日の名残り第45話1

カズオ・イシグロ『夜想曲集』の第1話「 Crooner /老歌手」とは、いったい何なのか?~『日の名残り』徹底解剖・第45話


~~~ 三日目・夜 五島・福江島 ~~~


うわ~!ドキドキする~!

カズオ・イシグロの短編集『夜想曲集』第1話「Crooner/老歌手」に隠された秘密を全部しゃべっちゃうなんて~!

完全ネタバレだけど、作品の発表からもうすぐ10年だから、もう時効だよね!

ちなみに「Crooner」というタイトルに隠された秘密はコチラ~!

なんやねん、この出だし。前フリもクソもないな。

手抜きもいいとこや。

お前は黙って寝てろ。

毎回「前フリが長い」といった意見もあるんだ。

くだらない話のようで、実はかなり考えてやってるんですけどね…

わかる人にはわかるだろう…

さあ、始めてちょーだい!

OK…

第1話『Crooner』(邦題:老歌手)の舞台はイタリアのベネチアだ。

旧共産圏から出稼ぎに来ているギタリストのヤンは、サン・マルコ広場に面したカフェで観光客相手に演奏している。

サン・マルコ広場って、どんなとこ?

いいところだぞ。

多くの画家にも愛された広場だ。プレンダガストの絵でも有名だな。

St. Mark's, Venice, 1898 - Maurice Prendergast

サン・マルコ広場といえば、ルキノ・ヴィスコンティの『ベニスに死す』やろ。

『Death In Venice』Luchino Visconti(1971)

やっぱり気になって眠れないんじゃん(笑)

いま気付いたんだけど、この予告編の中に出てくるセリフはとても興味深いね。

マーラーを演奏中に聴衆にブーイングされて落ち込んでる指揮者に対し、友人が、

「お前には官能が無いんだ!お前の演奏は退屈なんだよ!」

ってブチギレる。

それがどうかしたのか?

これってたぶん、カズオ・イシグロも言われたことあるんじゃないかな?

ふぁ!?

ありえるな。

ヘボい翻訳者が訳してしまった国や、非西洋言語圏では、そういうふうにイシグロ作品を捉えた連中もいたかもしれない。

「英国の伝統?気品ある文体?気取りやがって!エロスのカケラもねえじゃねえか!」

ってな。

ああ、そうか…

「インタビュー症候群」の話で言ってたよね。

海外で「思わぬ受け止め方」をされている、って…

その通り。

自身の「ディアスポラ」による疎外感をベースに、駄洒落とエロをふんだんに散りばめた小説を書いてるのに、一部の地域では「高尚な大作家先生」みたいに扱われていて困惑している…

って感じのニュアンスだったね。

そうだったな…

だからイシグロは、この短編集を発表したんだ。

勘違いしてる人たちへ向けたハウツー本『How to enjoy Kazuo Ishiguro』みたいな感じで。

だからきっと5つの短編には、イシグロを理解する上で必要なヒントが隠されているはず…

この短編集に収められた5篇の物語は、いっけん別々の話に見えて、実は複雑に関連し合っているんだよな。

ジャック・ケルアックの『孤独な旅人』と同じように。

土屋政雄氏の「あとがき」にも、こんなことが書かれている…

本書全体を五楽章からなる一曲、もしくは五つの歌を収めた一つのアルバムにたとえ、「ぜひ五篇を一つのものとして味わってほしい」とイシグロは言っている。

五つの物語に通底する「何か」があるってことだね!

何だろう?わくわくするな!

もう言うてもうたやんけ。そのカギとなる人物の名を。

あ、そうだった…

ジュディ・ガーランドだ。

Judy Garland(1922 - 1969)

この短編集もジュディ・ガーランドがキーパーソンだなんて、ちょっと信じられないのだが…

信じられないもなにも、冒頭の一行目で示されるんだからしょうがない。

え!?一行目で?

第1話『Crooner』は、こんな一文で始まる…

ある朝、観光客に混じってすわっているトニー・ガードナーを見た。

これのどこがジュディやねん。

表題にもなっている「クルーナーの老歌手」こと「トニー・ガードナー」という人物のモデルは、実はこの人なんだ…

Vincente Minnelli (1903 – 1986)

誰?このおじさん…

ヴィンセント・ミネリは、ジュディ・ガーランドの二番目の旦那さんだよ。

1940年代から60年代にかけて活躍した超大物映画監督だ。

二人の間に生まれたのが、女優ライザ・ミネリだね。

Liza May Minnelli(1946 -)

お~!セ~クスィ~!

女子修道院で見るセクシー画像は、なんか背徳感があって普段以上にドキドキするよな…

なに興奮しとんのや、このボケ。

しかし何で「トニー・ガードナー」が「ヴィンセント・ミネリ」なんや?

