日の名残り第55話あ

「コール・ポーターは凄いってことを明けない夜に考えてみた」~『夜想曲集』#2「 Come Rain or Come Shine /降っても晴れても」~カズオ・イシグロ徹底解剖・第55話

いやしかし『なぜ人はパリの春を愛するのか』には驚いたね。

まさかあんな秘密の暗号が隠されていたなんて…

ワイは「クリ(栗)・フォード(フランクフルト)・ブラウン(茶色)」のことが気になって眠れへん。

さあ、コール・ポーターの危険な魅力について語ろうぜ。

では始めます…

Cole Porter (1891 – 1964)

コール・ポーターは、1891年にインディアナ州のペルーという町に生まれた。

ペルー?

そういえばイシグロは小説の中でなぜか「ペルー」という名前を出していたな…

偶然やろ。

前に紹介した「アメリカの魂」アーヴィング・バーリン(1888年生まれ)と同世代だね。

だけど境遇は天と地ほど違う。

ロシアでのポグロム(ユダヤ人への迫害)を逃れてアメリカへ渡り、小学校も行けないほどの極貧の幼少時代を送ったバーリンとは対照的に、コール・ポーターはインディアナの「ボンボン」だった。お父さんが州一番の高額納税者だったほどのリッチな家庭なんだよね。

コール・ポーターの生涯をざっくりまとめたものがある。ちょっと見てみて。


え!?

ベネチアに住んでたの?

そうなんだよ。

新婚時代はベネチアで活動していたんだよね。

ベネチアといえば、第1話『Crooner/老歌手』の舞台だったじゃないか…

偶然だろ。

そこらへんは順を追って見ていきましょう…

幼少時代から英才教育を受けたコール・ポーターは、アメリカ屈指の名門イェール大学に入学し、出来たばかりのグリークラブに参加する。

そこで彼は本格的にソングライティングを始めた。

当時、ハーバード大学やプリンストン大学とのスポーツの対抗戦が学生の間で大人気になっていて、その時に歌う応援歌の数々を作曲したんだ。

コール・ポーターの伝記映画『Night and Day』から、そのシーンをどうぞ。

Cole Porter《Bulldog》

コール・ポーターを演じとるのは、ケーリー・グラントやな。

ユダヤ系でクローゼットやったっちゅう説もある。

そういえば、小説の中に「ブルドッグ」も登場したね。

主人公のレイモンドが、久しぶりに会ったエミリのことを「顔がブルドッグみたいになっていた」って驚くんだ(笑)

そうだったね。

コール・ポーターがこのグリークラブで作った歌は、今でもイェールの学生や卒業生たちに愛されている。

その中でも代表的なのが『ビンゴ!神よ!イェールよ!』という歌だ。

大学時代に300もの曲を書いたといわれるコール・ポーターの記念すべき初作品でもあるんだよね。

Cole Porter《Bingo Eli Yale》

なんで「神とイェール」が「ビンゴ」なの?

この歌は「語呂合わせ」になっているんだよね。

《Bingo, Eli Yale!》
written by Cole Porter

Bingo! Bingo!
Bingo! Bingo! Bingo! That's the lingo
Eli is bound to win
There's to be a victory
So watch the team begin
Bingo! Bingo!
Harvard's (Princeton's) team cannot prevail
Fight! Fight!
Fight with all your might for Bingo
Bingo, Eli Yale!

語呂合わせ?

「Eli」はイエスの言葉「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」でお馴染みだね。「神よ!」という呼びかけだった。

この「Eli」のあとに「Yale」がくっつくのがポイントなんだ…

歌ではどういう風に聞こえた?

どうゆうふうに?

「イ~ラィイェ~」やったかな…

ああ!わかったぞ!

イライジャだ!

依頼者?

旧約最強の預言者と呼ばれたエリヤのことだ。

英語だと「イライジャ」とか「エライヤ」と聞こえる。

もう一度歌をよく聴いてみるといい。そう聞こえるから。

José de RiberaElijah》

ああ!ファイヤーマリオの元ネタになった人か!

