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カズオ・イシグロ『夜想曲集』徹底解説

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「決して聴こえない主題の謎」~『夜想曲集』#3「モールバンヒルズ」~カズオ・イシグロ徹底解剖・第69話

そして、歌のことを考えろ、と自分に命じた。まだしっくりこないパッセージのことを… おしまい。 え?それでおしまい? なんか妙なハナシやったな… 第1話や第2話に比べると、ちょっと空気感が違う気がする… あれだけたくさん登場した歌のタイトルがひとつも出てこなかったし… 主人公の名前も出て来なかったね! ずっと「ぼく」のままだった。 第1話は「ヤネク(ヤン)」で第2話は「レイモンド(レイ)」って名前があったのに。 あと、ミュージカル映画の話題も出て来なかった

「マロニエの花、咲き乱れる頃」~『夜想曲集』#2「降っても晴れても」~カズオ・イシグロ徹底解剖・第68話

さて、主人公レイモンドと人妻エミリの二人による「交合ストーリー」における『ラバーマン』の意味を解説しよう。 前回を未読の人はコチラへ! レイモンドは、サラ・ボーンの『ラバーマン』を聴きながら、目を閉じて昔のことを思い出す。 およそ三十年前の大学時代のこと、エミリの部屋で「レコードプレーヤ」を囲み、この曲を二人で聴いていた。 Sarah Vaughan《LOVERMAN》 エミリがこの曲を選んだことには、非常に深い意味があるよな。 深い意味!? エミリがこの歌

「シヴァとリンガとハイファイセット」~『夜想曲集』#2「降っても晴れても」~カズオ・イシグロ徹底解剖・第67話

し、シヴァ!? そう。多くのヒンドゥー教徒に最高神として崇められているシヴァだよ。 イシグロ&土屋政雄氏ふうに言えば「ヒンズーのシバ」だね。 第2話のタイトル『Come Rain or Come Shine』っていうのは、主人公レイモンド(愛称レイ)が「シヴァ」であることのジョークでもあるんだよね。 『Come Ray or Come Shiva』なんだよ。 前回を未読の人は、こっちを先に読んどいたほうがいい。 ど、どゆこと? 小説の最初のほうで、レイモンド

「サラ・ボーンのLOVER MANとパリの四月」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第66話

四つん這いで「犬」になりきり、「雑誌」に嚙みついていたレイモンド… 会議を切り上げ帰宅して、その姿を見てしまい、戸口で立ちつくすエミリ… 前回を未読の人はコチラ! さあ、ここからが小説も解説も正念場だ。 お手並み拝見といこうか。 へ? 実を言うと、ここから「3つ」の物語が同時進行するんだよ。 み、3つ!? 「表向き」と「裏」のストーリーだけじゃなくて!? そう… まず「表向きのストーリー」は、こんな感じだよね。 レイモンドの「偽装工作」を目撃したエミ

「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第65話

しかし驚いたな。 イシグロが短編『降っても晴れても』の中に潜ませた『スペイン革のブーツ』に、あんな意味があったなんて… しかもそれだけではなく、松本隆のパクリ疑惑まで晴らすとは… お前ら大丈夫か? あくまでオッサンの「推測」に過ぎんハナシやで? このシリーズ全般に言えることやけど、何でも鵜吞みにしたらアカン。 どの口が言うんだ? ナンボクの言う通り、すべては僕の推測に過ぎないかもしれない… 本当の答えは、風に吹かれているんだよ… そうゆうのも要らん。イラ

「スペイン革のブーツってどんな意味?」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第64話

さて、ボブ・ディラン『スペイン革のブーツ』の歌詞に込められた本当の意味を解説しようか… その前に、前回を未読の人はコチラ! しかしホンマかいな。 男女の「別れの予兆」を切なく歌い上げた名曲『スペイン革のブーツ』が「裏切り者を十字架にかける」歌やったなんて… ホントだよ。「愛」の名のもとにね。 愛!? だってイシグロはこの短編で「裏切り」の再現を描こうとしていていたじゃないか。 「愛」ゆえにね。 チャーリーがレイモンドに手取り足取り「革のブーツを鍋で煮込む」

「ぼくたちの失敗」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第63話

さて、居間を物色したレイモンドは、キッチンへ向かった。 それにしても居間で発見した3枚のCDの秘密には驚いたね! まさかあんな暗号になっていたとは! 特に「フレッド・アステア」は、サブイボMAXやったで。 有り得ないよな… 何度も言ってるだろう。 イシグロ文学においては「有り得る」ことなのだ。 太宰のように。 さて、レイモンドはキッチンテーブルの上に置かれていた「紫のノート」を目にする。 もちろんエミリのものだ。 もうパターンは読めたで! 「紫のノー

