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【フツーの人々(3人目) / 井の頭線の女子高生おじさん】

 おじさんは女子高生ルックだった。
 いやルックだなんて生易しいものではない。淡い水色の蝶ネクタイ、白のきれいな半袖シャツ、ライトグレーのベストに、同じトーンの色のチェック柄のスカートを履いていた。女装というレベルをはるかに超えた本格派なのだ。

 年はおそらく50代。座ってはいたけれどかなり大柄なのはわかり、180cmは優に超えているだろう。肉づきもかなり良くTシャツのサイズなどは間違いなく最低でもLLだと推測された。その体格でも着られる女子高生の制服があるということにも少し驚く。が、大きな女子高生も全国を探せばいることだろうと思い直し(そしてまたおそらく、その体型の女子たちはきっと合う制服のサイズがなくて切実に困っているはずだ)、自分の思い込みを少し恥じる。

 女子高生おじさんの髪はゴールドに脱色されパサついており、天然パーマで強くうねっており、襟足は背中まで伸ばしていた。反して、頭頂の髪は薄くなっていていささか頼りなかった。
 顔には全体的にファンデーションを塗っているが化粧経験が少ないのだろう、厚塗りし過ぎて切なくなるほどだった。見た目は誰がどう見てもほとんど男性だった。そして、車両に居合わせたみんながみんな、最初はびっくりしてチラチラ見るが結局は見て見ぬ振りをしていた。けれど、「女子高生のようにかわいくなりたい」、「変身したい」、そんな自分の心に正直な人なのだろう。

 女子高生のトレンドはソックスに現れるというが、女子高生おじさんはしっかりそれも把握してくるぶし丈のソックスを履いていた。ただ、すね毛が処理されておらずそれは正直、梅雨真っ只中の通勤電車には厳しいものがあったし、女子高生おじさんにとって車内はだいぶ暑かったのか、小さなタオル地のハンカチで汗を拭うので、ファンデーションがついていて、それらには残念ながら可愛さを感じられなかった。

 けれど、と思う。多様性とはこういうことだろう。トレンドを追わず、自分の好きなものを突き詰め、それを周囲の目を恐れることなく体現する。彼の場合、それが女子高生ルックだったというだけのことなのだ。
 電車を降りるころには、僕はそのおじさんを少し(ほんの少しだけ)尊敬していた。

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