「Eli」と「Yale」を繋げると「Elijah」に聞こえるから「Bingo!」なんだよね。

それで「語呂合わせソング」なわけか…

まだ他にも隠されてるよ。

「Eli is bound to win」の「Eli is」は「イライアス」と聞こえるようになっている。

「イライアス」とは「エリヤ」のギリシャ語での呼び方なんだよね。

つまり「Eli is bound to win」は「エリヤが勝利を運んでくれる」という意味になってるんだ。

ああ、そうか!

さすがインテリジェンスの高い大学の応援歌だな!

ギリシャ語の語呂合わせを使うとは!

イェールは元々語学に力を入れていたんだよな。

ラテン語やギリシャ語だけでなく、ヘブライ語も必修科目だったんだ。

聖書、特に旧約聖書をヘブライ語で読むことが学問の基礎だと考えられていた。

へ、ヘブライ語で旧約聖書を!?

だからイェールの校章は、ヘブライ語で書かれた旧約聖書なんだよ…

ホンマやな…

なんて書いてあるんや?

古代ヘブライ語で「Urim and Thummim」だ。

ヘブライ語は一度失われてしまった言語なので、当時の本当の意味は定かではないんだけど、「光と真実」ではないかと考えられている。

ひゃ~

こんなこと勉強してたら、暗号を使った作詞も得意になるわけだ。

ちなみにコール・ポーターも部長を務めたイェールのグリークラブ「The Whiffenpoofs」は、今もなお学生合唱部の最高峰として活動している。

彼らのパフォーマンスをどうぞ。マジで驚くよ。

《Grace Kelly》 by The Whiffenpoofs

凄すぎる!

この人たち、ホントにただの学生さん!?

このリードボーカル、プロ顔負けや。

さて、イェールを卒業したコール・ポーターは、ハーバードのロースクールに入る。

小学校中退のバーリンとは、ことごとく対照的だな(笑)

父親はコール・ポーターを弁護士にしたかったらしいんだけど、残念ながら法律に興味を示してくれなかった。

コール・ポーターはロースクールの授業には行かず、音楽の教授をつかまえては作曲技術を学んでいたそうだ。

やがて第一次世界大戦が始まり、アメリカが参戦する。

コール・ポーターは、待ってましたとばかり、義勇兵に志願してヨーロッパへ渡った。

なんで?

口うるさい父親から逃げることと、音楽の本流に触れるためだ。

当時のアメリカは、ヨーロッパに比べると、まだまだ文化的には「後進国」だったからね。

そういうわけだから、終戦後も帰国せずにパリで暮らし続ける。

コール・ポーターが借りていたお洒落エリアの家は、ちょっとしたサロンだったらしい。パリの妖しい「夜の住人」たちが集う場所になったんだね。

様々な芸術家、異性装のパーティーピープル、LGBTのセレブ、名家の放蕩息子たち…

毎晩のように開かれる夜のパーティーで、コール・ポーターは音楽を披露していた。

そしてそんなポーターの才能に、一人のアメリカ人女性が惚れ込んだ。

それが、ポーターの生涯の「パートナー」となったリンダ・リー・トーマスだ。

Linda Lee Thomas(1883 – 1954)

コール・ポーターは1891年生まれだったから、8歳も「姉さん女房」だったんだね!

せやけど、なんで「パートナー」が「」付きなんや?

二人は出会ってすぐに結婚したんだけど、「男女の関係」ではなかったんだよ…

ハァ?

実は、コール・ポーターは同性愛者だったんだ。

それを了解した上で、リンダは結婚したんだよね。

ええ!?

