見出し画像

お母さん

心細くて、頭がぼうっとしていた。
前日によく眠れなかったのもいけなかった。

ひとりで、子を連れて途立つ。
途方もなく難しいことに思える。

胸に抱いた我が子は、椅子に座ると火が付いたように泣くのだ。

いつもはゆらゆらと歩いてやり過ごすけど、離陸ではそれもできまい。
心が静かに波立つ。

重いリュックを背負い、帆布の鞄を持つ。
搭乗まで、眠る子を祈るように見つめる。

ふと見ると、見知らぬ女性がにっこり笑って私の鞄に手をかけていた。
「機内まで持ちましょうか、お母さん」

驚いた私の顔は、きっと訝しげだった。
この人は、善い人?怖い人?
委縮して、素直に笑えない。

彼女は続ける。
「私も昔ね、子供を連れて飛行機に乗ったの。双子だし、もう大変で。そんな娘達も20歳になって、今日は旅行に行くんです」

ふふ、と笑う視線の先で、若い女子が2人、談笑している。

眩しい。
その姿は、私の心に立つ波を見事に鎮め、ただきらきらと反射していた。

#旅する日本語 #途立つ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?