「イシグロの暗号」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第62話

さて、どんどん進めるよ。 前回を未読の人は、こちらをどうぞ~ 主人公の「ぼく」ことレイモンドとチャーリーがフラットに戻ると、エミリが「フィナンシャルタイムズ」を読んでいた。 エミリを見て「ぼく」は驚く。以前よりかなり太ってて、口元がブルドッグみたいだったからだ。 ひでえな(笑) なぜ「フィナンシャルタイムズ」なのか、わかるか? なぜ? たまたま読んでただけじゃないの? 『日の名残り』の「訳者あとがき」でも土屋政雄氏は「ニューズウィーク」を使っていたよな。

「ロンドンって、どこ?」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第61話

じゃあ第2話『Come Rain or Come Shine/降っても晴れても』の解説を始めよう。 登場人物は、この三人。こんな役割になっていた。 前回を未読の人はコチラからどうぞ! しかし衝撃的だったな… せやな… まだサブイボ立っとるわ。 冒頭に提示された4曲の「出だしのフレーズ」によって、この小説が「新旧聖書」を元ネタにしたものであることが暗示されたということは話したね。 続けて語り部の「ぼく(イシグロ)」は「今どきの若者」と「自分たち世代」の「音楽へ

「エミリー・エミリー&メリイ・クリスマス後篇」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第60話

め、メリイ・クリスマス? そう… カズオ・イシグロの短編『Come Rain or Come Shine/降っても晴れても』は、太宰治の『メリイ・クリスマス』という短編を元ネタとして書かれているんだ… 前回を読んでない人にはチンプンカンプンだな。 まずはこれを読んで、衝撃の展開に備えたほうがいいぞ。 ほ、本当なのか? 間違いないですね。 だって「ブーツ」が重要なアイテムとして出て来るでしょ? 「ブーツ」といえば「太宰治」だ。 太宰治って当時の日本人として

「エミリー・エミリー&メリイ・クリスマス前篇」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第59話

やっと冒頭4曲の紹介が終わったね… 小説では、まだたったの5行目までなんだけど、実に濃厚で長かった… 「冒頭4曲」っちゅうのはコレのことやで。 驚きの連続だったな… 前回のロレンツ・ハートしかり… そういえば肝心の「登場人物の解説」が、まだだったじゃねえか。 こいつらにサクッと説明してやれよ、おかえもん。 いったい「エミリー」「ぼく」「チャーリー」が誰なのか… 誰? 第1話の『Crooner/老歌手』同様に、第2話『Come Rain or Come S

「ロレンツ・ハートの子守唄」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第58話

さて、『It Never Entered My Mind』と作者ロレンツ・ハートに関して、ちょっと紹介しようか… 歌の解説はコチラ! この歌は、1940年のブロードウェイミュージカル『Higher and Higher』のために作られた。 『サヨナラ』『南太平洋』で有名なジョシュア・ローガンが脚本・演出で、ロレンツ・ハートとリチャード・ロジャースの名コンビが曲を書きおろしたんだ。 『Higher and Higher』っちゅうたら、フランク・シナトラの映画デビュー

「こんなことになるとは思いもしなかった…(It Never Entered My Mind)」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第57話

それにしても、あのジャズのスタンダードナンバー『Here's That Rainy Day』の「出自」には驚いたな。 ホンマややこしい歌やった。 いよいよ、イシグロの短編集『夜想曲集』の第2話『Come Rain or Come Shine/降っても晴れても』の「冒頭で提示される4曲」の最後の1曲『It Never Entered My Mind』の解説だね… 曲名やタイトルが混在するとややこしいな。 現時点までをまとめると、こういうことだ。 おお!わかりやすい

「なぜ人は《雨が降る=悲しい》と決めつけるのか?(Here's That Rainy Day)」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第56話

まさか小説の三行目までの解説で、こんなに回を重ねるとは思ってもみなかったね… ホンマやな。 出だしの3行で、もう6回も書いとる。 しかし、よくもまあ毎回毎回、驚愕の新事実が飛び出してくるよな… 前回もホントに驚かされた… 仕方ないですよ… カズオ・イシグロが「ややこしい」伏線を張り巡らすから… 第3の曲『ヒアズ・ザット・レイニー・デイ』も、これまでの曲に負けないくらいの「ややこしさ」だぜ。 いや、ひょっとしたら、最も「ややこしい歌」かもしれないな… マジ