スナックふかよみ_サカナクション_完結篇A

『深読み サカナクション』完結篇



前回「恋文」はコチラ


2019年6月21日
金曜深夜
スナックふかよみ



でもさ…

そこまで行為に思いを込めても、相手に何も伝わらなきゃ意味なくない?

恋文だって、まず相手に読んでもらって、伝えたいことがそれなりに伝わって、それで初めて意味があると思うの…

もし山口一郎が書いた歌詞の本当の意味が岡江クンの言う通り「恋文」だとしても、何の意味もないと思うんだ…

せっかくアルバムの発売日を延期してまで作り直した曲だけど、残念ながら無駄骨だったわよね…

そうじゃない…

そうじゃないんだ…

は?

小川彩佳は気付いたんだよ…

山口一郎の「作為」に…

え…?

・・・・・

小川彩佳は、山口一郎の書いた『ワンダーランド』の歌詞の「作為性」に気付き、それが自分に向けられた「恋文」なのではないかと気になった。

だからそれを直接、本人に会って確かめたんだ。

は!?直接会って?

岡江クン、見たの?その現場を!?

まさか。

(スマホを持ち上げ)

でもその時の記録がここに残っている…

その時の記録って…

まさか、盗聴…?

あなた小川彩佳と山口一郎の密会現場を盗聴したってわけ?

いや、そうじゃなくて…

ついにそんな汚い仕事に手を染めてしまったの!?

いくら探偵業じゃ食えないからって…

生活が苦しいならウチで皿洗いのバイトさせてあげるって言ったじゃないの!

バカ!岡江クンのバカ!

あんたなんて人間失格よ!

ちょっと落ち着いてよ、深代ママ…

「ここ」っていうのは、この対談記事のこと…

(スマホを渡す)

え? 対談記事?

この対談はね、ただの対談じゃないんだ。

比喩やメタファーが駆使された、非常に知的で高度なダイアローグ(対話)だといえる…

例えるなら、二人の剣豪が刀を抜かずに「気」だけで真剣勝負を繰り広げたようなもの…

気付かない人には普通の対談に聞こえるけど、言葉の隅々に張り巡らされた「作為」を追っていくと、二人の間で全く別の会話が交わされていることがわかるんだよ…

なによそれ。ていうか何でそんな回りくどいことするの?

二人ともインテリで節度あるオトナだからね。

これは知的な愛の交流なんだ。

おそらく二人は以前から互いに興味を抱いていた。オーバーグラウンド(表舞台)に立つ「ひとりの表現者」としてね。

だから山口一郎は「ひとりの表現者」として小川彩佳に「恋文」を贈った。

そしてそれに気付いた小川彩佳は、対談の中で山口一郎に「返歌」を贈った。

それがこの対談。

返歌? どういうこと?

まあ、とりあえず読んでみて。

うん、わかった…

魚進さんも読んだほうがいいわよ。なんか凄いことになりそうだから。

あ、ああ…そうだな…



え? あれで終わり?

なんでポケベルとかの話で終わるの?

てか、どこに「恋文」についての「返歌」があったわけ?

だから比喩とメタファーが駆使されているって言ったでしょ。

確かにモヤモヤする部分もあったような気がしたけど…

どういうこと? 教えて岡江クン!

じゃあ冒頭から見ていこうか。

いきなり彼女はジャブを繰り出したよね…

小川:
まずは今回、NEWS23に楽曲提供いただき本当にありがとうございます。
「ワンダーランド」という曲はNEWS23のオープニングの映像部分だけを切り取って聞くと、とても明るかったり希望があったり、ちょっと切ない感じもあります。一方、フルで聞くと、また様相が変わるように思います。

あ…ホントだ…

「フルで聞くと様相が変わる」って…

そう。

歌詞全体で「フリーになってテレ朝からTBSへ移籍した話」になっていることや、曲の尺の4割を占める「きみはふかい」のことについて、彼女は対談開始のゴングが鳴り響くや否や早々に切り出したんだ。

いきなり切り出すってことは…

相当気になってたということね…

そりゃそうでしょ。あんな歌を贈られたら。

僕ならドキドキして夜も眠れないよ。

魚進さんも、そういう経験ある?