てっきりシナトラのことかと思っとったわ。

俺もそう思った。

友人の「ディーノ」はディーン・マーチンのことっぽかったし。

劇中で歌う3曲『恋はフェニックス』『惚れっぽい私』『ワン・フォー・マイ・ベイビー』なんて、全部シナトラの代表曲だ。

だから言ったじゃないですか…

作品中に実名が出てくる人物は全て「カモフラージュ」なんだって…

「フランク・シナトラ」は実名で登場するので「ダミー」なんだよ。

イシグロは、わざと読者をミスリードさせて楽しんでるんだ…

どゆこっちゃ?

「Vincente(ヴィンセント)」って名前で、何かピンとこない?

Vincente?

なんだろう?

わかんないな…

ああ!

「Venice(ベニス)」が入ってる!

ふぁっ!?

ん?

なんか変なこと言ったか?

「ベニスが入ってる」って言っただけなんだが…

あながち間違ってはいないよな。穴だけに…

ヴィンセント・ミネリも『ベニスに死す』のルキノ・ヴィスコンティも、そしてジュディ・ガーランドもバイ・セクシャルだったという話もある…

そして『ベニスに死す』で流れるマーラー…

マーラー?何の話してるんだ?

俺の答えはどうなんだよ!?

さっきから「ベニスが入ってる」って言ってるだろ!

早く言ってくれよ、正否を!

そんなこと大声で言うなボケ!

ここは穢れなき女子修道院やで!

しかもどさくさに紛れて、最後の「正否」を伊東四朗ばりの江戸訛りで言うたやろ!

その話はまた後でするとして…

カヅオ君の言う通り、「Vincente」という名前には「Venice」が入ってるんだ。

そしてヴィンセント・ミネリの本名は「Lester Anthony Minnelli」という…

アンソニー!?

アンソニーの愛称って「トニー」だよね!

だから「トニー・ガードナー」なんだ!

しかもファーストネームは「レスター」やんけ。

『スタア誕生』の「レスター」と同じやな。

だけど「ガードナー」はどこから来たんだ?

「ガーランド」からでしょうね。

「Garland」と「Gardner」って似てるでしょ?

「land」の部分を逆さまにすると「Gardnal」だから、「Gardner」と発音がほとんど一緒になります…

じゃあトニーの奥さん「リンディ」が「ジュディ」か!

そうだね。

しかもヴィンセント・ミネリとジュディ・ガーランドは「19歳」の年の差カップルで、これも「ガードナー夫妻」とそっくり…

なるほど…

「ガードナー夫妻」のモデルが「ヴィンセント・ミネリ&ジュディ・ガーランド夫妻」というのは、どうやら間違いないようだな…

それを踏まえて読み解いていけばいいのか…

もう楽勝やんけ。

そんな単純なハナシじゃないよな。

ええ!?

主人公であるジプシーのギター弾き「ヤン」のモデルが「洗礼者ヨハネ」だったことを忘れちゃいけない。

他の登場人物も、これに合わせた役割になっているんだ…

「洗礼者ヨハネ」に合わせた役割!?

このペースで進めていたら、短編5つが終わる頃には朝になってしまいそうなんで、単刀直入に言うよ。

単刀直入…

もうええっちゅうねん!

このシリーズの品性が疑われるわ!

カズオ・イシグロの作品も、実はこんな感じなんだけどなあ…

同じようなことをやってるのに、なぜ向こうはノーベル文学賞で、なぜ僕はこんなところなんだろう…

「こんなところ」とかピースオブケイクに失礼やろ。

まあいい。いつか見てろよ。

単刀直入の件、お願いします!

ズバッとね!

よし!

ズバッといくぞ!

なんだよこれ!?

ジプシーのギター弾き…

頭を包帯グルグル巻きにされた入院患者…

もしや…

これをカズオ・イシグロは『夜想曲集』で…

ハァ?

いや、なんでもない…

気にするな。

さて、威勢のいい歌を聴いて俄然ノッてきたぞ!

これが第1話『Crooner』(邦題:老歌手)の登場人物の役割図だ!

じゃかじゃ~ん!

ガ、ガブ様!?

また受胎告知ですか!?

アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』と同じじゃんか!


その通り…

また『受胎告知』なんだよ。

西洋人はホント好きだよな「Annunciation(受胎告知)」が。

ああ!

だからトニーさんは「3曲」歌ったのか!

このガブ様みたいに!

真ん中のやつは、マリアの返事なんだけどね。

しかしイシグロのギャグの中で一番笑えるのは、トニーが一生懸命歌ってるのに、肝心のリンディがバルコニーで「寒い」って冷たく言い放つところだ…

この絵のマリアみたいにな…

ああ~!

確かに「寒い」って言ってるっぽい!

