日の名残り第64話1

「スペイン革のブーツってどんな意味?」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第64話

さて、ボブ・ディラン『スペイン革のブーツ』の歌詞に込められた本当の意味を解説しようか…

その前に、前回を未読の人はコチラ!

しかしホンマかいな。

男女の「別れの予兆」を切なく歌い上げた名曲『スペイン革のブーツ』が「裏切り者を十字架にかける」歌やったなんて…

ホントだよ。「愛」の名のもとにね。

愛!?

だってイシグロはこの短編で「裏切り」の再現を描こうとしていていたじゃないか。

「愛」ゆえにね。

チャーリーがレイモンドに手取り足取り「革のブーツを鍋で煮込む」ことを教えるのは、「最後の晩餐」でイエスが語った「預言」を引用したものだった。

イエスは「最後の晩餐」の席で突然「あなたがたのうちの一人が私を裏切ろうとしている」と言った。

弟子たちが騒然とする中、イエスはこう続ける。

「私と一緒に手で鉢に食べ物を浸した者が、私を裏切る」

つまり「鉢」が「鍋」になって…

「食べ物」が「革靴」になったわけだな…

そしてチャーリーはレイモンドに逐一指示を出したから「私と一緒に」が成就する…

だからレイモンドはユダ…

ねえねえ、革靴って食べ物なの?

「カレーは飲み物」っていうのは聞いたことあるけど…

本革なら食えるだろう。

チャーリー・チャップリンも食っていた。実際は昆布だったらしいが。

Charlie Chaplin《The Gold Rush》

イシグロは、レイモンドを「裏切り者」として描くために「スペイン在住」という設定にした。

別にどこだっていいのに「スペイン」を選んだのは、この短編の背景に「聴こえない歌」としてボブ・ディランの『スペイン革のブーツ』を流すためだったんだ。

Bob Dylan《Boots of Spanish Leather》
by Trevor Willmott & Juliana Richer Daily

聴こえない歌?

イシグロは、前に紹介したS&Gの『エミリー・エミリー』とボブ・ディランのこの歌をもとに、短編『降っても晴れても』を書いたんだ。

だけど小説の中には出て来ない。太宰治やレイモンド・カーヴァ—同様に、その存在は隠されている。

なぜなら、名前を出したら「種明かし」になっちゃうからね。

ふむふむ。

ボブ・ディランがアルバム『NEW MORNING』でジャック・ケルアックやジュディ・ガーランドの名前を隠していたのと同じことだな。

ボブ・ディランは、表向き「離ればなれになる男女」の物語に聞こえるように、この歌の詞を書いた。

当時の彼女スーズ・ロトロと微妙な状態だったからね。

ああ!このおねいさんか!

スーズはディランとの交際にずっと悩んでいた。心配した母親が、二人に距離を置かせようと、スーズを「イタリア」へ半年間も行かせていたこともあった。

甘えん坊のディランは、ものすごくショックを受けたそうだ。

この歌は、その時のことを歌ったものなんだよね。

「スペイン」関係ないじゃん!

歌詞の本筋には関係ない。

ただの「皮肉」というか「オチ」として使われているのだからな。

皮肉!?オチ!?

そうなんだよ。

「Spanish boots of Spanish leather」という言葉は、「表向き」の歌詞では「皮肉」やジョークの「オチ」として使われている。

ちなみに邦題の「スペイン」では、その意味が通じなくなるんだ。

「スパニッシュ」じゃないとダメなんだよ。

だから『スペイン革のブーツ』という邦題は、ちょっと残念なんだよね…

「スペイン」じゃダメなんですか!?

そして裏の意味、本当の意味で歌詞を読んだ場合、「Spanish boots of Spanish leather」は「最重要キーワード」として使われていることがわかる。

最重要キーワード…

気になる!早く歌詞を解説してくれ!

