「アーヴィング・バーリンって誰?」~『夜想曲集』#2「 Come Rain or Come Shine /降っても晴れても」~カズオ・イシグロ徹底解剖・第52話
~~~ 三日目:夜 福江島(長崎五島) ~~~
じゃあさっそく短編『Come Rain or Come Shine』を見ていこう。
前回を未読の方はコチラをどうぞ。
小説の冒頭で、いきなり「4つの歌」が登場する。
ヒロインのエミリが好きな歌として2曲、
アービング・バーリンの『チーク・トゥ・チーク』
コール・ポーターの『ビギン・ザ・ビギン』
そして主人公レイモンドが好きな2曲、
『ヒアズ・ザット・レイニー・デイ』
『イット・ネバー・エンタード・マイ・マインド』
なんでエミリの2曲は「作者付きの紹介」やのに、レイモンドの2曲は「曲名のみ」なんや?
いいところに目を付けたね。
恐らくエミリの2曲は「曲」よりも「作者」が重要なんだろう。
でも両方ともタイトルに特徴があるよな…
『チーク・トゥ・チーク』も『ビギン・ザ・ビギン』も「〇✕〇」って形になっている…
確かに。
この短編集は「駄洒落と語呂合わせ」で出来ているから、きっと何か意味があるんだろうけど、たぶん第2話には関係なさそうだ。
第3話以降で展開されるかもしれないね…
土屋氏の「あとがき」によると、様々なキーワードやテーマが、話を越えて展開されているらしいからな。
第1話の『恋はフェニックス』の歌詞の内容が、第2話で展開されていたのは気付いたか?
ああ、そうか!
第1話では『恋フェニ』の1番と同じように「ドアに書置き」が出て来て、第2話では2番と同じように「職場からの電話」があった!
っちゅうことは、第3話以降で歌詞の3番と同じように「ホンマに出ていくとは思わんかった…」ってベッドの中で泣くシーンが出てくるっちゅうことやな。
かもね。
だいたいパターンが見えてきたぞ。
ということで、まずは1曲目『チーク・トゥ・チーク』を聴いてもらって、それからアーヴィング・バーリンのことを話そう。
誰のバージョンにしようかな…
えっと…
うん、やっぱり彼女たちしかいないよね!
バルセロナの天才女子中学生リタ(トロンボーン)と、すっかりお姉さんになったアンドレア(トランペット)で『チーク・トゥ・チーク』!
《Cheek to Cheek》Rita Payés , Andrea Motis
Joan Chamorro quartet & Luigi Grasso
『I fall in love too easily(惚れっぽい私)』で推しまくってた聖アンドリュー・ジャズ学校の天才少女だ!
もしかして出だしの歌詞「Heaven, I'm in heaven」を使いたいがために、小説冒頭に名前を出したんとちゃうか、イシグロは?
そうだね。
第2話は「神の世界」が「裏の舞台」になってるから、きっとそうかもしれない。
だけど、アーヴィング・バーリンという人物も重要なんだよ。
Irving Berlin(1888 – 1989)
聞いたことないな、その人。
有名なの?
有名なんてもんじゃないよ。
20世紀、アメリカのポピュラーミュージックは世界を席巻した。数多くの天才音楽家が綺羅星のように登場したんだ。だけどその中で最も輝ける星は、間違いなくアーヴィング・バーリンだろう。
20世紀、いやアメリカ史上最高のソングライターと言ってもいいかもしれない。
そこまで!?
だって彼は、この歌の作者でもあるんだよ。
アメリカ人の魂の歌『ゴッド・ブレス・アメリカ』…
歌ってくれるのは、アメリカ海軍退役兵、ジェネラルド・ウィルソン一等兵曹だ。
Irving Berlin《God Bless America》
by Generald Wilson
ひゃあ~!カッコいい!
この歌って、いろんな場面で歌われるよね!
でもメジャーリーグの「セブンス・イニング・ストレッチ」で歌われるのって『わたしを野球場で離さないで』じゃないの?
ポストシーズンやワールドシリーズ、そしてオールスターゲームなど特別な試合の時は『God Bless America』が歌われるんだ。「第二の国歌」とされているからね。
ちなみに普段の試合で歌われるのは『私を野球に連れてって』だよ。
なんかさっきのはイシグロ作品が混ざってたね。
あの試合は2013年のワールドシリーズ第3戦やんけ。
田澤と上原がおったボストン・レッドソックスとセントルイス・カージナルスが戦った年や。
そうだ!
