スナックふかよみ「みどり豆のオムライス」後篇
2019年4月某日
スナックふかよみ にて
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このオムライスを深読みするって…
岡江クン、いったいどういうこと?
深代ママもカウンターから出て来てよ。
そっちからじゃ分かりづらいかもしれなから…
どゆこと?
いいからいいから…
ああ、僕の隣じゃなくてヒロノブさんの隣に座って…
これでいい?
じゃあ深読み始めます。
お手並み拝見だ。
まず、ヒロノブさんは…
福島で「とあるお店」のオムライスを食べ、たいへん気に入った…
うんうん、そうなんだよね。とても美味しかった。
だけど、そのオムライスには多くの謎があった…
添えられた二匹のエビフライ…
輪切りのパイナップル…
中のチキンライスには山菜…
そして、オムにぶっ刺さったパセリ…
この写真をあたしに見せながら「これを作って」と捨てられた子犬みたいな目でしつこく言うのよ。
「お願い!お願い!英世1枚で!」って…
あたしがお願いされたら断れない性格だってわかってるからよね…もう。
ヒロノブさんとしては…
あの福島のオムライスをもういちど目の前にすれば、きっと心のモヤモヤが晴れるだろうと考えたんですよね?
そうなんだ…
しかしモヤモヤは晴れるどころか、どんどん謎が深まってゆくばかり…
それもそのはずです。
ヒロノブさんは非常に重要なことを見落としているんですから。
え?
この「向き」では見えて来ないんです…
このオムライスに込められた物語(ストーリー)が…
「向き」って、どういうこと?
「ストーリー」って何?
こうすると、どうでしょう…
ほら…
ふうむ。
心なし何か「ストーリー」のようなものを感じるな…
ただ適当に盛られたのではなく、それぞれが何らかの明確な意図をもって配置されているような…
だが、それが何なのか…
やだわぁ…
パセリは樹木でオムライスは輝ける大地に決まってるじゃない。
それか…
もしかしてオムライスはヨットで、パセリはその帆かもしれないわね…
そこに愛し合う二匹の海老がピチピチと跳ねてるの。
パイナップルはお月様。
ラッセンも驚くロマンチック立体アートだね。
深代ママらしい(笑)
なんで笑うのよ!人が真剣に深読みしてるのに!
おかえもん…
君の深読みを聞かせてくれないか?
君ならこれをどう読む?
僕が思うに…
このオムライスが「福島」で作られ続け、福島やその周辺地域の人々から愛され続けていることの中に、その答えがあると思います。
東北の福島という場所に?
そうです。
長く愛され続けるモノやコトには、必ず理由がありますからね。
人々の琴線に触れる「何か」が、そこにあるんです。
そのヒントが「福島」なの?
ぜんぜんわかんない。
僕には、このオムライス皿から、こんな物語が見えて来る…
東北・北関東の貧しい暮らし…
敗戦、高度成長、集団就職…
物理的にも精神的にも遠く離れてしまった故郷に対する懐かしさ…
そして、ある種の後ろめたさが入り混じる故郷への複雑な想い…
一気に妄度…いや、モードに入ったな。
しかしどうやったらそんなストーリーが?
実はこのオムライス…
この歌を再現しているんです。
福島県が生んだ昭和の大スター春日八郎の代表曲…
『別れの一本杉』を…
春日八郎?
Take2の東MAXのお父さんだっけ?
それは東八郎。
ああ、工藤夕貴のお父さんのほうか。
それは井沢八郎。
なんで昔の人って「八郎」だらけなのよ。紛らわしい。
「八」は末広がりで縁起のいい字だし、天才詩人サトウハチローにもあやかってじゃないかな。
話を戻そう。
春日八郎の『別れの一本杉』か…
この歌は、敗戦から復興し、高度成長期に差し掛かっていた日本人の心をとらえて大ヒットしました。
特に、東京へ集団就職で出て来ていた東北・北関東・甲信越出身の人たちの心を激しくとらえたんですね。
当時、故郷の中学を卒業してから「就職列車」で上京した彼らは『金の卵』と呼ばれていました。
彼らこそが日本の高度成長を支えた動力源だったんです。
やだ。なんか泣けてきた…
何よあの弟クン…もう…
ナレーターの最後のまとめには何と言っていいのやら…
誘惑を作る側の人間だった私には、言葉が見つからない…
『別れの一本杉』を歌った春日八郎は、福島の会津で生まれ育ち、13歳で東京へやって来ました。
春日八郎(1924~1991)
彼の場合は集団就職ではなく、エンジニアを目指してのことだったそうです。
でも歌手になるという幼い頃からの夢が捨てきれず、東洋音楽学校(現・東京音大)へ入学。
その後すぐに戦争があり、復員後は歌手として長い下積み生活に入りました…
あのニュース映画に出て来た福島の子供たちの先輩にあたる人なのね…
1954年に『お富さん』が大ヒットし、紅白歌合戦に初出場。
春日八郎は人気歌手の仲間入りを果たしました。
そして翌年、その人気を不動のものにしたのが『別れの一本杉』だったんです…
この歌は「望郷歌謡」という新境地を切り開き、のちのビッグムーブメント「演歌」の形成に大きな役割を果たしたと言われています…
そんな日本歌謡史に残る名曲『別れの一本杉』を作ったのが、当時20代半ばという若さの無名新人だった作詞家・高野公男と作曲家・船村徹のコンビ…
なんで作詞の人のほうだけ、こんな古い写真を使うのよ…
作詞家・高野公男は、『別れの一本杉』を世に出した直後に亡くなってしまったんだよ…
肺結核だったそうだ…
だからこの頃の写真しか残っていない…
えっ!?そんな…
船村徹は、彼の死を胸に、生涯、曲を書き続け、そして歌い続けた…
同じ「ほぼ東北」みたいな北関東の田舎出身で、東京で苦労し続けた盟友を想いながら…
春日八郎、高野公男、船村徹…
『別れの一本杉』に関わった人物は皆、福島周辺の生まれ…
「集団就職」が盛んだった地域で、よく似た境遇にあったのか…
だからあの名曲が生まれたわけです。
福島や東北・北関東の人々、そしてあの時代に生きた日本人の琴線に触れる名曲が…
それがあのオムライスに落とし込まれている、というのか?