OK。まずは「表向き」の意味で解説しましょう。

この歌は、「旅立つ人」と「送り出す人」が交わす手紙のやりとり、という体で歌詞が書かれている。

イタリアへ旅立ったスーズ・ロトロと、ニューヨークに残ったボブ・ディランの「往復書簡」だね。


『Boots Of Spanish Leather』
WRITTEN BY:BOB DYLAN
日本語訳:おかえもん

1番
Oh, I’m sailin’ away my own true love
I’m sailin’ away in the morning
Is there something I can send you from across the sea
From the place that I’ll be landing?

ああ、私の愛しい人よ
私は朝日と共に、旅立ちます
遠い海の向こうから
あなたに送るべきものはあるかしら
向こうに着いたら送ってほしいものはある?

1番は「旅立つ女」だね。

スーズおねいさんの手紙だ。

1番は特に問題は無いね。続けるよ。

2番
No, there’s nothin’ you can send me, my own true love
There’s nothin’ I wish to be ownin’
Just carry yourself back to me unspoiled
From across that lonesome ocean

愛しい人よ、いいんだよ
そんなこと気にしなくても
君から受け取りたいものなんて無いんだ
ただ、昔のままの君で帰ってきておくれ
僕らの間に横たわるこの大海原を越えて

2番はディランやな。

大西洋の反対側でひとり待つ身の寂しさを歌い上げとる。

騙されるなよな。

ボブ・ディランという男が、どんな奴なのか忘れたのか?

どんな奴?

一筋縄ではいかん「言葉の魔術師」だぞ。

そんなヤワな歌詞を書くほどセンチメンタルな男ではないし、そんなわかりやすい精神構造の持ち主ではない。

一言でいうと「ひねくれもの」だ。

だからそんな単純な歌詞など書くわけがない。

ああ、そうだった!

すっかり忘れてたよ!

3番はディランの「そんな一面」が顔をのぞかせる…

3番
Oh, but I just thought you might want something fine
Made of silver or of golden
Either from the mountains of Madrid
Or from the coast of Barcelona

でも、きっとあなたは何か欲しがるわ
金や銀で作られた
何か小洒落たプレゼントをね
山々が美しいマドリードや
海の綺麗なバルセロナから
届けられた土産物を

どこが「そんな一面」なの?

せやな。

しかしイタリアに行っとる女に「スペインの土産物」のことを語らせるのも妙な話や。

しかもディランは「以前の君のままで戻ってきてくれればそれでいい」って言うとるのに、スーズに「金や銀の贈り物が欲しいでしょ?」と言わしとる。

何が言いたいねん、ディランは。

これってディランの「嫌味」なんだよ。

スペインの「Made of silver or of golden」ってのは、これのことなんだ。

なにこれ?

ふぁ、ファスケス…

ふぁすけす?

古代ローマの「権力」の象徴で「ファシズム」の語源となったものだ。

斧の周りを棒で囲み、革のベルトでまとめたものだな。

ムッソリーニ率いるファシスト党のシンボルであり、戦時中のイタリアでは至るところにこのマークが使用された。

ナチスドイツの「鉤十字」みたいなもんだ。

でもなんでスペインなんだ?

スペインでは1930年代の内戦を経て、フランコ将軍が独裁政治を行っていた。

第二次世界大戦では「中立」と言いながら、事実上ドイツ・イタリアと共同歩調をとり、ファシズム国家となった。

でも一応「中立」だから連合国には攻め込まれず、終戦後もフランコのファシズム体制が存続してしまうことになり、1946年には国連から排除されてしまったんだ。

そして様々な経済制裁の対象となった。

この歌が作られた1963年当時もファシズム体制が続いていて、西側諸国でありながら、人やモノの出入りが制限されていたんだ。

だからディランは歌の中に「スペイン」を出すことによって「ファスケス」をイメージさせようとしたんだね。

ファスケスはわかったけど、いったい何のために!?

なんで彼女であるスーズ・ロトロに「ファスケス」のイメージを重ねたんだ!?

