「本音を引き出す」のにたぶん必要な1つのこと

フレーズを見て何となくできそうな気になることがある。「本音を引き出す」というのもそのうちの一つだ。普段は建前やお世辞で塗り固めている人にも必ず本音があって、「何か良い方法を使うとそれがたちまち引き出せる」という前提がうっすら存在している。

私はライターの仕事で初対面の人から話を聞く機会が多く、聞き方関連の電子書籍も出しているけれど、実は「本音を引き出せます」と謳ったことはない。なぜならそのフレーズは大切な事実を1つ置き忘れていると思うからだ。

たとえば誰かと話していて「今この人は本音を言った」「私は本音を引き出せた」と思う瞬間はどんなときだろう。激昂して怒鳴り散らしながら思わず飛び出した一言を聞いたときだろうか。「あなたにだけ話すけど」と秘密を教えてもらったときだろうか。でもそれは本当にその人の「本音」なのか、誰が検証するのだろう。

ここでいう「本音」は真の本音でないと意味が成立しない。しかし自分が引き出したと思った「本音」が正真正銘の本音だと、どうやって判定するのか。

辞書で「本音」を調べると「本心」と説明されていて、「本心」の項では「その人の本当の心、真実の心」と出ている。でも人は「本当ですよ」と言いながら嘘をついたり装ったり、話を盛ったりするのは常だ。いかにも本当らしく差し出して、うまく「本音」として流通することもある。

聞き手が「きっとこういう本音があるに違いない」と想定した言葉に合致したら「本音を引き出せた」と認識するかもしれない。逆に聞き手の予想と反対の事柄が出てきたからこそ「本音を引き出せた」と感じるケースもある。

要は、出てきた言葉について「本音だった」と判定したいのは聞き手の都合であって、本当に話し手が「本音」としてアウトプットしたかは考慮しないし、検証する方法もない。「この本音は本当に本音である」という前提がこんなにグラグラしていては「本音を引き出す」というフレーズ自体が成立しないだろう。本当の「本音」か誰も言い切れないのだから、引き出したと思ったものが別物である可能性は大いにある。

人と人のやり取りは額面通りに線引きできるものではない。どんな意図でその言葉が出たのか誰もわからないし、ひょっとしたら本人だって理由付けが曖昧なこともある。そこで「本音を引き出せた!」と決めつけてしまうのは非常に危ういし、軽々にできるとも思えない。だから自分の聞き方の中ではこのフレーズをずっと封印している。

引き出せたら便利だなとは思うけれども。


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丘村奈央子

言葉をつむぐ

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