結婚した理由のひとつは、コール・ポーターの才能を見抜き、それを支えていきたいと思ったから…

そしてもうひとつは、離婚して30代後半にもなるのにリンダが独り身でいることを心配していたアメリカの親族の存在…

リンダは再婚をしつこく迫られていて、それがウザかったからパリに逃げていたらしい…

なるほど…

結婚して男女の関係に縛られるのが嫌だったことと、コール・ポーターという若き才能に惚れ込んだことが理由だったのか…

ここ重要だから、覚えておけよ。

へ?

コール・ポーターを「一流の音楽家」に育て上げたいという野心に燃えたリンダは、あらゆる伝手とコネを使って彼に一流のレッスンを受けさせようとした。

当時、世界最高の名匠と呼ばれたイゴール・ストラヴィンスキーにも師事させようとしたそうだ。

そしてヨーロッパの貴族文化を肌で感じさせようと、ベネチアの由緒ある宮殿を借りて、そこで暮らし始める。

家賃は現在の金額で、月に600万円以上だったそうだ。

ね、年間じゃなくて、月に600万円!?

こんなにデカい建物だからな。

今でいう「マンション一棟借り」みたいなもんだ。

Italy Museum》HPより

入口にいる人があんなに小さい!

三階建てだけど、天井の低い日本だったら、七階建てくらいの高さじゃんか!

新婚夫婦が二人で住むところかよ!

室内も凄いぞ。

ホントに宮殿だ!

シャンデリアも窓もデカい!

ああいう窓を「フランス窓」という。

これも試験に出るぞ。覚えておけ。

「カ・レッツォーニコ」という名でベネチアっ子に愛されているこの建物は、18世紀中頃にベネチアの有力貴族の宮殿として建てられ、その後はイエズス会の大学として使われていた。

19世紀末にはイギリスの詩人ロバート・ブラウニングの父が購入するが、膨大な維持費によってブラウニング家は破産したそうだ。

その後の持ち主から、ポーター夫妻は借りていたわけだ。

今その館は18世紀ベネチア美術館として観光名所になっている。

こうして1920年と30年代、パリやベネチアを拠点にしながらアメリカと行き来をし、コール・ポーターは作曲活動を行っていた。

売れっ子になっても極貧時代を忘れずに質素な暮らしをしていたアーヴィング・バーリンとは、何から何まで対照的なんだね!


ほぼ同時期に「アメリカ音楽界の顔」となった二人だけど、まったく正反対な存在なんだよね。

だけど二人は互いの才能を認め合っていた。互いに「自分に無いもの」を感じ取っていたんだろうね。

バーリンが「陽/昼の顔」なら、ポーターは「陰/夜の顔」だ。

ポーターの作る歌は、どこか妖しい香りに包まれている。時にその「妖しさ」や「表現の大胆さ」が強過ぎて「放送禁止」になったり「収録から削除」されてしまったほどだ。

リリースされず、日の目を見ないまま忘れ去られた作品も多いんだよね…

そうなんか?

基本的に、コール・ポーターの作品は全て「ダブルミーニング」になっていると思っていい。

駄洒落、語呂合わせ、暗喩などを駆使して、全く違う意味になるように歌が作られているんだ。

カズオ・イシグロみたいだな…

その典型例をいくつか紹介しよう…

彼の伝記映画のタイトルにもなった『Night and Day(夜も昼も)』という歌がある。

この『Night and Day』は、元々は1932年に彼が書いたミュージカル『Gay Divorce』の主題歌だった…

ゲイの離婚!?

「gay」には「陽気な」という意味もあるんだ。だけど最近では「ゲイ」のイメージが強くなり過ぎたんで「陽気な」という意味では使われなくなった。

ポーターは自身もゲイだったので、わざとこういうタイトルにしたんだよね。ダブルミーニングを駆使して、作品の中に見えない「同性愛物語」を織り込むために。

わかる人にはわかるようになってるんだ。

そうだったのか…

まずは『Night and Day』を聴いてもらおう。

歌ってくれるのは、このシリーズではもうお馴染みの、バルセロナの天才ジャズ女子高生マガリだ!