でも魚進さんって、いっつもクールだから、全然気づいてない振りとか平気でしそう。

笑ってるとこも見たことないし。

ん、まあ…私だって時には…

そして小川彩佳アナがいきなり繰り出したジャブに、山口一郎は動じることなく冷静に対応する…

実に軽快なステップ、ほれぼれするようなフットワークだ。

山口:
僕らは音楽を作る時、作為性を持つ場合、すごく分かりやすく円グラフを作ることがあります。20%フォークソング、30%ロック、5%郷愁とか、そういう風にグラフを書いて音楽の制作をしていくんですね。

は? どこが?

「30%ロック、5%郷愁とか」だよ。

「ロック」は「6チャンネル」で「5%郷愁」は「もはや過去のことになった5チャンネル」のこと…

うわっ…

じゃあ「20%フォークソング」は「4チャンネル」ってことね…

「4チャンネル」には「ソング」が本職の人が出てるから…

それは深読みし過ぎだと思うな。

ねえ魚進さん?

うむ…さすがにそれは深読みだろう…

そっか。二人がそう言うならそうね。

そして唐突に「良い違和感」の話が始まる。

山口一郎は「良い違和感」を曲作りの最重要テーマにしているというんだね。

そして「良い違和感」の例として、ボストン・ダイナミック社の「四足歩行ロボット」が挙げられる。

人に思いっきり蹴飛ばされても、倒れずに踏ん張って歩き続けようとするロボットの姿を、山口一郎は「かわいそう」だけど「すごい」と表現するんだ…

このロボット、確かに優秀で凄いんだろうけど…

動画を見てると可哀想だし、なんだか不快になる…

これが「きみはふかい」の真相だよ。

山口一郎は『ワンダーランド』の「きみはふかい」の意味について語っているんだ。

厳しいバッシングの中で、何とか踏ん張って前へ進もうとする小川彩佳アナの姿を「四足歩行ロボット」に喩えたんだね…

ああっ!

山口一郎の語る内容は、ほとんどイエス・キリストのことをなぞらえたものなんだけど、それが同時に小川彩佳アナについてのことにもなっているんだよね。

どちらも世間からバッシングされた人だから。

そして山口一郎は、こう語る。

新しい感情を発明するには、混ざり合わないものを混ぜ合わせた「良い違和感」がないと、人にひっかからないと思うんですよ。僕はそういった感情と感情の交ざり方みたいなものを音楽で作れたらいいなと思っています。喜怒哀楽以外の新しい感情を発明するのがテーマです。

「君は深い」「君は不快」という感情は、本来は混ざり合わないものだ。

だけどそれをあえて混ぜ合わせることによって、相手の心に引っかかる「良い違和感」を生み出し、「新しい感情」を表現しようとしたわけだね。

それが『ワンダーランド』という曲…

すごい…

だから2分間もサブリミナル・メッセージみたいに「きみはふかい」だけが繰り返されたのね…

おそろしいね、山口一郎という男は…

さすが「人をとる漁師サカナクション」だ…

・・・・・

そして小川彩佳は突然「品川のタコライス」の話を始めるのよね…

これもめっちゃアヤシイ…

タコは海底に住んでいるから「君は深い」のことじゃないかしら?

「タコライス」は「タコのライス」じゃなくて「タコスのライス」なんだけど、可能性はゼロではないよね…

まじめな彼女なりの精いっぱいのジョークだったのかもしれない…

ここもアヤシクない?

人混みをかき分けながら帰ろうとしていた時に聴こえた「コーラスの部分」って「きみはふかい」のことじゃないの?

ちょうど人混みをかき分けながら帰ろうとするときに、イヤホンからコーラスの部分が響いて来て、ふわっと泣きそうになったんです。一瞬。その感覚が自分でも、どういう生理現象だったのか分からなくて、でも深く刻まれているものがあって。ふいに、音楽を聴きながら胸の中でふわっとわき上がってくる感覚が出現するんですけれど、あれって一体何なんでしょうね。

そうだろうね。

「君は深い」と「君は不快」という相反する感情が同時に沸いて来て、混乱を通り越して感極まってしまったんだ。

吊り橋効果じゃん。やるわね山口一郎。

ゲホッゲホッ…

どうしたの?大丈夫?