ちょっとややこしいんだ。

スーズ・ロトロという人物のことも説明しないといけないね…

Suze Rotolo(1943 - 2011)

スーズはイタリア移民の両親のもとに生まれた。両親はアメリカ共産党員で、戦後の「赤狩り」の時代には、家族は世間の厳しい目に晒される。

ちなみにスーズの伯父さんはイタリアのファシスト党員だったらしい。彼女は生まれながらに、とても政治的な環境に置かれていたというわけだね。

だからスーズは「少女活動家」となった。人種別のレジを設けてるスーパーの前で抗議デモを行うような少女だ。

20才の時には、アメリカ市民の渡航が禁止されていたキューバに渡り、カストロと面会した。

か、カストロに会いに行ったの!?

今で言うなら、女子大生がピースボートで北朝鮮に渡り、金正恩と面会するようなものだ。

ネットで大炎上だな…

そんなガチの家庭なので、両親はボブ・ディランとの交際に反対していた。

マスコミやファンの好奇の的になってしまっていたからね。

それに当時のディランなんて、ミネソタのド田舎から出てきて、ビートニクとか言ってイキがってる二十歳そこそこの「甘ちゃん小僧」だった。フォークの女王ジョーン・バエズとも「変な」関係だったし。

だから母親はスーズを半年間イタリアに連れて行ったんだ。自分の娘がおかしくなる前にね。

なるほど…

そうなるとディランが「ただ美しい歌」なんて書くわけがないね…

ディランからすると「共産主義もファシズムも一緒や!勝手に俺の女を連れて行きやがって!このファシストババアめ!」っちゅう感じやったのかもしれん…

そこまで言ったかどうかは知らないけど、そんな感じだったかもね。

単純に「美しい感情」だけではなかったことは確かだ。

それというのも、この歌を録音する直前に、スーズはディランのもとを去り、姉の家で暮らし始めていた。

約二年に及ぶ同棲生活を解消したんだ。

そして妊娠していたディランとの子を中絶する…

え…

この歌は、そんな状況の中で録音された歌なんだ。

一筋縄ではいかない歌だってことが、よくわかると思う。

普段はイキがってたディランも、相当へこんでたと思うぞ。

だからこんな複雑な悲しみに満ちた歌になったのだな。

4番はスーズの「金銀を送るわ」へのディランの返事…

4番
Oh, but if I had the stars from the darkest night
And the diamonds from the deepest ocean
I’d forsake them all for your sweet kiss
For that’s all I’m wishin’ to be ownin’

ああ、そうじゃない
たとえ夜空に輝く星々を手に入れても
深い海の底からダイヤを手に入れても
君との甘い口づけのためなら
僕は全てを投げ出すだろう
僕が手にしたいと望むものは
それだけなんだ

さっきの話を踏まえると、なんとも微妙やな。

どの口が言うとるんや、っちゅう感じや。

そして5番。

5番
That I might be gone a long time
And it’s only that I’m askin’
Is there something I can send you to remember me by
To make your time more easy passin’

たぶん長い旅になるから
これだけは聞いておきたいのよ
離れていても私のことを思い出すような何かを
あなたに渡しておきたいの
そうしたらあなたも気が休まるでしょう?

スーズおねいさん、現実的!

だね。夢見がちなディランの手紙とは対照的だ。

6番でディランは悲劇の主人公ばりに語る…

6番
Oh, how can, how can you ask me again
It only brings me sorrow
The same thing I want from you today
I would want again tomorrow

ああ、なんてことを…
なんてことを君は言うんだい?
僕は悲しみに打ちひしがれてしまいそうだ
いま僕が欲しいのは君の口づけだけで
明日欲しくなるのもそれだけなのに

なら、追いかけていけばいいのに…

とか言いたくなるよな。

そして7番で空気が変わる。

ここまで「往復書簡」だったのが、「片道」になるんだ…

7番
I got a letter on a lonesome day
It was from her ship a-sailin’
Saying I don’t know when I’ll be comin’ back again
It depends on how I’m a-feelin’

寂しがってた僕のもとに
一通の手紙が届いた
それは彼女が航海の途中で送ったもの
そこにはこんなことが書かれていた
いつ戻れるかはわかりません
たぶんいつか、気が向いたら…

実際のイタリア行きは半年で帰ってきたんやったな。

っちゅうことは、これは同棲解消を踏まえた歌っちゅうことや。

切ないな。

8番では、ついに「別れ」を受け入れる…

8番
Well, if you, my love, must think that-a-way
I’m sure your mind is roamin’
I’m sure your heart is not with me
But with the country to where you’re goin’

