夏生まれに贈る、全力ビール

私の夫は夏生まれだ。

あまり夏生まれらしくない貧弱な体をしているが、肌はしっかりと黒い。ついでに体毛も濃いため、なんだか暑苦しい。

夏になると、ついハグも短めになるし、彼が座った後のソファは、じっとりと不快な温もりが残る。眠るときはうんと離れて眠りたい。

それでも、結婚10年を過ぎて、大切に思う気持ちは変わらない。彼以外の人間と生活できる自信が無いため、たとえ輪廻しても死ぬ気で追いかける所存である。


彼の誕生日をはじめて祝ったのは、付き合って半年、社会人になって2年目の夏だった。

誕生日の前週、私は友達と買い物に出かけて、デパートで2万円のネクタイを即決で買い、それに合うワイシャツを買い、そのあとなぜかマッキントッシュの半袖シャツまで買ってプレゼントした。

わかりやすく全力だった。お金という非常にわかりやすいものを全力で投下し、純朴な彼を四方から固めようとしていた。その荒ぶる買い物の場に居合わせた友達は、私と同じ女子校育ちで、やれやれという顔をしていた。

当日を待ちきれずにプレゼントを渡すと、彼はとても喜んでくれて、誕生日当日にその半袖シャツを着て会社のBBQへ出かけていった。残された私は、彼のワンルームですんすん匂いを嗅ぎながら、仕事をしたり昼寝をしたりして過ごした。

夕方、意外と早く帰宅した彼のシャツに飛び込むと、肉の焼ける香ばしい匂いがした。美味しそう。それなのに「ああ、お腹が空いた。焼肉が食べたい。」と言うから笑ってしまった。

BBQではずっと肉を焼いていて、自分はほとんど食べていないらしい。焼きそばがおいしいとみんなに褒められた!と自慢げに言う。そういう人だ。

ばかじゃん、と笑いながら近所の焼肉屋さんに歩いていって、瓶ビールを分け合って飲み、七輪でこんがり焼いたカルビをたらふく食べた。彼は満足そうだった。


そんな日から、早13年。今年は38歳の誕生日。誕生日プレゼントすら買っていない。あの頃とは、何もかもが変わった。

お迎えのあと、子ども2人をぐいぐい引っ張ってスーパーに寄り、猛ダッシュで準備した。デパートで買い物する余裕など、無い。

何も準備してないよ!と朝には言ったが、「わかってる、大丈夫だよ」と微笑む彼には、きっと何かしらのお祝いが脳裏に浮かんでいるはずだ。急がなくては。

キンキンに冷やした缶ビールを、銘柄違いで6缶、ローテーブルに並べる。

新聞紙を丸めて輪っかにしたものをふたつ。子ども達では上手くできなくて、主役自ら作っていただく。そう、缶ビールで輪投げをするのだ。

キッチンでゴーヤチャンプルを作る私は、すでに汗だく。隣のコンロで長芋の肉巻きを焼き、ガーリックソルトで味を付ける。ふと見ると、息子はすでにダイニングに座り、枝豆をつまんでいる。夫と娘の輪投げは、なかなか入らない。

イカの刺身は丁寧に刻み、わさびを付けて、冷ました酢飯と握る。夫が以前にテレビを見て羨ましがっていたメニューだ。

目も眩む美しさの石原さとみが、高級寿司店のVTRを見ながらこれ美味しいんですぅとしなを作っていた。そうっと、丁寧に、ふうわりと握る。さとみに負けるな。

はやく飲みたい。プシュッというスタート音が聞きたい。

私がおかずを食卓に並べるのと、輪投げ隊が輪を命中させるのが、ほとんど同時だった。

ああ。おめでとう!!
ガラスのコップにビールを注ぎ、夫とグラスを合わせる。娘と息子も、かんぱいしたい!と麦茶を持って集まってくる。

いつの日も、夏を全力で。
私は彼の誕生日に愛を誓う。

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