深読み_海獣の子供_プロローグA

前夜 ~深読み 海獣の子供 プロローグ~



2019年7月某日 深夜
スナックふかよみ 



カランカラン♪(ドアの音)


こんばんわ、深代ママ。

ハア……

どうしたの?

頬杖なんかついて…

見ればわかるでしょ…

週末だってのに、この有様…

今夜はもう閉めちゃおうかと思ってたとこよ。

それは悪いとこに来ちゃったな。

帰ろうか?

だーめ。あたしのこと慰めてちょうだい。

4時間もひとりぼっちで、ちょー淋しかったんだから。

やれやれ。これじゃあどっちが客なんだか…

なんか言った?

いえ…なにも…



30分後



ハア……

元気出しなよ…

ほら、僕が一杯おごるからさ。

ありがと。

でもね…

お酒だけじゃ、あたしの心の中で降る雨は、晴れやしない…

じゃあどうしたら?

言葉が欲しいの。

え?

大切なことって、言葉にしないと伝わらないでしょ?

だから言葉にして。

岡江クンの言葉で、あたしの心の中の土砂降りをやませてちょうだい…

困ったな…

なんか言った?

いや…別に…

(どうしよう…今夜の深代ママはいつもとちょっと違うぞ…)

早く。

でないと、あたし…淋しくて死んじゃうかも…

うん…

はーやーくー

(そうだ!)

ねえ、深代ママ…

デンモク貸して。

デンモク?

歌であたしを慰めてくれるってわけ?

いいわ。お手並み拝見ってとこね。

はい、どうぞ。

ありがとう…

ん?これ動くのかな?

失礼ね。動くに決まってるでしょ。

電源がオフになってるだけ。

そうだよね…

あ、ついたついた…

えーと…あの曲、入ってるかな…

あった!

よし…

あたしはこの道ウン十年の女よ。

そんじょそこらのラブバラードじゃ、びくともしないからね。

じゃあ、そんな深代ママに捧げます…

聴いてください…




プル…プル…

深代ママ…

ハア…

岡江クンのバカ…

ご、ごめん…

別にふざけたわけじゃなくて…

ちょっとエッチな笑える歌で元気づけてあげようかと…

もう…

なんであたしが荒井注推しだったこと知ってるのよ…

思い出しちゃったじゃない、注サマのこと…

ちゅ、注サマ?

あたしね…

全員集合で長さんが「荒井は暫くお休みをいただく」って発表した夜、悲しくて眠れなかったの…

だって、少女時代のあたしにとって、注サマはすべてだったから…

やり場のない感情で胸がいっぱいになって、どうにもこうにも落ち着かなくて、わけもわからず町内を走り回ったりもした…

「バカヤロー!」って叫びながら、坂道を駆け下りて…

その気持ちわかるな、深代ママ…

僕も志村けんがドリフを抜けてたら、同じくらいショック受けてたと思う…

なによそれ。

自分は若くて、あたしはババアだってこと?

いや、そういう意味で言ったわけじゃ…

深読みし過ぎだよ…

冗談よ、冗談。

ありがとね、岡江クン。

なんかちょっと元気出た。

やれやれ。それならいいんだけど…

ところでさ…

岡江クン、明日の昼間、ひま?

え?どうして?急に…

あたしね、観たい映画があるんだ。

一緒に行かない?

うん、いいけど…

何の映画?

『海獣の子供』。

もうすぐ終わっちゃうみたいなんだよね…

いいね。僕も観たかったんだコレ。米津玄師が主題歌を歌ってるし。

おっきなスクリーンで、おっきな音で聴きたいよね。


じゃあ決まり!行こ!

場所は?

そうね…

ちょっと待って、今調べてみるから…

ちょうどお昼くらいにやってるところ、は…

あった。渋谷。

地下鉄渋谷駅の13番出口を出てすぐのところにある映画館。

OK。寝坊しないでよ、深代ママ。

するわけないでしょ。

もうちょっと人のこと信用したら?

はいはい。

あと、待ち合わせに「目立つ赤いもの」とか要らないからね。

けっこう恥ずかしかったんだ、あの日…

「深読み生活のたのしみ展 にわか篇」

もう!わかってるってば!

昔の話をほじくり返さないでよ!

でも深代ママと映画なんて久しぶりだな。

だよね!

最後に観たのは確か…えーと…

そう!『君の名は。』!

あたしが隣で泣いてたらさ、岡江クン、ハンカチ貸してくれたじゃない?

そっとあたしの耳元に「これで拭きなよ」って囁いてさ…

あの時はもうジュンってしちゃったわよ!

それ、僕じゃないと思う…

あーー!あたし、すっごく楽しみ!

なんかウキウキしてきちゃった!

もう歌っちゃうね!

どうぞどうぞ。

やっぱり深代ママは、こうでなくっちゃ(笑)

深代💛行きまーーーす!




プロローグ「前夜」 終
本編につづく






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