ねえ、愛しい人よ
どうしてもこんなふうにしか
考えることができないんだ
君の気持ちは彷徨っているよね
君のハートは僕から離れてしまったよね
いま君の想いは僕ではなく
旅の目的地に向けられているんだ

「旅の目的地」とは「イタリア」だけでなく「キューバ」も含まれていそうだよな。

スーズ・ロトロがカストロに会いに行ったのは、ディランとの同棲を解消した後のこと。別れ際には、キューバ行きの話もしてたかもしれない。

そしてラストの9番…

9番
So take heed, take heed of the western wind
Take heed of the stormy weather
And yes, there’s something you can send back to me
Spanish boots of Spanish leather

だから気を付けて、西風には注意して
風の強い日には十分気を付けて
そうだ!君が僕に送るのに
ピッタリのものがあるじゃないか
「スペイン革のブーツ」だよ

西風?

アメリカからイタリアへ向かうなら、西風でいいんじゃね?

せやな。

しかもなんで風にここまでこだわるんや?

忘れたか?

スーズ・ロトロの両親はアメリカ共産党員で、彼女も幼い頃から活動家だった。

そしてディランがこの歌をレコーディングしてる頃、アメリカの敵「キューバ」への渡航を画策していた。

つまり「the western windに気を付けろ」というのは…

ああ!「西側世界の世論」ってことか!

じゃあ「スパニッシュ」というのは…

「キューバ」のことだったんだ…

でも、それだけではないんだよ。

「スパニッシュ」には「パニッシュ」がかけられているんだ。

「罰する」という意味の「punish」がね…

罰する!?

「Punish boots」だと「ケリを入れて罰する」

「Punish leather」だと「革ムチで罰する」

といった意味にもとれる。

ひええ!

悲しみや怒りなどが複雑に混じり合っていたんじゃないかな、当時のディランは。

そして「罪」の意識にも悩まされていたはずだ。

二人がこんなことになってしまった原因のほとんどは、ディランの側にあったからね。

だからこの歌を「二重構造」にして、裏のストーリーで「罪からの自己救済」を図った。

自己救済?

裏ストーリーは「イエスとペトロの往復書簡」になってるんだな。

い、イエスとペトロ!?

そして裏ストーリーにおける「ブーツ」とは、これのことなんだよ…

い、い、イタリア半島!?

裏ストーリーでは、スペインは全く関係無いんだ。

マドリードもバルセロナも完全に「暗号」になってるんだよね。

マジですか!?

じゃあ裏ストーリー版を訳してみるよ。

その前にもう一度歌を聴いてみるといいかも。

Bob Dylan《Boots of Spanish Leather》
by Trevor Willmott & Juliana Richer Daily


1番
Oh, I’m sailin’ away my own true love
I’m sailin’ away in the morning
Is there something I can send you from across the sea
From the place that I’ll be landing?

おお、愛するケファことシモン・ペトロよ
私はお前にひとこと言いたくて
今からこちらを発つところだ
何かお前に贈ってやれるものはないだろうか
イタリアに着いたらプレゼントできるものが

ケファ?ペトロ?

ま、まさか…

死刑を恐れ、ローマから逃亡するペトロのもとに、師イエスが現れたという奇跡…

この歌は「Domine, quo vadis?(主よ、どこへ行かれるのですか?)」のパロディソングやったんか!?


「morning(朝)」に「moaning(愚痴る)」がかけられているんだな。

イエスは、再び「裏切り者」となったペトロに愚痴りに行くわけだから。

イスラエルの地から、海を渡ってな。

だからエミリのノートにあった「ぐちぐち王子」というのは、やっぱりレイモンドのことじゃなかったんだ…

レイモンドは「ユダ」であって「王子」ではない。

あれは夫チャーリーのことだったんだね…

やっぱりレイモンドの早トチリだったのか!