Cole Porter《NIGHT AND DAY》
MAGALI DATZIRA & SANT ANDREU JAZZ BAND

変わったリズムの出だしで始まる歌だね。

日没とともに、ジャングルの奥深くから聞こえてくる、原住民が鳴らす「太鼓のリズム」やそうやで。

鵜吞みにするなと何遍言ったらわかるんだ?

さっきコール・ポーターの歌には「違う意味がある」って言ったばかりだろう。

お前はやっぱり鶴ではなく鵜だな。

何やとォ!?

この「太鼓のリズム」とは、これのことなんだよ。

へ!?なにこれ?

軍楽隊だよ。

今の軍隊の楽団は儀式用だけど、昔は戦闘の最前線に帯同していたんだ。

戦闘の合図をとったり、文字通り兵士を鼓舞したりね。

そういえばモーセのお姉さんのミリアムも、出エジプトの時にタンバリンで人々を鼓舞してたんだよね。

その通り。

太鼓のリズムっていうのは、大勢の人間を統率するためのものなんだ。

だから戦争には欠かせなかった。

じゃあ『Night and Day』で流れる太鼓のリズムは、戦争で軍隊が鳴らしとる太鼓の音なんか?

わけワカメや!

・・・・・

い、いや…

お前の妹のことちゃうで。

言葉の綾や…

も、もしや…

神殿の崩落…

何言うとんねん?

まだ気付かないのか?

この歌は「永遠の都エルサレム」のことを歌ってるんだ。

マジで!?

だからタイトルが『Night and Day』なんだよ。

ユダヤの暦では、一日は日没から始まるからね。

ポーターは、英語で日常的に使われるこの表現が「仕える」って思ったんだろう。

さっそく歌詞を見てみよう…

『NIGHT AND DAY』

written by Cole Porter
日本語訳:おかえもん

(verse)
Like the beat, beat, beat of the tom-tom
When the jungle shadows fall
Like the tick, tick, tock of the stately clock
As it stands against the wall
Like the drip, drip, drip of the raindrops
When the summer shower is through
So a voice within me keeps repeating
You, you, you

さっきの「太鼓のリズム」の説明の通り、最初の二行は「エルサレム陥落」のことを歌っているんだ。

「fall」ってのは「崩落」のことでもあったんだね。

歴史上、エルサレム神殿は二度破壊されている。

一度目は紀元前586年、新バビロニアのネブカドネザル2世によって。

二度目は70年、反乱に対するローマ帝国の報復によって。

ああ、一度目は「バビロン捕囚」で、二度目は「イエスの予言」だったね。

そして「the stately clock as it stands against the wall」という表現が登場する。

「壁に掛けられた荘厳な時計」って意味なんだけど、もちろんそれは表向きの意味に過ぎない。

ここは「定められた時間に、壁に向かって、真剣な表情で祈りを捧げる」とも読めるんだよね。

「clock」には「表情」って意味もあるから。

確かに区切る場所を変えると、そうも読めるな。

そして極めつけが、次の部分。

Like the drip, drip, drip of the raindrops
When the summer shower is through

雨粒のように滴り落ちる
夏の通り雨の時には

と普通は読んでしまうんだけど、本当の意味は違う。

夏のアブの9日(神殿崩壊の日)には
嘆きの涙がいつも以上に滴り落ちる

という意味なんだ。

アブの9日?

奇しくも、二度の神殿崩壊の日は、夏の「同じ日」なのだ。

だからユダヤではその日を「ティシュアー・ベ=アーブ(アブの9日)」と呼び、大いに嘆き悲しむ。

一年で最も嘆き悲しむ日なのだな。

ちなみに2018年は、7月21日(土)の日没から翌22日の日没までだ。

きのうサイモンとガーファンクルの『April Come She Will(四月になれば彼女は)』の解説で紹介したはずだけど、もう忘れちゃったのかい?