この『受胎告知』では、ガブリエルが登場した時マリアは旧約聖書を読んでいたんだけど、マリアが「編み物」をしているバージョンもあるんだよね。

だから小説でも映画でも西洋芸術で「女性が編み物をしているところに突然男が現れる」というシーンがあったら、まず「妊娠」が関係していると思っていい。

それ『日の名残り』でもあったじゃんか…

ミス・ケントンさんが温室で編み物をしていたところにミスター・スティーブンスが急に入って来るんだ…

そうだったね。

あれは『日の名残り』で唯一の「編み物シーン」だった。

イシグロはそこにスティーブンスを投入し「シルエット」のサインを出したんだ。

『日の名残り』で「シルエット」が出てきたら、

「ここには重要なことが暗喩で描かれていますよ」

というサインだった。

つまりあれは「妊娠のサイン」だったんだね。

本当にこの短編集は「イシグロ解読マニュアル」なのかもしれないな…

第1話『Crooner』の冒頭は天才的に笑える文章なんで、ちょっと紹介するね。

 ある朝、観光客に混じってすわっているトニー・ガードナーを見た。ベネチアはちょうど春に変わろうとしていて、私たちは一週間前から戸外で演奏するようになっていた。冬中、カフェの奥で縮こまり、階段を上り下りする客に邪魔者扱いされながら演奏していた身には、戸外はやはりいい。気が晴れる。風がかなり強い朝で、真新しい大テントは天井も壁もはためいていたが、演奏する私たちの気分は明るく、浮き立っていた。音楽にもそれが現れていたと思う。
 まるで正規のバンドメンバーのような口をきいているが、私は実はミュージシャン仲間で言う「ジプシー」の一人だ。助っ人の口を探して広場をあとこち歩き回り、三つあるカフェバンドのどこででも演奏する。

カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳『夜想曲集』

どこが笑えるの?

だって、この冒頭だけで「物語で受胎告知が行われること」「主人公が洗礼者ヨハネであること」が、ジョーク混じりで完璧に説明されてるじゃないか。

ちょー笑えるでしょ?

そういえば「受胎告知の日」は3月25日やったな…

クリスマスの9ヶ月前や…

「ちょうど春に変わろうとして」いるっちゅうのは、それのことか?

その通り。

「戸外」「一週間」という言葉をつかったのは「過越」を想起させるためだね。

ユダヤ教の重要な祭り「過越」のときには、エジプトでモーセがやったように戸口に羊の血を塗る。「過越」が始まるのは3月末あたりだ。一週間にわたって、かつての受難の記憶を忘れないために様々な行事をする。

なるほど、そういうことか…

じゃあ「階段を上り下りする客」ってのは、ヤコブが夢の中で見た天使のことだな!

おお!コレか!

27秒からの「上から谷間覗き見ショット」はケシカランな。

あれぞまさに「神目線」…なんちゃって。

・・・・・

き、「気が晴れる」は、ぜひ「気が晴れるや」として欲しかったよね…

それ不自然だし、バレるでしょ…

「真新しい大テント」は「幕屋」のことだな。

「演奏する私たちの気分は明るく、浮き立っていた。音楽にもそれが現れていたと思う」の部分は、コレだね。

ユダヤ教の礼拝って、けっこう賑やかなんだ。音楽で「明るく浮き立って」くることもあるんだよね。

あの盛り上がりは、往年の早明戦前夜の新宿コマ劇場前広場みたいやな。

そして主人公は、自分が「正規のバンドメンバー」ではなくて「ジプシー」だと語る。ヤンは生粋のイタリア人じゃなくて旧共産圏からの出稼ぎ労働者だからね。

つまり「亜流・異端」ってことだ。

これは「洗礼者ヨハネ」のことを説明しているね。

ああ、そうか。

洗礼者ヨハネはイエス教団の正式メンバーではなかったし、荒野にいたからな。

そしてユダヤ人からは異端視されていて、のちに、サロメに求められたヘロデによって首をはねられる…

完璧な冒頭だよな。

「小説は出だしが全て」と言うが、まさに見本のような書き出しだ。

ここだけでもう物語で何が起こるのか全て暗示しているのだからな。

こんなふうに簡潔に書けたらノーベル文学賞をもらえるのか…

イシグロだけじゃなく、ディランもそうだった…

僕も意識していこう…

タイトルと冒頭二段落の解説だけでこんなに時間かかってるんだから、絶対ムリだと思いま~す!

今夜中に『夜想曲集』の解説が終わるどころか、この第1話『Crooner』が終わるかすら怪しいよな。

お前の妹にも永遠に会えないかもしれないぞ、イソグロ。

それは困る…

任せてください、カヅオ君。

次回からは無駄話無しでズバッと行きますから…

よし、またあの曲を聴いて、気持ちをズバッと奮い立たせよう…

言ってるそばから、また脱線かよ…

無駄話の達人おかえもん…

ただし!

その腕前は日本じゃあ二番目だ!

ならば日本一は誰だ!?

フッ…

ワイや…

お前らホントいい加減にしろよな。



――つづく――



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