2番は、イエス来訪の知らせを受けたペトロの反応だ。

2番
No, there’s nothin’ you can send me, my own true love
There’s nothin’ I wish to be ownin’
Just carry yourself back to me unspoiled
From across that lonesome ocean

なんと畏れ多いことか!
主よ、私のような者があなた様から
受け取れるものなどございませぬ
昔のままのお姿にお目にかかれるだけで
私は十分でございます
あの十字架の日から始まった
悲しみの時を超えて

上手いなあディラン!

イエスはペトロに「提案」する。

3番
Oh, but I just thought you might want something fine
Made of silver or of golden
Either from the mountains of Madrid
Or from the coast of Barcelona

しかし手ぶらでお前に会いに行くわけにもいかぬ
何かお前に相応しいものがあるはずだ
木で作られたもの…神の思し召し…
迫害された「その他大勢」になるのか
十字架に掛けられ名を残すのか

「silver」は「silva」の駄洒落になっている。ラテン語で「樹木」という意味だ。

そして「golden」は「god」だね。

神の思し召しと木で作られたものといえば「十字架」のことだ。

「マドリッド」は、どないなってんねん。

「mad(狂った)」「rid(排除)」だから「キリスト教徒の迫害」のことだね。

ペトロが布教活動していたローマでは、皇帝ネロがキリスト教徒を迫害し、多くの改宗者・逃亡者・殉教者を出した。

ペトロはローマから逃亡しようとして、郊外の街道でイエスと出くわし、ローマへ戻って殉教者になることを諭されたんだ。

「お前が行かないのなら、私が代わりに明日ローマへ行って、再び十字架の上で死のう」

その言葉を聞いたペトロはようやく腹を決める。

かつてイエスはペトロに「教会の父」となることを預言していた。「元々偉い人」が地位に就くんじゃなくて、「弱き者」が「最も強き者」になることが必要だったんだね。

そして「弱虫ペテロ」は殉教し「初代教皇」となった。

「弱虫ペテロ」って「弱虫ペダル」っぽい(笑)

じゃあバルセロナは?

歌をよく聴くと「coast of Bar」のところで区切られることがわかるよね。

そしてこの部分って「crossed bar」って聴こえるんだ。

「十字架」のことだね。

すげえ…

4番
Oh, but if I had the stars from the darkest night
And the diamonds from the deepest ocean
I’d forsake them all for your sweet kiss
For that’s all I’m wishin’ to be ownin’

ああ、たとえローマの神々を与えられても
ギリシャの海の神々を与えられても
あなた様の接吻のためなら
すべてを投げうつことでしょう
私が望むものは、ただそれだけなのです

4番ではペトロがイエスに接吻を求める。

異教の神を受け入れるくらいなら、愛の教えに殉ずると。

師の接吻?死の接吻?

ユダと一緒にするなボケ!

主による奇跡の接吻やで。

そしてイエスが答える。

5番
That I might be gone a long time
And it’s only that I’m askin’
Is there something I can send you to remember me by
To make your time more easy passin’

時間がかかりそうなので
お前に聞いておきたいのだ
何かいいものはないだろうか?
私の代わりになるようなアイテムは
お前が少しでも楽に逝けるように
プレゼントしたいのだよ

ん?

ペトロはイエスに「助けに来てください」と求めた。

「十字架で死んだ後に、主の御力で復活させてください」とね。

だけどイエスは、自分はちょっと行けそうにないから、何か贈り物をすると答えたんだ。

え?

だからペトロは焦る。

6番
Oh, how can, how can you ask me again
It only brings me sorrow
The same thing I want from you today
I would want again tomorrow

ああ、どうして!?
なぜにそのようなことを仰られますか
私は悲しゅうございます
いま私が求めたことと同じものを
明日していただきたいのです

明日?

ペトロは明日ローマで十字架に掛けられることになってるのだ。

だから明日は必ず現れてほしいとイエスに願っているわけだな。

都合よすぎ!

イエスの返事はこうだ。

7番
I got a letter on a lonesome day
It was from her ship a-sailin’
Saying I don’t know when I’ll be comin’ back again
It depends on how I’m a-feelin’

私は以前お言葉を頂いた
天の父からお言葉を
それによると、今度わたしが
いつ地上に降臨するのかは
正直よくわからなかった
だけどそれは、ある意味
私の気持ち次第なのだが

わけわかめ!