ああ、そういえばそうだった…

これ「きのう」のことだったんだよね…

遠い昔のような気がするんやけど、気のせいか…

どう考えても昨日のことだろ。

ヴァースの最後は、もうわかるよね。

心の中の声は、いったい誰の名を叫んでいるのか…

So a voice within me keeps repeating
You, you, you

エルサレム、そして主の名だ…

そこがわかれば、あとの歌詞は簡単だ。

とてもシンプルな表現になっているからね。

1番
Night and day, you are the one
Only you beneath the moon or under the sun
Whether near to me or far
It's no matter, darling, where you are
I think of you, night and day

1番は、いつ何処にいようと「you」のことだけを思い続けている…ってことだ。

ディアスポラで遠く離れた地に暮らす人々の思いだな…

そして2番は、ちょっとジョーク混じりになる。

2番
Day and night, why is it so
That this longing for you follows wherever I go?
In the roaring traffic's boom
In the silence of my lonely room
I think of you, night and day

ここまで「night and day」と歌ってきたのに「day and night」と入れ替えるんだ。

そして「why is it so」と自問する。

現在、世界の多くの人々は「朝」を「一日の始まり」として生活している。

だけど今でもキリスト教の教会では、重要な行事はユダヤ暦に合わせて「日没」を一日の始まりとして執り行う。

このズレが様々な「誤解」を生んでいるんだよね。

誤解?

だってイエスは夜に生まれたから「クリスマス・イブ」だったわけだ。

12月24日の日没から25日の日没までが「クリスマス」当日なんだよね。

だけど深夜0時を日付変更の基準にしたために「クリスマス」が25日になり、「イブ」が「前夜祭」みたいな意味にとられるようになってしまった。

23日を「イブイブ」なんて呼ぶ人もいるね。

そのへんのズレを「why is it so」ってジョークにしたんだ。

「前は夜から一日が始まっていたのに」って。

そういう意味にもなっていたのか…

そして3番では、歌にさらに深みを持たせる…

3番
Night and day, under the hide of me
There's an oh, such a hungry yearning, burning inside of me
And this torment won't be through
Till you let me spend my life
Making love to you
Day and night, night and day

私の中に「飽くなき願い」や「燃えるような欲望」があるというんだね。

だけど「you」を愛し続けさせてくれれば、その「苦しみ」は消えるというんだ。

なんかちょっと空気が変わったな。

ユダヤ人は「苦難」を忘れんようにするために「壁」で嘆き続けるんやろ?

実はこの歌、イエスの歌でもあるんだよな。

イエスを「I」にしても「you」にしても通じるようになっているんだ。

歌ってる主人公をキリスト教徒にした場合は「you」がイエスになり、イエスを主人公にした場合は「you」が天の父になる。

ああ!なるほど!

よく出来てるな!

天才的なソングライティングだよね、コール・ポーター。

他もこんな感じなのか!?

もちろん。

もうひとつポーターの傑作を紹介しよう。

マリリン・モンローの熱唱で有名になった『My Heart Belongs To Daddy(私の心はパパのもの)』だ。

Cole Porter《My Heart Belongs To Daddy》
by Marilyn Monroe

このシーンの演出で、もう一目瞭然だよね。

「ダディ」が「天の父」ってこと?

その通り。

そしてマリリン・モンローが「イエス」で、男性ダンサーたちが「使徒」だね。

ほな、客席で観とった二人の男は?

左のトレンチコートの男は、ローマ帝国のユダヤ属州総督の「ピラト」で…

そして右の男は、イスラエル・ガリラヤ地方領主の「ヘロデ・アンティパス」だ。

ああ、そうか…

この格好だもんな…

映画『日の名残り』のオークションシーンでのレナード・コーエンと一緒の服装だね!

