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【フツーの人々(7人目) / ルービックキューブの少年】

 少年は小学生だった。おそらく4年か5年か。胸に校章が入った白い半袖シャツとグレーのショートパンツの制服を着ていた。パッと見ただけではあまり特徴のない子だった。色白で短い髪にほっそりとした腕。いかにも都会で育った男の子といった感じだった。もう一度見かけたとしても、ほかの小学生と見分けがつかないだろう。少年は渋谷から乗ってくると、おもむろに立方体の物体を取り出した。

 それは、ルービックキューブだった。
 3×3のよく見るものではなく、それよりひと回りは大きいソフトボールほどの大きさの一面が5×5のものだ。パッと見ただけでもそれを完成させるのは難しそうだった。初心者が説明書を読みながら試しにやったとしても数日はかかるだろう。まだ色が散らばったそれは、まるで電車内をかすかに照らすミラーボールのようだった。

 席についた少年はおもむろに被っていた白い帽子を傍らに置き、考える風でもなくカチャカチャと難解そうなルービックキューブを回しはじめた。たまたまバッグに入ってたから暇つぶしに適当に遊びでやるだけ、あくまでそんな風に見えた。そこには今日こそ全面揃えてやるぞ、といったような気概は1ミリもなかった。

 乗客はそれほど多くはなかった。座席もわりと空いていたし、ほかの人たちはみな、着席するなりスマホを見たり中吊り広告を眺めたり車窓の外をぼんやり見つめたりして、それぞれの時間を過ごしていた。

 少年が乗車して来た駅から2駅めに着くころには、ルービックキューブのすべての面が綺麗に、完璧に揃っていた。少年は大したことでも面白くもないといった感じで、それを通学バッグの中にしまった。極めて手慣れた手つきで。そして腰を折り、膝を抱えるような体勢で目をつぶり、眠りについた。

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