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「ディクソン巡査のマウ!マウ!の鼻歌の秘密」~『THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI(スリー・ビルボード)』徹底解説5

ふっふふ~ん♪

ご機嫌だね。どうしたの?

この『スリー・ビルボード』の解説シリーズが大好評でね。

これまで僕は数々の解説を書いて来たけど、こんなに反響があったのは初めてなんだ。

オッサンは黙殺され続けて来たさかいな…

エビングの…いや、ネット界隈の映画・音楽・文学各クラスタから…

これほどの男が?

Why Japanese people?

まさにフランシス・マクドーマンド演じるミルドレッドじゃないか。

ありがとう、公園兄弟…

そんなことを言ってくれるのは君たちだけ…

まあ、こういう背景もあるから僕は『スリー・ビルボード』と主人公ミルドレッドに、ここまで強い思い入れを抱いているのかもしれません…

僕はミルドレッドが何だか他人に思えないんです…

僕は彼女と同じで、言うことは過激だけど優しいハートがあり、たとえ孤立しようとも信念を貫く人間ですから…

元貴乃花親方か、お前は。

彼もまるで自分の姿を見ているようなんだよね…

ただフランシス・マクドーマンドや花田光司は業界で頂点を極めた人だけど、僕は今のところ何も成し得てない…

そこだけが違う点かな。

「そこだけが」って軽く言うなよ。天と地の差じゃんか。

人生というのは、ままならぬものだ。

さて、前回の続きを解説しよう。

いよいよミルドレッドの広告が3枚のボードに書かれる夜がやって来た。

そこに偶然現れたのは、ウィロビー子飼いの巡査ジェイソン・ディクソンだ。

Jason Dixon(サム・ロックウェル)

そういえば、高田文夫の物真似をする松村邦洋みたいに「マウマウ」奇声を発していたね。

何だったんだろ、あれは(笑)

彼は精神年齢が子供なんだよ。

本来は警察官になってはいけないレベルの人なんだ。

だけどそんな彼が警察の仕事をしていられるのは、ウィロビー署長が重用しているからに尽きる。

ウィロビーがアンジェラ殺害事件をディクソンに任せていたのは、彼の無能さを買ってのことなんだ。

ディクソンに任せておけば、捜査は確実に進展しないからね(笑)

それに大事なものを色々紛失してくれる。

自分の警察バッジすら紛失するくらいだ。きっと証拠品や押収品も紛失するんだろうな…

だからウィロビーにとって便利な存在なんだよ。

どうゆう意味?

まあ、あとでわかる。

この映画の他の解説記事を読むと、ディクソンは「ゲイ」やと書かれとるで。

それを隠しとるんやと。

違うんだよね。

みんな勘違いしてるんだ。脚本を書いたマーティン・マクドナーの策略に引っかかって…

断じて言う。ディクソンは同性愛者ではない。

彼が「隠していること」は「ゲイであること」ではないんだ。

でも「ABBAを聴いているのが同性愛者の証拠だ」って多くの人が書いてるよ…

誰が最初に言ったのかは知らないけど、そんなことは僕の46年の人生で初耳だし、マジで有り得ない。

この映画における「ABBA」とは、新約聖書の『ローマ人への手紙』からの引用だ。

イエスの迫害者から伝道者に回心したパウロの「ABBA, Father!(アバ、父よ!)」というセリフを想起させるためのものなんだよね。

この映画でディクソンは、使徒パウロの生涯をそのまま演じているんだよ…

なるほど!

ちなみに「頭を包帯グルグル巻きの聖人」といえば、カズオ・イシグロ『夜想曲集』でも使われていたネタだね!

そういやオッサンは、アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』徹底解説でも、淀川はんの主張しとった「主人公トム・リプリーと御曹司フィリップは同性愛関係」を真っ向否定してたな。

だって間違っているからね。

確かにパトリシア・ハイスミスの原作ではそう描かれているんだけど、映画では書き換えられたんだ。

1960年当時はまだ映画での同性愛描写はタブーだったからね。

だから脚本・監督のルネ・クレマンは、ハイスミスの原作を全く別の物語にして、ものの見事に傑作映画に仕立て上げた。

最初に完成した映画を観たハイスミスは呆然としたそうだ。「私の物語じゃない…」ってね。

詳しくはコチラで。

でも劇中でディクソンはゲイ呼ばわりされるよね?

彼がゲイ呼ばわりされるのは、あの年で超マザコンなのと、「DIXON」という名前が「DICK SON(ちんぽこ野郎)」に聞こえるからなんだよ。

劇中で彼のことを嫌う連中は皆「ディック・ソン」と少し間を入れて発音しているんだ。

よくセリフを聴くとわかる。

詳しくはまた別の回でたっぷりと話そう…

この映画で口にされる汚い言葉の数々はすべて、脚本を書いたマーティン・マクドナーによって意図されたものだ。

登場人物がただ勢いで口にしてるんじゃないんだな。

そのタイミングで、その言葉じゃないといけない理由が、すべての不適切語にちゃんとあるんだよ。

まるで元祖天才コーエン兄弟の『バートン・フィンク』みたいに…

ホント面白い映画です、この『スリー・ビルボード』という作品は…

さて、パトカーで深夜巡回中のディクソンは、鼻歌まじりで御機嫌だった。

歌われてたのは古いカントリーソング『STREETS OF LAREDO』だね…

<続きはコチラ!>


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