深読み_スプートニクの恋人_第8話1

『深読み 村上春樹 スプートニクの恋人』第8話「君が、嘘を、ついた〈後篇〉」


前回はコチラ


スナックふかよみ にて


なぜ村上春樹は「白樺派」なんて言葉を出したのかしら?

それとギリシャの島と何の関係が?

そのヒントは、白樺派を象徴する「この絵」の中にある。

同人誌「白樺」の表紙の絵の中に…


あっ!この表紙の絵、知ってる!教科書で見た記憶があるわ!

でもこの絵の中にギリシャの島の名前が隠されてるってホント?

of course。

では、その秘密を解き明かしてみせよう…

「白樺派」を象徴する絵の中に隠されたギリシャの島の名前を…

なんだか楽しくなってきたな。

俺、「絵解き」とか「絵画ミステリー」とか、こういうの大好きなんだ。

お前もだろ、春木?

あっしには関わりのないことでござんす。

実はこの「白樺」の表紙絵は、ある有名な宗教画とよく似ている…

それはルネサンス期、フランドル派の異端児と呼ばれた画家ヒエロニムス・ボスが描いたもの…

知ってる!かなりぶっ飛んだ絵を描く人よね!

そう。

ヒエロニムス・ボスは、自身が感じた聖書の世界観を絵に落とし込もうとした天才画家だ。

そのボスが描いた「白樺」の表紙絵とよく似た絵というのは…

エーゲ海に浮かぶ流刑地の島でヴィジョンを見て、黙示録を書いた聖ヨハネを描いたもの…

流刑地の島? なんていう島なの?

その島の名は…

パトモス(Patmos)島…

ホントだ、そっくり…

でもパトモス島って聞いたことないかも…

トルコ国境近くにある小さな島で、ロードス島をメインとするドデカネス諸島に属する…

ちょうどいい動画があったぞ。

タツノオトシゴみたいな形をした島なんだ。

そう。パトモス島は活発な火山活動で出来た「シーホース」の形をした島。

『THE CATCHER IN THE RYE』の表紙も「赤く燃える馬」だったよね…

おもろい(笑)

・・・・・

ねえねえ、福音記者ヨハネって「イエスに最も愛された弟子ヨハネ」のことなの?

だから他の絵みたいにあの絵でも女性的に描かれているわけ?

福音記者ヨハネは「マグダラのマリア」と混同されてきた歴史がある。

聖書の中にある「イエスに最も愛された弟子」という記述が、そういうイメージを生じさせたんだろう。

だから伝統的に「女性風」に描かれるんだ。

ちなみに『最後の晩餐』の構図、「正しく」はこうだけどな。

そうよね。

他の画家が描いた「最後の晩餐」だと、ヨハネはイエスとこんなふうに密着してる。まるで恋人同士みたいに。

なんでレオナルド・ダ・ヴィンチは、わざわざ二人の間に不自然な距離をおいたのかしら?

そこを深読みし始めたら大変なことになってしまう。

今はヒエロニムス・ボスの「パトモス島の福音記者ヨハネ」の話に集中しよう。

そうね。

ところでさ、あの絵に描かれた背景って、実際のパトモス島に忠実なものなの?

ヒエロニムス・ボスはパトモス島に行ってスケッチしたのかしら?

いや、ボスは島を訪れてはいないだろう。なにせオスマン帝国の最盛期の頃だからね。

ただ、あの絵の背景は、実際のパトモス島の風景とよく似ているんだ。

もしかしたら島の山頂にある聖ヨハネ修道院から見下ろした風景画か何かを目にした可能性はゼロではないかもしれないな…

さっきの動画にも、この動画にも、「パトモス島の福音記者ヨハネ」の背景に似た風景がチラッと映るわよね。

英国が生んだ偉大な芸術家デヴィッド・ボウイも、あそこで記念写真を撮っている。

パトモス島はイギリス人のアーティストに人気の島なんだ。

ええ!すごい!

しかも背景もよく似てるわ…

・・・・・

ところで、あの空に浮かんでいる太陽か満月みたいな中にいる女性は誰?

あれは聖母マリア。赤子のイエスを抱いている。

ヨハネの前に現れた天使が「あれを見よ」と言っているんだね。

じゃあ木の根元付近にいる変な生き物は?

あれは悪魔。

顔が作者ヒエロニムス・ボスの自画像になっているらしいよ。

カメオ出演ってやつか。

かなりキモいよな、この悪魔(笑)

ところで…

「白樺の表紙絵」と「パトモス島の聖ヨハネ」の比較図で気付いたことはなかった?

気付いたこと?

よ~く見てごらん。

あっ!

「パトモス島の聖ヨハネ」の木と地面の陰!

遠くに見える3つの木立を手前の陰に持ってきたら、完璧に「白樺の表紙絵」になるじゃん!

その通り。

じゃあ「白樺」のほうでは何か気付くことない?