レナード・コーエンじゃない。「そっくりさん」だ。

じゃあ歌詞を解説しようか。

まずマリリン・モンローがポールをつたって上から降りてくる。イエスが天から来た存在であることを示しているね。

そしてこんな語りから始まる。

『My Heart Belongs To Daddy』

written by Cole Porter
日本語訳:おかえもん

My name is Lolita ...
And er...
I'm not supposed to…
play...with boys!
Moi? Mon coeur est a papa
You know, le proprietaire

普通に訳すと、こうなる。

私の名前はロリータ…
私…こんなことしてる場合じゃないの…
彼らと遊んでる場合じゃ…
え?私はパパに首ったけ
わかってるでしょ?私の御主人様よ

だけど、本当の意味はこうなんだ。

「あなたがたに告げる。神の国で過越が成就する時まで、私は二度とこの過越の食事をすることはない」
「私を見る者は、父を見ているに等しい。父とは、天におられる主のことである」

こ、これは…

「最後の晩餐」でのセリフだな。

イエスは過越しの聖餐の時に、使徒たちに「これが最後の晩餐になる」と告げた。天の父のもとに行くと発表したわけだ。

ひゃあ!

この歌は「最後の晩餐」から「磔」までの物語になっているんだよね。

コール・ポーターの「天才っぷり」を解説していこう…

While tearing off a game of golf
I may make a play for the caddy
But when I do, I don't follow through
'cause my heart belongs to daddy

表向きの意味はこうなっている…

ゴルフをやってる間にも
イケメンキャディを誘惑しちゃうかも
だけど最後まではいかせない
だって私の心はパパのもの

「キャディ」とか「フォロースルー」とかゴルフ用語で韻を踏んでて面白いな。

表の意味だけでも十分巧い歌詞なんだけど、本当の意味はこうなっているんだ…

神の思し召しにより地上に降りていた間
僕(しもべ)として祈りを捧げていた
しかし地上にいる限り、計画は成就されない
なぜなら私の心は主のものだから

最初の「tear」と「golf」がポイントだよな。

「tear off」で「さっさとやってのける」という意味だが、「tear」には「分離させる」という意味もある。

そしてモンローは「golf」を「ゴッフ」と強調して歌う。

さらにその後のフレーズの語尾「d」を強調するんだ。「do」とか「daddy」のな。

それもすべて「God」をイメージさせるため…

そして「caddy」とは、そもそも「雑用係」とか「僕(しもべ)」という意味の言葉で、「follow through」とは「成就する」という意味の言葉だ。

うわあ…

次の歌詞も非常に面白い。


If I invite a boy some night to dine
on my fine finnan haddie
I just adore his asking for more, but
My heart belongs to daddy

表向きの意味はこうだ…


男の子をディナーに誘っちゃおうかしら
メニューは自慢の手料理「白身魚のソテー」
彼には「もっと召し上がれ」って言っちゃうの
だけど私の心はパパのもの

「finnan haddie」って白身魚のソテーなの?

うん。

鱈(タラ)を使ったスコットランドの郷土料理らしい。

モンローは「自分のボディー」を「鱈の白身」に喩えているんだね。

「haddie」は「body」にかけられている。

エロいな!

そして本当の意味はこうだ…

使徒を最後の晩餐に招いたら、こう伝えよう
「これは、あなたがたのために与える私の体である」
それからこうも伝えよう
「この杯は、私の血で立てられる新しい契約である」
なぜなら私の心は主のものだから

マリリン・モンローが「料理」を「自分の体」に喩えていたのは、歌の本来の意味と重ねられていたわけだな…

最後の晩餐では「パン」だったが、ここでは「魚」になっている。

「救世主イエス」はギリシャ語で「魚」だからな。

コール・ポーター△~!

しかも途中にモンローは「ジャジャジャ…」とか「ダダダ…」ってスキャットを入れるんだ。

これがまた意味深な発音なんだな…

そしてまた手料理が出てくる。


I f I invite a boy some night
to cook up a fine enchilada
Though spanish rice is all very nice
My heart belongs to my daddy
So I simply couldn't be bad

今度の料理は「エンチラーダ」だ。


えんちらーだ?