第3戦といえば、メジャーリーグ史に残る伝説の試合じゃないか!
伝説?
「2-2」の同点のまま7回表が終わって「セブンス・イニング・ストレッチ」にウィルソン一等兵曹が『God Bless America』を歌った…
その直後の7回裏、ピンチに登板した田澤が打たれてレッドソックスは2点のリードを許す。
だけど8回表にレッドソックスは2点を取って同点とする。
土壇場の9回裏、カージナルスはサヨナラのランナーを出塁させる。ここでレッドソックスは守護神・上原を投入。
上原はツーベースヒットを打たれ、1アウト2塁3塁のピンチに。
これまで絶対的守護神としてマウンドを守ってきた上原は、冷静に次の打者をセカンドゴロに打ち取り、サヨナラを防いだかと思われた…
ここでメジャーリーグ史上初の出来事が起こる…
なにこれ?走塁妨害でサヨナラ?
長い歴史を誇るメジャーリーグのポストシーズンで初めての「サヨナラ走塁妨害」だね。
この試合を観に行った連中はラッキーだよな。
Generald Wilson一等兵曹による「オペラ歌手顔負け」の『God Bless America』が聴け、さらに野球史に残る歴史的な結末の目撃者にもなれたんだから。
だけど上原は、これを引きずることなく、その後の試合も見事に投げ続けた。
そして、あの瞬間を迎える…
上原△~!
アーヴィング・バーリンがアメリカで最も愛される理由は、この歌だけじゃない。
誰もが知ってるこの超有名な歌も、彼の作品なんだ。
アメリカ海軍楽団の演奏と素晴らしいコーラスでどうぞ!
Irving Berlin《White Christmas》
by United States Navy Band
『ホワイト・クリスマス』もそうなの!?
そうだよ。
またアメリカ海軍か!
しかしさっきのおっちゃんといい、アメリカの軍人は芸達者やな。
イシグロが第1話で使った『惚れっぽい私』も、元々は戦時中に戦意高揚を目的に作られた海軍タイアップ映画『錨を上げて』の歌だったからね。
『夜想曲集』のコンセプトに合わせて「米国海軍」のモチーフを展開させてみた。
すごいなアーヴィング・バーリンって!
いったいどんな人だったの?教えて、おかえも~ん!
アーヴィング・バーリンは1888年、ロシア帝国のタラチーンに生まれた。
典型的な「shtetl(シュテットル)」の町だね。
シュテットル?
ユダヤ人が集まって住んでいた町だよ。
中世の時代からキリスト教徒に嫌われていたユダヤ人たちは、迫害を逃れるために特定の町に集まって生活していた。
そういう町を「shtetl(シュテットル)」と呼ぶんだ。
東欧や北欧に多かったんだけど、中でもバルト海から黒海にかけてのエリア、現在のリトアニアからウクライナにあたる地域には、数多くの「シュテットル」があったんだよ。
タラチーンもそのひとつで、最盛期には人口の7割がユダヤ人だったそうだ。
ボブ・ディランの先祖も、そのあたりからアメリカに来たんやったな。
オトンの親はオデッサのユダヤ人街から、オカンの親はリトアニアのユダヤ人街からの移民やった。
そうだったね。
この地域における1905年当時のユダヤ人居住割合を示す資料地図があるんだけど、全人口の1割を超えていたそうだ。
19世紀末からの激しいポグロム(ユダヤ人への迫害)があってこの数字だから、以前はもっと多かったのかもしれない。
Jews in the Pale of Settlement and Congress Poland, c. 1905
by Thomas Gun
19世紀末から20世紀初頭にかけて、多くのユダヤ人が東欧からアメリカに渡って来たんだよな…
そしてアメリカのエンタメ業界に大きな影響を与える…
アーヴィング・バーリン、ガーシュウィン兄弟、アル・ジョルソンなど偉大なミュージシャンたち…
そして映画スタジオMGMを作ったルイス・B・メイヤーとサミュエル・ゴールドウィン…
ワーナー・ブラザーズを作ったハリー、アルバート、サムのワーナー兄弟…
そのほとんどが貧しい人たちだったんだよね。命からがら、着の身着のままで大西洋を渡って来たんだ。
5才だったアーヴィング・バーリンも、家族と一緒にほとんど無一文でアメリカにやって来た。
ちなみに彼の本名は「Israel Beilin」だったんだけど、エリス島で入国する際に「Baline」と変えられた。アメリカ人が発音しやすいようにね。
そしてバーリン家は、移民たちが集められたニューヨークのスラムで暮らし始めた。
すごい幼少時代だな…
こんなところから『God Bless America』と『ホワイト・クリスマス』を生み出すまでになるのか…
しかしアーヴィング少年に悲劇が襲う。
お父さんが急に亡くなってしまうんだ。アーヴィングは小学校も満足に行けず働き始めることになる。
貧しく学校にも行けなかった移民の子供が人並みの暮らしをするには、3つの選択肢しかない。
1、軍隊に入る
2、ギャングに入る
3、ショービジネスの世界に入る
もちろんアーヴィング少年は最終的に3を選んだ。
彼の家系はハッザーンの家系で、亡くなった父もロシアにいた時はシナゴーグでハッザーンを務めていたんだ。
ハっつぁん?