「白樺」のほうで?

ヒントは…

すみれの幼い頃の不思議な記憶…

すみれの記憶…?

ああ!猫!

絵の中にネコが隠れているじゃん!

そう。木の向こうに見える湖は「三毛猫」になっているんだよね。

水面に映る木々が「三毛猫」の模様になっているんだ…

ヒュ~♫ 

・・・・・

嘘…

教科書にも載ってるような有名な絵が、まさかトリックアートになっていたなんて…

村上春樹はこれを知ってたの?

もちろん。

間違いなく村上春樹はこの「白樺と三毛猫」の「だまし絵」を知っていた。

そして「信頼できない語り手」による「嘘の物語」である『スプートニクの恋人』に使ったというわけだ…

そして、いつか誰かが気付くように「白樺派」という言葉を、無理やり会話の中につっこんだ…

ということか。

コングラチュレーション岡江君。20年ものあいだ誰も気付かなかったことに君は気付いた。

さすが深読み名探偵。

ほら春木、お前も祝福してやれよ。

おめ…でとう…

どうも…

あれ? また若葉に戻ってる…

白樺の若葉です…

しかし誰も来ないな、この店は。

今日はバイトの若い子ちゃんとか来ないのか?

あら、カヅオさん酷いわね。

まるであたしだけじゃ物足りないみたいな言い草じゃない。

熟女も悪くないが、やっぱ若い子だよな。

若い子っつーのは、そこにいるだけで、場の空気が瑞々しくなる。

平均年齢60歳の四人じゃ空気もよどむわな~

ちょっと待ってよ。

平均年齢を上げてるのはカヅオさんと春木さんのお二人ですからね。

あたしが一生懸命平均年齢を下げてるのに。

五十過ぎた女が「あたし平均年齢を下げてる」とか言うなよな。

恥ずかしくねーのか?

ムカつく。まだ五十ジャストですよ!

今日はたっぷりとぼったくりますからね。

ドンペリでも何でも好きなだけ飲め(笑)

しかし若い女、来ねーかな…

そうだ岡江君。キミの助手は呼べないのか?

え?

若くて美人の助手なんだろ?

熱海の事件の時、ネットで話題になってたぞ。

残念でした~(笑)

あの子、旅に出ちゃったの。事件のあと、すぐに…

旅?

いろんなことに区切りをつけたいからってね…

ヨーロッパへ傷心ひとり旅。

ほう。隅に置けないねぇ岡江君も。

いえ、そういうわけでは…

で、今はヨーロッパのどこにいるの?

さあ…

一ヶ月ほど前に絵葉書が届いて、それっきり…

何でも、たまたま知り合った日本人女性と、ギリシャの島へ行くことになったとか…

旅先でたまたま知り合った女とギリシャの島に?

もしかしてレスボス島じゃねーのか?

傷心のあまり、ついに女に走るとは…

罪な男だねぇキミは。

僕は彼女がまだ小学校にあがったばかりの頃から知ってるんです…

だから女というより妹みたいな存在で…

そうゆうのが一番罪なんだよ。

しかし…

若くて綺麗でピチピチの娘に勝つとは、深代ママも隅には置けませんね…

御見それしました。

あたしは、勝てなかったの。

・・・・・

え? でも今日も二人で昼間に映画へ行ってたんでしょう?

君たち二人は最近しょっちゅうデートしてるって他の常連さんからも聞きましたよ…

そう。確かにあたしたち二人は最近よく一緒にいる…

傍から見たら恋人同士に見えるかもしれない…

でも…

こ、こういう話はやめにしませんか!?

ほら!『スプートニクの恋人』のこと深読みしなきゃ!

なんだよ。せっかく面白くなってきたってのによ。

他人を深読みするのは好きでも、自分が深読みされるのは嫌なのか?

いや…その…

あまり本筋と関係ない話は…

何にでも首を突っ込むキミらしくない言葉ですね。

深代ママ、事情を聴かせてください。

ええ…

長くなるけど、いい?

オフコース。

これまでずっと自分の気のせいだって思い込むようにしてきたけど、もう限界…

あたし…

見ない振りをしてることに、もう疲れちゃった…

僕は…なにも…

嘘。

あたしさ…

岡江クンと一緒にいても…

なんだか一緒にいるような気がしないのよね…

・・・・・

・・・・・

言葉に出来ないなら…

歌ってもいいんだぞ。

うん…

そうする…

カラオケ入れるね… ちょっと待てって…

(リモコンを操作)

(モニターに表示された予約曲を見て)

おお、やはり…

そう…

春木さん、カヅオさん…

聴いてください…



あれ? 曲も止まった。

岡江クンでしょ!なんで途中で切るのよ!

・・・・・

自分で認めてるようなものじゃないの!

佳世実ちゃんのこと!

かよみ…ちゃん?