そうです。
あのオムライスを食べる人は、無意識下で『別れの一本杉』を刷り込まれているというわけです。
食べてる本人は気が付かなくても、知らず知らずのうちに視覚から入りこむ『別れの一本杉』イメージが、深層心理に訴えかけるんですよ。
「今は豊かな暮らしをしているけど、自分たちが何者であったのか決して忘れるな…」と。
なるほど。面白い。
ではオムにブッ刺さったパセリは「一本杉」を表しているということか…
その通りです。
だからパセリはオムから「まるで生えてるかのように」刺さっていたんですよ。
あたしも最初にそう言ったじゃない。
でも、オムの部分は「輝ける大地」じゃないんだ…
「山」と「カケス」を表しているんだよね…
歌の1番に出て来た鳥だな…
『別れの一本杉』の1番は、こうでしたね。
泣けた 泣けた
こらえきれずに 泣けたっけ
あの娘(こ)と別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた
一本杉の 石の地蔵さんのよ
村はずれ
この1番の歌詞から、オムライス部分の「WHY」の答えがすべて導き出せます。
まず、こんもりとしたオムライスの形状が「山」を表していることがわかるでしょう…
そうか…
だから中に「山菜」が入っていたんだな…
山の中だから…
じゃあ「山のカケス」はどこにいるのよ?
ケチャップだよ。
ケチャップ?
ケチャップは、トマトピューレに「甘酢」を入れて作る。
そのケチャップが「山」にかけられているから「山のかけ酢」だね。
むむ…そう来るのか…
あたし、そんなの全然気づかずに作ってた…
料理、特にフランス料理なんかは皿に「絵を描くように」盛り付けをするって言うよね。
主役の料理、添え物、ソース、皿のデザイン…
それら全部で「ひとつの絵」を構成してるんだ。
このオムライスも一緒だよ。
なんということだ…
私は福島へ美術展の仕事で訪れたというのに…
なぜそこに気が付かなかった…
なぜ絵画とオムライスを無条件に切り離してしまったのだろう…
同じく人間の手によるアートなのに…
人間、いつも神経を研ぎ澄ましてるわけにはいきませんからね。
そんなことしたら疲れてしまいます。
ねえねえ。
じゃあレタスとトマトにも意味があるってこと?
これは2番の歌詞だね。
遠い 遠い
想い出しても 遠い空
必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云った娘(ひと)
りんごのような 赤いほっぺたのよ
あの泪
2番は、故郷に残してきた愛しい女性を想って歌われる。
彼女の赤いほっぺたや流した涙が、遠い空に浮かんでくるというんだ。
赤いほっぺたがトマトだね。
そしてレタスは彼女の顔。このシャキシャキしたレタスのように瑞々しかったんだろう。
だからレタスとトマトは、空に浮かんでいるように配置された。
オムライスとレタスの間の空間は、そういう意味だったのか…
すべて緻密にデザインされていますね。
じゃあ…
一見無造作にかけられているように見えるあのドレッシングが…
そう。あの娘(こ)の泪。
だから「サウザン・ドレッシング」なんだよ。
東京へ出た主人公は、故郷の彼女と「千里」も離れているように感じているから。
なんてこと…
まさかあのドレッシングまで物語を演出していたとは…
そして3番です。
呼んで 呼んで
そっと月夜にゃ 呼んでみた
嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている
あの娘(こ)はいくつ とうに二十(はたち)はよ
過ぎたろに
やっぱりパイナップルは「月」だったのね…
きっと故郷に残してきた彼女も…
同じ月を見て涙を流してると思う…グスン
これで歌は終わりか…
しかし「二匹のエビフライ」は、わからずじまい…
いったい物語の中で何の役割を担っていたんだろう?
この「二匹のエビフライ」を見て、何か感じることはありませんか?
何か?
うーむ…そうだな…
腹筋?
ハァ?