ハッザーンだよ。ラテン語では「カンター」と呼ぶ。
ハッザーンとはシナゴーグでの祈りや朗誦の時、会衆をリードして歌う役割の人だ。ユダヤのコミュニティでは非常に重要な存在で、特定の家柄の人たちが代々受け継ぐことが多い。幼い頃からヘブライ語や歌唱の訓練をする必要があるから…
日本でも職能集団や伝統芸能はそうやったな。
今でもハッザーンの家系の人には「音楽センス」に長けた人が多いんだ。だからアーヴィング・バーリンも父からその血を受け継いでいたのかもしれない。
これが典型的なハッザーンによる歌唱だよ。
《Yom Kippur》Azi Schwartz
沁みる…
この人の声はホントに素敵だよね。
偉大なるユダヤ人歌手レナード・コーエンが亡くなった時も、彼は追悼の歌を歌っていたから、それも紹介しておこう。
《 Hallelujah》Azi Schwartz
わお!ハレルヤ!
レナード・コーエンといえば、映画『日の名残り』の冒頭シーンに出てきたお爺さんだよね。
あれは本人じゃなくて、よく似た「そっくりさん」だね…
さて、アーヴィング少年はNYのスラム街で歌い始める。歌うといっても、そのへんの食堂や道端だけどね。
そして18歳の時、チャイナタウンのカフェにウェイター兼歌手として雇われた。閉店後は朝方までピアノを弾き、歌を作っていたそうだ。
そんなアーヴィングに作曲の仕事が入ってくるようになり、次第に業界内で重宝がられるようになっていく。アーヴィングにはハッザーンの血が流れていたし、正規の教育を受けた音楽家には無い「人の心をうつ何か」があったんだ。
そして1911年、彼にとって最初の大ヒット曲『アレクサンダーズ・ラグタイム・バンド』が誕生する。
Irving Berlin《Alexander's Ragtime Band》
by Judy Garland
ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の元ネタにもなった名曲やな。
ちなみに、この時に名前を間違って「Berlin」と著作権登録され、以後このまま「Berlin」姓を使うことになる。ロシア時代の「Beilin」という姓が渡米時に「Baline」と変えられ、今度は著作権登録の際に「Berlin」と間違えられてしまうんだ。
ユダヤ人なのに「ベルリンさん」になっちゃったんだ(笑)
だね。
さて、この歌の大ヒットで音楽家としての地位を確立したアーヴィングは、翌年の1912年に先輩音楽家の妹ドロシーと結婚。二人はキューバへ新婚旅行に旅立つ。
だけどハネムーン先でドロシーが腸チフスに罹ってしまい、帰国後すぐに亡くなってしまうんだ…
そんな…
・・・・・
ん?どうした?
いや…
このまま続けてもいいのかな…って、ふと思ったんだ。
まだ小説の二行目なのに、こんなに時間を割いてしまって…
いまさら何を気にしとんねん。
第1話『Crooner/老歌手』は、タイトルの解説だけで1回が終わったやんけ。
そうだよ!
せっかくいいところなのに!
俺も続きが気になる…
お前らしくないな、おかえもん。
これまでも寄り道しながら多くの手掛りを見つけてきたじゃないか。
そうでした…
じゃあこのまま続けよう。
そう来なくちゃ!