だ、大丈夫だ…

酒が…気管に入っただけ…ゲホッ…

はい、お水。

すまん…ゲホッ…

そして山口一郎は、いよいよ「作為性」について語る。

小川彩佳が「きみはふかい」という言葉で不思議な感覚に陥り「新しい感情を覚えた」と告白したからだね。

山口:
僕ね、25歳くらいまでは泣こうと思えば簡単に泣けたんですよ(笑)でも急にそれが出来なくなったんですよね。
小川:
どうしてですか?
山口:
多分、作為性を知ったからだと思う。
小川:
どういうことですか?
山口:
映画でも、”ここで泣かせに来てる”とか、”ここで編集カットが入った”とか、音楽でも、"そんなこと、この作者は思ってないだろう"とか。技術を知ったことで泣けなくなったのかもしれません。

つまり「きみはふかい」で泣かせに来ていたってことね…

そして「きみはふかい」には編集カットが入っていて、決して「君は不快」だなんて思ってはいないということ…

イグザクトリー。

そしてまだ少し不安な小川彩佳アナが「仕事だから?」と聞くと、山口一郎はこう答えた。

山口:
でも音楽を仕事と思ったこと一回もないですけどね。NEWS23も(笑)

おっとこまえ~

そして山口一郎は、なぜ『ワンダーランド』という「作為性」たっぷりの歌を作ったのかを説明する。

今の時代はストレートにモノを言えない時代だからとね…

山口:
今の時代、ミュージシャンって、なかなか政治的なことであったり、社会的なことを歌うのが難しい時代になってきていると思うんですね。昔はそういうことを歌う意味が音楽にもあったんですけど、全ての人が批評されるというか、メディアになる時代になると、なかなかメジャーでオーバーグラウンドで音楽を発信しているミュージシャンは、それを伝えにくくなってきているので、なかなか社会に結びつくチャンスがないんですよ。

昔の歌はストレートだったもんね。相手の名前まで連呼してたし。

たとえばこんなふうに…

そして山口一郎は、この「例え話」が『ワンダーランド』の歌詞についての話であることを念押すために「冷蔵庫の開けっぱなし警報音」の話をする…

僕らは音楽のことばかり毎日考えているから、もっと表現したいんですね。そういう場所を探すこともミュージシャンの一つの使命と思っているから、日常生活でも音を作れる場所を探してしまうんです。冷蔵庫を開けっ放していると、ピピピピって音がするじゃないですか?あの音がダサくて、もっとああいう一つの音をデザインできるなと思った。音楽が大好きなので(笑)

なんで冷蔵庫の開けっ放しを知らせるブザーが関係あるの?

『ワンダーランド』のラストは、歌がフェイドアウトしていって、代わりにテレビの砂嵐音が大きく鳴り響き、最後に「ピピピピ」って警報音が鳴って終わるんだ。

つまり山口一郎は「扉は開かれてる」と言いたかったんだね…

何事も本音を言いづらくなったテレビというメディアだけど、やり方次第では本当のことを伝えられると…

なるほど!うまい!

だからあんな音、わざわざ入れたんだ!

だから、あの直後の写真が満面の笑みだったんだね。

あれは「伝わって良かった!」の笑顔だったんだ。


ほんと心から嬉しそうな笑顔よね。

そう思わない?魚進さん。

う、うむ…そうだな…

そして、あの笑顔で安心した小川彩佳アナが、今度は自分の番とばかり、大胆に攻めていく…

ここから実に知的でスリリングな「遊び」が始まるんだ…

表現者としてのプライドをかけた「本気の遊び」だね…

小川:
僭越ながら私の勝手な感覚ですが、サカナクションの音楽って、文豪でいうと太宰治のような気がしていて、内省的でありながら、ユーモアもあり、泣き笑いみたいな切なさもあり、ニッチでありながら、ちゃんと多くの方々の心に響いているっていう、その感覚ってどこから来ているんでしょうか?

なんで太宰治?

理由はいくつかある。

まず1つめ。太宰治といえば「桜桃忌」だ。

玉川上水で入水心中を計った太宰の遺体が発見された「6月19日」は「桜桃忌」と呼ばれるようになった。

それくらい知ってるけど?

そして当初は4月24日に発売されるはずだったサカナクションのニューアルバム『834.194』は、収録される新曲の歌詞に「妥協できない」という理由で延期された…

その後、歌詞は完成し、ようやくアルバムは発売されることになった…

それが「6月19日」…

え?