だって腹の上に置かれたレモンが、とっても負荷かかってそうじゃん…
あれは…
一本杉の下で「別れ」をした時の、主人公と彼女を表しているのでしょう。
その時ふたりは、こんなふうに誓い合ったんだと思います…
「お互い今は別れても、いつか必ず一緒になり、腰が曲がったおじいちゃんおばあちゃんになるまで添え遂げよう」
うまいな。添え物だけに。
じゃあレモンは何なのよ。
ふたりの「若さ・未熟さ」の象徴だろうね。
もしかしたら、その時ふたりは「初めてのキス」をしたのかもしれない。
初めてのキスは、レモンの味というから…
なるほど。
この歌において、結局ふたりの「若き日の約束」は果たされなかった。
あの時は真剣だった「いつまでも一緒にいよう」という誓いも、所詮、甘酸っぱい青春時代の「おままごと」だったというわけだな…
よくある話といえば、それまでなんですが。
ちょっと!
なに言ってるのよ、あんたたち!
「あの時の約束が果たされなかった」って言うけど、なんで男は故郷に戻らなかったわけ!?
「彼女が待ってるだろうな」って心配するくらいなら、すぐに彼女のもとへ走って帰ればいいのに!
男も状況が変わったのだろう…
当初の約束通りに迎えにいくことが、出来なくなったんだよ…
さっきのニュース映画じゃないけど…
都会には、出会いも誘惑も多いからね。
あの純情だった純クンでさえ、東京に出て来た時に遠距離恋愛の彼女がいながら、淋しさに負けて裕木奈江を妊娠させてしまったくらいだ…
もうやだ。彼女が可哀想…
あのとき交わした言葉を信じて、ずっとずっと待ち続けていたのに…
なんで男っていつも…
ひどい…
ひどすぎる…
なんとも切ない幕切れになってしまったな…
私はこのへんで失礼するとしよう。
オムライスの謎が解けて個人的にはスッキリした。今夜はよく眠れそうだ。
ありがとう、おかえもん。
これは私のホンの気持ち…
とっておいてくれたまえ…
こんなに…
ありがとうございます、ヒロノブさん…
では、また近いうちに…
あっ…
どうしました?
『別れの一本杉』の歌詞に「村はずれの地蔵」が出て来たよね…
若い二人が交わした「約束」を聞いていた「証人」みたいな役割で…
ええ。出て来ましたが。
その地蔵が、オムライスに落とし込まれていなかった…
オムライス製作者は見落としてしまったのだろうか?
そんなことありませんよ。
村のはずれのお地蔵さんは、ちゃんと二人の後ろで約束を聴いていたんです…
ホラ、二人のすぐ後ろで…
なんてことだ…
タルタルソースの形が…
まるでお地蔵さんのよう…
最初にこのオムライスを作った人、すごいですね。
これまで様々なものを深読みしてきましたが、ここまで徹底して作りこまれたものって珍しいんですよ。
僕もいい経験をさせてもらえました。
本当にありがとうございます、ヒロノブさん…
おかえもん…君ってやつは…
なぜ…
え?
なんでもない…
深代ママのことは頼んだよ。
じゃあ。
カランカラン…バタン
(ドアが閉まる音)
グスン…グスン…
深代ママ…
ほら、涙を拭いて…
うん…
ありがと…岡江クン…
どういたしまして。
しかし今夜はいろいろあったね。
そうね…いろいろあった…
僕もそろそろ行こうかな。
もうこんな時間だ。
ちょっと待って…
え?
今週末さ…
岡江クン…ひま?
暇…だけど…
熱海…行かない?
へ!?
バ、バカ!
そうじゃないってば…
商店街組合の慰安旅行よ!
あ、商店街…組合の…
でもなんで僕が?
だって組合のお偉方って、フーさんみたいなおじいちゃんばっかりなのよ。
もう「深代ちゃん深代ちゃん」って、しつこくて、しつこくて…
だから一緒に来てくれないかなァ…
岡江クンいると、助かるんだけどなァ…
なるほど、そういうことか(笑)
いいですよ。
僕で役に立つんなら喜んで。
あ~嬉しい!ありがと!
先週の「生活のたのしみ展」といい、なんだかうちら最近お出かけづいてるね。
確かに。
じゃあ旅行の詳細はメールするね!
あたし、すっごい楽しみ!
岡江クンと初めてのお泊り旅行だもん!
いや…まあ…そうには違いないけど…
みんなで行く旅行だから…
いいのいいの。
あたしたちは年寄連中のお世話係で行くんじゃないんだから。
こっそり抜け出して、ふたりで熱海を満喫しましょ!
う、うん…
風邪とか引いちゃダメよ!絶対!
今夜から体調管理バッチリよろしく!
週末までお酒も禁止!
おなかも冷やさないように!
あの時買ったハラマキして寝ること!わかった!?
はい…
じゃあ、おやすみ~!
ちゃんと真っ直ぐ帰ってよね!
はいはい…
『深読み みどり豆のオムライス』
終
そして舞台は熱海へ…
深読み名探偵『米津K師殺人事件』
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