悲しみにくれたアーヴィングは、自分を見失いそうになった。ショックで何も出来なくなってしまったんだね。
そりゃそうだ。ロシアでの迫害を逃れアメリカへ渡って来て、学校も行けず極貧生活の中でようやく音楽家としての地位と名声を掴み取り、愛する女性と出会った矢先のことだったからね…
だけど、亡くなったドロシーへの思いを歌にすることで、アーヴィングはそれを乗り越えて行く。
その時に書かれたのが『WHEN I LOST YOU』だ。
Irving Berlin《WHEN I LOST YOU》
by Aurora Colson
悲しい思いを胸に抱きながら、なんとか前へ進もうとするような切ない歌だね。
だよね。
ここからアーヴィングは怒濤の如くヒット曲を連発する。
第一次世界大戦にアメリカが参戦すると、アーヴィングは陸軍に志願した。そして数多くのマーチや国威発揚愛国ソングを作り、アメリカ国家に貢献する。
ユダヤ人の彼にとって、アメリカとは「新しいイスラエル」であり「かけがえのない祖国」だからね。
ドロシーの死から12年間、アーヴィングは誰とも再婚を考えなかった。仕事が忙しかったこともあるけど、ハネムーンで病に倒れ、そのまま亡くなってしまったドロシーの存在がやっぱり忘れられなかったからだ。
だけど1924年に、運命の出会いが訪れる。
エリン・マッケイという女性と出会い、アーヴィングは恋に落ち、結婚を申し込んだ。
なんだかドロシーの面影があるような無いような…
しかしこの結婚を、エリンの父が猛反対する。
エリンの父クラレンスは、国際電話やラジオなどの通信・放送事業を営む、アメリカでも有名な大富豪だった。そしてアイルランド移民であり、敬虔なカトリック教徒だったんだ。
だから娘がユダヤ人と結婚することなど、到底許せなかったんだね。
そんな…
激怒した父クラレンスは、娘エリンをアーヴィングから引き離すために、彼女を強制的にヨーロッパのどこかへ送ってしまった…
マジかよ…
だけどアーヴィング・バーリンは、そんなことで挫ける男じゃない。
エリンへの思いを歌にして発表しまくったんだ。
やけくそ?
違うよ。
彼の歌は遠いヨーロッパのラジオでも放送されるから、必ずエリンが聴いてくれるはずだと考えたんだ。
そしてアーヴィングの思惑通り、エリンはアーヴィングの歌をヨーロッパで耳にする。彼女への思いがぎゅうっと詰まった歌をね。
それがこの名曲『ALL ALONE』だ。
フィオナ・アップルの最高に切ないバージョンでどうぞ。
Irving Berlin《All Alone》
by Fiona Apple
泣ける…
こんなことされたら、どんな女でも落ちるよな。
「君がいなくて僕は独りぼっち。君はどこ?どんなふうにしてる?そして僕と同じように独りぼっちで淋しい?」
なんて歌詞を繰り返すだけのシンプルな曲なんだけど、なんとも言えない思いに駆られるよね。
アーヴィング・バーリンの歌は、このシンプルさとストレートさが魅力なんだ。だから万人に愛されるんだね。
エリンはこの歌への返事を手紙に書いて、ニューヨークのアーヴィングへ送った。
こんなことを繰り返してるうちに、二人の愛はますます深まり、ついに父クラレンスも結婚を許すことになる。ただ、結婚後も3年間、アーヴィングとは一切口を利かなかったそうだ。
筋金入りの頑固オヤジだな(笑)
エリンがニューヨークへ戻って来た時は、ニューヨークは大騒ぎになっていた。
多くの市民がこの「人気作曲家と大富豪の娘の、大西洋を越えた、ラジオを通じたラブレター」のことを新聞で知っていたからだ。
二人の結婚式は、あのニューヨーク・タイムズの一面を飾った。
やったあ!
その結婚式でアーヴィングがエリンにプレゼントした曲が、のちに結婚式の定番ソングにもなった『ALWAYS』だ。
Irving Berlin《ALWAYS》
by The Ink Spots
何から何まで歌にする男なんやな、アーヴィング・バーリンっちゅう男は。
そうなんだよ。
彼にとって歌とは、文字通り、自分の思いを伝える手段なんだ。
実を言うと、アーヴィングは小学校に行ってないので、英語の読み書きが不得意だった。もちろん手紙も上手く書けない。
だから歌にしていたんだね。自分の思いをありのまま伝える一番の手段が歌だったんだ。
そうだったのか…
そして1928年11月、二人は待望の男の子を授かる。
やったあ!
だけど、一か月後に悲劇が再びアーヴィングを襲う…
え?