し、仕方ないよな…

父と子の「一人二役」なんだから…

たまに混乱することもあるんだろう。

まあ、結論を言えば「明日は行けない」ってことだよね。

そしてペトロは途方に暮れる。

8番
Well, if you, my love, must think that-a-way
I’m sure your mind is roamin’
I’m sure your heart is not with me
But with the country to where you’re goin’

わかりました主よ
こういうことなのですね
あなた様の御心はローマにある
しかし私と共にあるのではなく
このローマ帝国と共にあるのです

「roaming」は「Romeへ行く」っちゅう駄洒落やったんか!

この8番が「ヒント」になっているんだな。

ここで初めて「ローマ」という音を出して、この歌の裏テーマの存在を臭わせたのだ。

だからディランは「think that-a-way」という表現を使ったんだね。

ちょっと冗談交じりの口調で「こんなふうにも考えられるよね」って。

さて歌は、逆ギレしたペトロによる9番で締め括られる…

9番
So take heed, take heed of the western wind
Take heed of the stormy weather
And yes, there’s something you can send back to me
Spanish boots of Spanish leather

どうぞ御心に置き留めてください
愚かなる西ローマの風潮を
残忍極まりない迫害の一部始終を
そうだ!
あなた様から何かいただけるとしたら
私は次のようなものをお願いしとうございます
それは「ローマ人への罰」…
まことに憚られることですが…

「the western wind」は「西ローマの風潮」か!

そんで「boots」は「ローマ人」!

ブーツの形をしたとこに住んどる連中やさかいな。

「leather」は「rather」なんだな。

「rather」とは、基本的には好ましくない意味をもつ言葉を修飾する単語…

「奴らを罰してください」なんてことは、本来、口にするのは好ましくないことだから…

実に巧く出来てるよな。

さすがはノーベル文学賞を受賞するだけのことはある。

ええ…

僕も最初これに気付いた時、驚いてしまいました…

ファ~ァ…

あんた、徹夜したのか?

ええ…

どうしてもこれを仕上げたくて…

この歌の「表の図面」と「裏の図面」を見たら興奮して眠れなくなってしまったんです…

この歌を作ったボブ・ディランという人は、「言葉」の性質をよく知っている…

感動しちゃった。

こいつはな、たった一艇だけ…

さっきから何の話してんだよ!

いや…

イタリアつながりで、つい…

『紅の豚』で思い出したが…

太田裕美の『木綿のハンカチーフ』はこの歌が元ネタだったよな。

『紅の豚』は加藤登紀子やろ。

『スペイン革のブーツ』の話では必ず「小ネタ」として登場しますよね…

「『木綿のハンカチーフ』パクり説」が。

ぱ、パクリ!?

松本隆による歌詞が、ディランの『スペイン革のブーツ』に激似してるんだ。

聴いてみて。

《木綿のハンカチーフ》by kabo

ホントだ~!

有名な話やな。

っつうか、当時の邦楽なんか、こんなんゴロゴロしとる。

そもそも「はっぴいえんど」自体が…

オロカモノメ。

何やとォ!おんどれはオロカメンか!

松本隆は、ただのパクリではない可能性がある。

『スペイン革のブーツ』の裏ストーリーに気付いていた可能性が…

ええ!?

だって、最後に贈ってほしいと願うものが「木綿のハンカチーフ」なんだよ…

これって「聖骸布」のことかもしれないんだ…

Holy Shroud

せ、せいがいふ!?

聖骸布とは、十字架で処刑されたイエスの亡骸を包んだ布。

それがイスラエルの地から紆余曲折を経てイタリアに持ち込まれた。

現在はトリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されている。

遠く離れていった最愛の人の形見が「木綿のハンカチーフ」って、どう考えても「聖骸布」のことだよね…

言われてみれば!

これだから歌モノは堪らねえな。

毎回やろうぜ。



——つづく——



『夜想曲集』(@Amazon)
カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳


ボブ・ディラン『時代は変わる』
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