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秘密は、誰にでもある。

 たとえ愛する家族や親しい友人がいたとしても、その誰にも打ち明けていない秘密の一つや二つはあるだろう。それが、気安く言える類ではない内容であったり、まあ隠すほどのことではないものであったりしても。

 僕の場合は、それが煙草だった。結婚するときまで、僕は隠れるでもなくデートの時などにも煙草を吸っていた。妻は(当時は彼女)煙草を吸わない人だった。煙草どころか、酒も飲まない健康的な人だ。当時の彼女は、交際時期ということもあり、煙草については容認の姿勢だった。それが結婚するにあたり、条件の一つとして禁煙があった。煙草の臭いがあまり好きではないこと、将来子どもが生まれた時に与える影響を鑑みてのことだった。

 以来、僕は禁煙をした。そして何度か、その禁煙を破った。飲み会に行ったり、仕事でクソみたいなことが起こったり(度々ある)、精神的に落ち込んだりした時(これも度々ある)だ。そして恐ろしいことに、そのほとんどすべてのタイミングで妻にバレた。本人はさして気づかないのかもしれないが、香りや挙動などでピンとくるのだろう。女の第六感というやつだ。

 そしてまた、今日も見つかった。いや、見つかってしまった。僕がそれに気づいたのは、まだ家族が寝静まるなか早起きしてNetflixを観る前に明日の準備をしようと荷物を整理している時だった。

 僕は今回、ペンケースに煙草を忍ばせていた。最近はKOOLのループドという細い葉巻のような煙草を吸っていたのだが、折悪しくなぜかキツめのタバコが吸いたくなっていて、そこにはロングピースも入っていた。買った時や吸った時は、ああやっぱりパッケージのデザインがいいな、ふんわり甘くてうまいな、なんて悦に入ったりしていた。

 そのペンケースを、休日用のサコッシュから仕事用のバックパックに移そうとした時、なにか異変を感じた。男にも第六感はあるらしい。ふと気になって煙草の箱を開けてみた。

 すると、煙草がすべて切り刻まれていた。

 正確には、煙草の葉の部分だけ切り落とされて、フィルターだけが煙草の箱に入っていた。まるで頭部だけを残されたバラバラ死体のように。僕は思わず「うお」と声が出てしまった。そして、その行為をしている妻の姿を思い浮かべた。それはまるで夜中に電気もつけず一心不乱に包丁を研ぐような女の恐ろしさがあった。

 けれど、とすぐに思い直す。妻は僕が禁煙を破るたびに静観の姿勢を保ってきてくれていた。いろいろなストレスがあるのだろう、と不承不承ながらむしろ理解を示してくれていたのだ。
 そんな妻の気持ちを慮ると、むしろ申し訳なさがむくむくと起き上がってきた。きっと見つけた時、妻はまたかと思いつつ、悲しい気持ちになっただろう。裏切られたとも思ったかもしれない。そう考えると、煙草をハサミで切り刻んだ妻の行動を非難することは到底できない。

 プライバシーは結婚していても大事だと思う。けれど、あまり大したことのない秘密は隠し持っているよりも、バレてしまった方が精神的にいいかもしれない。一方で、大した秘密を持っちゃっている場合は、そのまま墓場まで持っていくことになるのだろうけれど。

 ともあれ、奥さん、ごめんなさい。また禁煙することにします。来年にはもう40だし。あるいはまた、禁煙を破ってしまうことがあるかもしれないけれど(吸う前提か?汗)、ほかには大した秘密もないのでまた発見しちゃった時は、どうか許してやってください(懇願)。いくら優しい妻であっても、堪忍袋の緒に限界があることは肝に命じなければならない。

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