家族で初めて迎えたクリスマス・イブの夜…
あろうことか、長男アーヴィング・ジュニアが亡くなってしまうんだ…
・・・・・
言葉を失うのも無理はない。
アーヴィングは、またもや自分を見失いそうになった。
だけど以前と違い、今度は「家族」が支えてくれた。
三年間アーヴィングと口を利かなかったエリンの父クラレンスは、憔悴しきったアーヴィングの姿を見て、ついに心を開く。
これまでのことを詫び、アーヴィングと娘エリンのそばに寄り添ったそうだ。
そして15年後の1943年、アーヴィング・バーリンは『ホワイト・クリスマス』を書く。
第二次世界大戦でクリスマスも離ればなれになっている兵士とその家族のために書いたものなんだけど、歌詞をよく読んでみると、それだけではないことがわかる。
アーヴィングの深い思いが込められているんだ…
Irving Berlin《WHITE CHRISTMAS》
あ~~~!
そういう歌だったのか!
これからこの歌聴くたびに涙ぐんじゃうじゃんか!
アーヴィング・バーリンという男は、つくづく数奇な定めの星のもとに生まれた男なんだな。
命からがらアメリカに渡って来てすぐに父を亡くし、ハネムーンで最初の妻を亡くし、生後一ヶ月の長男をクリスマス・イブに亡くすとは…
『GOD BLESS AMERICA』も『WHITE CHRISTMAS』も、誕生するべくして誕生したっちゅう感じやな…
なんてドラマチックな人なんだろう…
波乱万丈過ぎる…
そうだね。
なんか話が美しすぎて重くなっちゃったな。
でも、アーヴィング・バーリンの代表作は、感傷的な歌ばかりじゃないんだ。
ユーモアあふれるコミックソングでも数々の名曲を残したんだよ。むしろこっちがメインとも言える。
第一次世界大戦で従軍した際も、志願兵を募るため、軍隊生活をユーモアたっぷりに描いたマーチ『Oh How I Hate To Get Up In The Morning』を発表した。
大ヒットしたベティ・ブープのアニメ映画でどうぞ。ベティちゃんが登場して歌をナビゲートするのは4分20秒あたりからだね。
《Oh How I Hate To Get Up In The Morning》Betty Boop
「朝に早起きするのが死ぬほど嫌い。起床ラッパ係を殺してやりたい!」って歌じゃんか!
これで国威発揚になるのか。ウケる、アメリカ(笑)
この歌は軍だけでなく、広くアメリカ人に愛されたんだ。
アーヴィング・バーリンはこの歌を使ってミュージカル『This is the Army』も書いた。
第二次世界大戦中には、のちに大統領となるロナルド・レーガン主演で映画化もされた。アーヴィング・バーリン自身も出演し、この歌を歌ったんだ。
《THIS IS THE ARMY》Irving Berlin
自分の同胞ユダヤ人を虐殺しとるナチス・ドイツの首都と同じ名前っちゅうところが皮肉やな。
だね。
ロシアで「Beilin」だった苗字が、アメリカに移民した時に「Baline」に変えられて、作曲家になった時には間違って「Berlin」と登録された。
まさに運命の悪戯だ。
ちなみに「アメリカ第2国歌」とも呼ばれる『GOD BLESS AMERICA』を発表したのは、1938年のこと。第一次世界大戦の終戦20周年を記念したイベントに向けて作られた歌なんだ。
これが80年後の現在も、アメリカで愛されて続けているってわけだね。
偉大やな、アーヴィング・バーリン。
今回は盛り沢山だったな。
俺も2013年のワールドシリーズのことを熱く語れたし。
次回は残りの3曲を一気にやっちゃわないと、肝心の小説の解説に辿り着けないね…
おかえもんの音楽好きにも困ったもんだな。
適当に流すってことを知らないんだから。
しかも、ちょー古い話ばっか(笑)
短編『降っても晴れても』のチャーリーなら、こんなことを言いそうだな…
「おかえもんとノスタルジックな音楽の話はするな」
ほんまそれ(笑)
僕は全然気にしませんからね。
誰も興味がなくても、僕は語り続ける。自分の好きな話を。
たとえそれが自己満足だとしても…
てゆうか、このシリーズは自己満足以外の何物でもなくね?
ここまで続ければ、偉大なる自己満足だ。
さあ、コール・ポーターの『ビギン・ザ・ビギン』の話にいこう。
はい…
――つづく――
『夜想曲集』(@Amazon)
カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳
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