佳世実ちゃんは、あたしの双子の妹!

ふ、ふ、双子の妹ォ!?

深代ママ、双子だったの?

言ってなかった?

初耳です…

佳世実ちゃんは、双子なんだけど、あたしとは丸っきり正反対…

あたしみたいにどんくさくないし、サバサバしてるし、すっごく行動的…

学校でもいつもクラスの中心、人気者だった…

中学高校の頃なんて渾名が「ナッキー」だったのよ…

なるほど。

深代ママが「陰」なら、佳世実ちゃんは「陽」か…

まさにそう。

佳世実ちゃんの周りには、いつも自然と人が集まって来るの。

岡江クンが最初にうちの実家に来た時もそうだった…

・・・・・

あの時、岡江クンが大学1年生で、あたしたちは大学4年…

父が教え子たちを集めて新年会をした時のことよ…

みんな佳世実ちゃんを一目見るや否や周りを取り囲んで、ずっとおしゃべりしてるの…

だからあたしがひとりで切り盛りして働かなきゃいけなかった…

あ、うち母がいなかったから…

ふむふむ… で?

その時あたし、見るからにイライラしてたのかな…

佳世実ちゃん、男の子たちに囲まれてチヤホヤされてて、まったく働こうとしなかったから…

そしたら岡江クンだけが「僕、手伝います」って台所に来てくれてね…

「この子、いい子だな」って、あたし思ったの…

その後も岡江クンは何かあるごとに、うちに手伝いに来てくれるようになって…

父も岡江クンのことが大のお気に入りだったしね…

もちろん… あたしも…

ゴクリ…

だけど… ある時、気付いたの…

岡江クンの目的は別のとこにあったんだって…

岡江クンのお目当ては、佳世実ちゃんだったの…

佳世実ちゃんに会いたくて、せっせと手伝いに来てたんだって、あたし気付いちゃったのよね…

・・・・・

あたし、ショックでさ…

すっごく落ち込んで、なんだかよくわからない人と、何となく結婚とかしちゃって…

うまくいくわけないわよね、そんなの…

だからすぐに出戻っちゃった…

で、岡江君は… 佳世実ちゃんと付き合ったの?

・・・・・

佳世実ちゃんは…

男の人が… ダメなの…

え?

佳世実ちゃんは、レズビアンなのよ…

マジで?

岡江クンは、それがわかっているのに、佳世実ちゃんのことが忘れられないの…

ずっと心の中で想い続けているのよ…

あたしと二人でいる時も、岡江クンはあたしといるんじゃなくて…

佳世実ちゃんといる…

・・・・・

なんかヤバいこと聞いちまったな、俺たち…

平らだった波が、急に荒れ模様になってきました…





一ヶ月前
フランス、ブルゴーニュ




ふぅ…

イタリアのワインも良かったけど、やっぱりブルゴーニュは特別…

作られた土地で飲むワインが、こんなに美味しいものだとは知らなかった…

ほんと、夢のようにおいしい…

明日はどこのワイナリーに行こうかな…

ん?

あの二人、どうしたのかしら?


Después de este viaje se darán cuenta de que, aunque estemos en el mundo real, a veces es posible entrar en una especie de segundo plano o universo paralelo donde la gente se ve a sí misma haciendo otras cosas…

・・・・・

donde se oyen, sienten y ven cosas irreales o bien donde la gente simplemente se esfuma como el humo.

・・・・・

あの… もしかして何かお困りですか?

え? あ、そうなのよ…

このおばあちゃん、あたしに何か言いたいことがあるみたいなんだけど…

どうやらスペイン語しか話せないみたいで…

私、スペイン語できます。ちょっと聞いてみますね。

ホントに? 助かるわ。お願い。

ペラペーラ、ペラペーラ…

ペラペーラ、ペラペーラ…

ペラペーラ?

ペラペーラ!

なんて言ってるの?

このおばあちゃん、あなたのことがすごく気に入ったみたいで、今夜お食事に招待したいんですって…

どうしても会わせたい人もいるらしくて…

あら、そうだったの!

それは光栄ね。喜んでお受けしますって伝えて頂戴…

はい。

ペラペーラ、ペラペーラ。

ペラペーラ! ペラペーラ?

ペラペーラ? ペラペーラ…

どうしたの?

おばあちゃんが… 私も一緒に来なさいって…

そりゃそうよね。通訳がいないと困るわ。

あなたも来てくれない?

それとも今夜、誰かと会う約束でも?

いえ… 特に予定もない一人旅ですから…

じゃあ決まり。おばあちゃんにそう伝えて。

はい…




あなたのお陰で本当に助かったわ。

私の前に現れた天使、可愛い子猫ちゃん…

どうもありがとう。

いえ、そんな…

あなた、名前は?

私…  花笠…

花笠クリスティといいます…

あたしは佳世実。坂本佳世実。どうぞよろしく。



つづく





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?