さらに…

入水した太宰治の遺作となったのは…

朝日新聞で発表されていた小説『グッド・バイ』…

朝日…グッドバイ…なにこれ…

それに対して山口一郎も切り返す。

「美しいもの」が意味するところは言わなくてもわかるよね…

山口:
美しいものって、なんか難しいものが多いじゃないですか?理解するには知識が必要だったり、ぐっと踏み込まないと理解できないことが多い気がするんですよ。美しくて難しいものを自分が音楽でどう通訳するか。そこが自分たちのコンセプトとして、あるのかもしれないなと思います。

もう二人の世界ね。

そしてこうも語る。

山口:
僕はミュージシャンなので、音楽の中で、本当に美しいものを作ろうとすると理解されないものになっていく。はるか遠くのものというか、人が手を伸ばそうともしない遠いものになってしまうけれど、それが本当に美しかったら、いつか手を伸ばしてもらえると思うんですよ。
ただその、手を伸ばしてもらうために、手が届く距離の一歩先のこと、横並びじゃなくて、手が届く先の一歩先のことをやらないと、その先にまた進んでもらえないなという気がしていて。

なんかわかる。

世間に理解されなくても信念を持ち続けることの大切さ…

そして、ただ待つのではなく、常にそこから一歩先のことも考える重要さ…

そう。釣りと一緒だな。

そして「美しいもの」についてを、こうまとめる…

山口:
やっぱり、いつも美しいものは難しいって思う。
でも、美しいと気づく人を増やすということは、ある種、表現者の重要なところで、特にオーバーグラウンドに立ち続けている限り、それは諦めてはいけないなといつも思っています。

サラッと言ってるけど、かなり臭いセリフよね。

だね。

だからこのあと山口一郎は『走れメロス』と『オツベルと象』の名前を出したんだろう。

なんで?

太宰の『走れメロス』は、こんな一文で締め括られる…

勇者は、ひどく赤面した。

え? なにこれ(笑)

魚進さん、知ってた?

い、いや…

そして宮沢賢治の『オツベルと象』の最後の一文はこれだ…

おや_、川へはいっちゃいけないったら。

たしか「川」の前の一文字が不明なのよね…

まさか「小」とか言いたいわけ?

魚進さんはどう思う?

う、うむ…

川に入る時は…じゅうぶん気を付けないといけないな…

そして最後に「オフラインとオンライン」について語る。

80年(山口)と85年(小川)生まれの自分たちは、子供の頃にその両方を経験した最後の世代だというんだね。

そして、音楽の中に隠された「美しいもの」を「探す遊び」、つまり「オフライン」の楽しみ方と…

音楽を深掘りするのではなく「美しいもの」をどんどん連鎖的に共有してゆく「浴びる遊び」、つまり「オンライン」の楽しみ方…

このどちらも大切だというんだ。

ふむふむ。どっちかだけじゃ人間、偏っちゃうもんね。

歌詞だってさ、表の意味と裏の意味、どっちも大切じゃん?

その2つが時に予期せぬ化学反応を起こすから面白いのよ。

まさに『ワンダーランド』の歌詞だね。

ん?

魚進さん、さっきから携帯がブルブルしてますよ。

お、本当だ…

君の深読みが興味深過ぎて、全く気がつかなかったよ…

ありがとう岡江君。

こんな時間に誰かしら~(笑)

ナイトフィッシングだよ…

こんな時間から夜釣りですか?

もう2時ですよ…

お酒も飲んでるんだし、気を付けてね、魚進さん。

夜の川は危険よ。入ったらいけないんだから。

ああ、わかってる。

じゃあ深代ママ、お勘定ここに置いていくよ。お釣りはとっておいてくれ…

あら、どうも。

岡江君…

君のおかげで今日は楽しい時間を過ごせたよ。どうもありがとう…

いえいえ、こちらこそ…

また近いうちにここで。

それでは、よい夜を。


(ドアから出て行く)
カランカラン♬


ねえ、深代ママ…

魚進さんって、本当に釣り師なの?

みたいよ。相当な腕前なんだってさ。

そうなんだ…

なんだか不思議な人だったな…

今度会った時は、ゆっくり話をしてみたい…





夜道にて


ぼ~くわ~あ~る~く~♪


キキーーーー
(タクシーが止まる音)

(タクシー後部座席のドアが開き、女の声)

「ごめんね。遅くなっちゃって。来週の特集の打ち合わせでさ…。待ったでしょ?」


いや、全然。

(魚進、タクシーに乗り込む)
バタン!
(タクシーが発車する)


「いい匂いするでしょ? タコライス買ってきたんだ…」








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