深読み_スプートニクの恋人_第17話あ

『深読み 村上春樹 スプートニクの恋人』第17話「吉祥寺の一間のアパート」


前回はコチラ


スナックふかよみ にて


♫わたし~は あ~いの~ すいちゅ~うか~♫

ご清聴ありがとうございました。

パチパチパチパチ(拍手)

男の人が歌っても、やっぱりいいわね、この歌は。

そもそもこの歌の主人公は「男」だからな。

「バラ色のワイングラス胸に注いでください」は「聖杯」のこと。

そして「レモンひとつ胸にしぼってください」は「酸っぱい葡萄酒」のことだ。

作詞した五木寛之は、ザ・フォーク・クルセイダースにも『青年は荒野を目指す』という名曲を書いている。

「イエス」をモチーフにした歌を「十字軍」というグループが歌うんだから、なかなかシャレが効いてるよな。

どんな歌だったっけ?

いっちょオイラが歌ってやるか。

確かに歌詞は「それ」っぽいわね。

五木寛之は置いといて、村上春樹に戻るよ。

「井の頭公園」の秘密について話をしよう。

なぜ村上春樹は『スプートニクの恋人』で「井の頭公園」を重要な場所として使ったのか…

学生時代によく行ってた思い出の場所だからじゃないの?

村上春樹って若い頃に中央線沿線でジャズ喫茶やってたのよね?

それもあるかもしれないけど、もっと深い秘密があるんだ。

『スプートニクの恋人』のヒロインすみれが、毎日だらだらと時間を過ごしていた場所が「井の頭公園」じゃなければならない理由が…

すみれがだらだらしていた場所が、井の頭公園じゃなきゃいけない理由?

なにそれ?

ねえ深代ママ…

また『井の頭音頭』を歌ってもらえないかな?

え? 井の頭音頭を?

別にいいけど…


ありがとう深代ママ。

ところで…

詩人の野口雨情が作詞した『井の頭音頭』の歌碑が、井の頭公園にあること知ってる?

当たり前じゃない。

吉祥寺が地元のあたしにとって、井の頭公園は庭みたいなもんよ。

たしか吉祥寺駅方面の入口近くにあるわよね?

その通り。

そこには『井の頭音頭』の5番の歌詞が書かれている…

鳴いて さわいで 日の暮れころは
葦に行々子(よしきり)はなりゃせぬ

そういえば「行々子(よしきり)」って何かしら?

「行々子(よしきり)」とは、雀に似た小鳥のこと。

鳴き声が「ギョギョシ」って聞こえるから「行々子」という字があてられるようになった。

昔は井の頭公園の池の周りには葦が生い茂っていて、その茂みの中に「行々子(よしきり)」がたくさんいたそうだ。

きっとこんな風景だったんだろうね…

あんなに生い茂っていたら、人が入っても姿が見えないわね。

まるで『COMING THROUGH THE RYE(誰かさんと誰かさん)』のライ麦畑みたいに…

それなんだよ。

え?

「葦」と「ライ麦」は同じイネ科の植物…

姿かたちも、よく似てるんだ…

あら、ホントだ…

そして再び野口雨情の歌詞に注目してみよう。

鳴いて さわいで 日の暮れころは
葦に行々子(よしきり)はなりゃせぬ

普通に読めば「大騒ぎしている行々子は、日暮れになっても葦の茂みから離れない」という意味だ。

だけど「行々子」を「行き交う子どもたち」と読むと…

「葦の中で日が暮れるまで走り回っている子どもたちを放さない」

とも読めるんだよね…

『THE CATCHER IN THE RYE(ライ麦畑でつかまえて)』の語り手ホールデンの夢じゃない!

だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子どもたちがいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。(中略)で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。

村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』より

ヒュ~♫ やりぃ!

・・・・・

こういうわけで村上春樹は「すみれ」のアパートを吉祥寺の井の頭公園のそばにしたというわけ。

サリンジャーの『THE CATCHER IN THE RYE』を再現するためだったんだ。

ちなみに井の頭公園には「弁財天」の社がある。

弁財天は「命を育む水」の神様だからな。

『海獣の子供』の舞台が、江の島のある湘南地方になったのも、そのせいだ。

そして、すみれは井の頭公園近くの「一間のアパート」に住んでいた。

その狭い部屋には「電話機」も「よく映る鏡」も無かったと後に「ぼく」は語る。

電話も鏡も無いって変わってる(笑)

しかもワンルームマンションじゃなくて「アパート」って、いかにも吉祥寺の文学女子っぽい。

だけど女の子の一人暮らしだから、やっぱり2階よね。1階とか怖いもん。

いや、すみれの部屋は「1階」だ。

その建物に2階は無いんだよ…

は? 平屋のアパートってこと?

なんでそんなことわかるの?

そんな詳細まで村上春樹は書いてなかったはずよ。

それが「わかる」んだな…

実は、井の頭公園の中には、すみれの部屋のモデルになった「アパート」があるんだ。

そこには「電話」も「よく映る鏡」も無い…

公園の中に? マジで!?

・・・・・

井の頭公園のメインエリアとは反対側にある動物園ゾーンの奥…

野口雨情が仕事場として使っていた八畳一間の庵『童心居』…

これが「すみれの部屋」のモデルなんだ…

確かにあったわね、小さな小屋が!

あれが「すみれの部屋」のモデルだったの!?

しかも「童心居」って名前、『ライ麦畑でつかまえて』の「ホールデンの夢」っぽいじゃん!

だから村上春樹は目を付けたんだと思う。

でも「童心居」は「一間のアパート」ではないわ。

「アパート」というのは共同住宅のことじゃないんだ。

「離れている」の「apart」なんだよ。

つまり村上春樹は「離れになっている八畳一間」である「童心居」のことを言っていたんだね…

まあ…

また駄洒落だったの?

・・・・・

ちなみに「童心居」はレンタル可能だ。4時間まで2100円で借りることが出来る。

さて村上春樹は、すみれの部屋が創作活動を行う上で、とても集中できる環境であることを印象深く描いていた。

作業机に向かうすみれの頭の中が、まるで冬の夜空のように冴えわたっていたと言うんだね…

そこには深い静寂がある。頭は冬の夜空のようにクリアだ。北斗七星も北極星も定められた場所でしかるべき光を放っている。

これは夜になると周囲が静寂で包まれる「童心居」だからこその描写だと思う。

冬の夜空のようにクリア…

定められた場所で光を放つ北斗七星や北極星…

ここもプンプン臭うな。

もしかして「クリア」は…

クリつながりで「クリスマス」じゃない?

・・・・・

そしてクリスマスといえば星…

あの夜は空に「ベツレヘムの星」が光り輝いていた…

東方の三博士はこの「ベツレヘムの星」を頼りに旅をして、イエスの生まれた場所を探し出したのよね…

深代ママ…

あら!春木さんたら、またギター抱えてる…

何か歌いたいの?

のぶひろし作詞『星をさがして』…

猫ひろし?

「ねこ」じゃなくて「のぶひろし」だよ。

五木寛之が小説家デビューする前、作詞家や放送作家をしていた頃に使っていたペンネームだ。

本名の「松延 寛之」からとられている。

へえ~。そうなんだ。

おい春木、お前ばっかりズルいぞ。

次は俺が歌うからな。

それでは春木、歌います…

聴いてください…




つづく




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?