首を長くして待った。

ガチャ、ただいま〜。
超ご機嫌の次男坊がそこにいた。
手応えありの様子。
2日目も無事の終わり、手応えは55%。

あとは結果を待つだけ。
合格発表は2週間後。
珍しく長男も残業がなく、家族みんなで晩御飯を食べていたある日、
主人が次男坊に
「なんで、お前はそんなにストイックに頑張れるんだ?なんで諦めずに頑張れる?その支えはなんだなんだ?もしかして、お母さんか?お母さんの料理か?」と不意に聞いた。
次男は静かに「そう、お母さんの料理が楽しみで、支えだった。頑張れた。」

泣ける。。。。。
次男は2言目には「今日の晩御飯なぁに?」だった。
朝、バス停に送る時も「今日の晩御飯はなぁに?」だった。
私は決まって「今、朝やで〜まだ考えてないわ〜」だったけれど、そんなに楽しみだったんだ。

そして決して社交的ではない、口数が少ない次男が私だけにはけっこう話をしてくれた。
私はおっちょこちょいでどこか抜けている性格、でも明るさは誰にも負けない。
そんな私をイジる事が生き甲斐のように楽しんでいた。
大好きなイジメっ子をイジるように。笑

高卒で学歴もなく、勉強嫌い、頭も良くない私。
ずっと劣等感だった。
そんな私が超難関大学を受けるような息子の支えになった。

私は食を大切にしている。
なるべく手作り、なるべく添加物は少なめで愛情たっぷりの料理を作ってきた。
それは主人を始め、長男、次男が美味しいと食べてくれる顔を見たいから。
食べ物で身体は出来ているから。

母親の役割は愛情たっぷり注ぐこと、子供たちを信じること、いつでも見方であること、そして明るい家庭を作ること。

私の母親がそうだったから。
母の周りにはいつも人いっぱいいた、いつも家に誰かが来てた。
母は早くに父を事故で亡くし、中学を卒業後、妹と弟を高校に行かせるために働いた。
苦労して来た人。
でも母に八つ当たりをされた事がない。
私もそうありたいといつも思っていた。

そして長男と次男に、
「お母さんは、2人とも一人の人間として尊敬している。それはお母さんに出来ないことをやってるから。これからもずっとお母さんは、2人の味方だから」と伝えた。

息子たちも涙。

そして3月10日、いよいよ合格発表。
大学HPで12時ジャストに公開。
次男は2階の自分の部屋、主人と私達はリビングでパソコンの前に正座。
全然、繋がらない。
スマホでも繋がらない。

2階からドドドドドドドーっ、と次男の階段を駆け降りる音。
リビングを出る、階段途中にいた次男「合格したよ!」
「やったーすごい、すごい、すごい、よかったな、ほんまよかった。頑張ったもんな」と、思わず18歳の次男に飛びつき抱きついた私。
恥ずかしそうにした次男。
「こんな時くらい、抱きついたってえーやん!」
次男は照れて私に手を回してくれた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?