トウモロコシの粉で作る「種無しパン」の「トルティーヤ」の中に、様々な具材を入れた中南米の郷土料理だよ。

肉が貴重品だった昔は、魚を入れることが多かったらしい。

おお!ここでかなり踏み込んだ「種明かし」をしとるわけやな!

スコットランド料理の「finnan haddie」は、アメリカ東海岸の一部の人間にしか通じん。

せやけど「enchilada」なら南部や西海岸でも知っとる奴は多い。

コール・ポーターの行き届いた心配りだね。

そして歌詞はこう締め括られる…

So, I want to warn you laddie
Though I know that you're perfectly swell
That my heart belongs to my daddy
'cause my daddy he treats it..so..
That little old man he just treats it so good!

そうそう、あなたに言っておきたいことがあるの
あなたは確かに若くて逞しくて素晴らしいわ
だけど私の心はパパのもの
だってパパのテクニックって言ったら…
男は「若さ」だけじゃないのよ
パパって、もうホントに、すっごいんだから!

宇能鴻一郎か(笑)

だけどこの部分は、イエスが使徒たちに「主」の偉大さを語っている場面なんだよね。

それをモンローが「エロチック」に歌うもんだから、ついついそういう意味にとってしまう仕掛けになっているんだ…

確かに「天の父」の御業に比べたら、いくら使徒レベルの人間の力でも、ほとんど屁みたいなもんだ。

そして歌い終わったモンローは、踊りながらセーターを脱ぐ。

そしてそれを客席の「黒服の男」に投げるんだ。

黒服の男はガリラヤ地方領主「ヘロデ・アンティパス」だったよな。

ヘロデはイエスの裁判で尋問を行った。

その際にヘロデは、民衆から「ユダヤの王」と呼ばれたイエスを辱めるため、服を脱がせ「赤紫」の衣を着せたんだ。

モンローの着るブルーのセーターは、照明の加減で「薄い紫」っぽく見える。

このシーンは、その引用というわけだな。

ひえ~!

そして最後にモンローは、ダンサーのひとりにキスをする…

言わなくてもわかるだろうが、これのことだ。

Giotto《Kiss of Judas》

うわああああああ!

接吻!

完璧だよね…

みんなすっかり「若い男と遊んでいるけど本当はファザコンの女」の歌だとばっかり思ってしまう…

だけど、実は全然違うことを歌ったものだったんだ…

トンデモナイやっちゃな、コール・ポーターは。

まさに天才や。

アメリカを代表する「夜の顔」っちゅう意味がようわかったわ…

ねえねえ…

ちょっと気になった描写があったんだけど…

なに?

マリリン・モンローがゴルフボールで遊ぶシーンがあったでしょ?

ああ、あったね。

映画『日の名残り』でも、ラストシーンで新主人ルイス氏が卓球のピンポン玉で遊ぶよね。

突然、なんの脈略も無く…

これって、偶然なの?

何か意味があるとしか思えないんだけど…

確かに、そうだ…

たまたまやろ。

球だけに。

いや、あの映画の制作陣は、意味のないことはしないはずだ…

なんだろう?

卵じゃねえのか?

イースターエッグは「復活」の象徴だからな。

ああ!それだ!

まったく一筋縄ではいかない作品ばかりだな、僕が取り上げる作品は…

さあ、コール・ポーターの話はこのへんにしといて、短編『降っても晴れても』の「冒頭4曲」の残り2曲に取り掛かろうぜ。

そうだった!

まだ小説の三行目までしか進んでいない(笑)

じゃあ『ヒアズ・ザット・レイニー・デイ』を解説するとしようか…

全5話が終わるのは、いつになるんだろう!?

この夜は明けるのだろうか?

明けない夜はないってことを明けない夜に考えてみるか。

森山直太朗《明けない夜はないってことを明けない夜に考えていた》
by 高中彩加

ちょっと待って…

この歌は…

もういい!(笑)



――つづく――



『夜想曲集』(@Amazon)
カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳


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