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イランとアメリカ不安を見せる関係

アメリカとイランの緊張関係が今月大きく高まる事件が起きた。

今月13日中東の石油輸送の大動脈であるホルムズ海峡で、2隻のタンカーを襲撃する事件が起きた。そのうち1つは日本の海運会社のもので、安倍首相がイラン訪問を終えて間もないタイミングであった。

アメリカは襲撃事件の一連の行為をイランによるものだと認定し、それに対してイランは否定したが、反証をする努力すら見受けられず、両国の緊張の糸はさらに引き締まることになった。

さらにイランの革命防衛隊は20日にイランの領空を侵犯したとして米軍の無人機を撃墜し、それに対しアメリカが報復攻撃を実行しようとしたが、トランプ大統領はツイッターで開始10分前に撤回したと発表した。撤回の理由として3か所の爆撃により150人の犠牲者がでると予想され、無人機を撃墜された報復としては釣り合いが取れないからだと述べていた。

しかし、裏を返せば仮に米軍の軍人の命などの人命の実害が出れば、武力行使による報復も辞さないことを意味している。これらの両国間の応酬が続けばその先には多くの犠牲者が生まれるだろうと想像するには十分な事実だ。この緊張関係は去年から続いていた。

去年5月にアメリカは核保有国とともにイランと2015年に結んだイラン核合意を離脱すると発表し、大きな波紋を呼んだ。

イランと敵対するイスラエルに寄る意図があったようだ。それから丁度1年が経った今年の5月にイランは核合意内容の履行を一部停止する旨を発表した。オバマ前大統領の外交によってもたらされたイランとの緊張緩和状態をトランプ大統領は大きく悪化させた。

しかし、今の状況はすべてトランプ大統領の責任にはできない。アメリカとイラン両国の関係の歴史を知る必要がある。

現代のイランという国を知るには冷戦期の1979年までさかのぼる必要がある。この年にイランでは革命が起きた。当時イランの政権を握っていたパフレヴィー朝はアメリカの支援を受け、脱イスラーム化と世俗主義による近代化政策「白色革命」を推し進めていた。

これに対し、パフレヴィー朝をアメリカの傀儡政権であると批判し、シーア派の法学者ホメイニ師を中心とする反体制派が大きく反発、各地でイスラーム回帰運動や、暴動が起き、それを政権側が厳しく弾圧、内戦状態となったが、最終的に国民の圧倒的な支持を集め、反体制派が政権を握り、イスラム共和国、今のイランの原型が誕生した。

このイスラム共和国はイスラーム教を下地にホメイニ師を最高指導者とする独裁体制を築き、アメリカに対して、強硬な姿勢をとった。アメリカは革命の輸出や、西側、東側どちらにも属さない閉鎖的な非民主主義国家の誕生に強い懸念を抱き、イランをテロ支援国家に認定している。

このようにイランはアメリカの干渉を望まない、アメリカはイスラム原理主義に基づく非民主主義体制に強い嫌悪感を抱き、まるでアレルギー反応のように過敏に反応し、干渉してしまう、今のボルトン大統領補佐官を見ればわかりやすい。ましてそのような国が核開発をしているとなれば尚更だろう。この両国はまさに犬猿の仲といえる。

では、これから先の展開はどうなっていくのか。

判断材料はいくつかあるが、トランプ大統領の行動基準は目下の来年の大統領選に再選することに大きく支配される。再選することに有利に働くような作為、不作為は行い、逆に不利に働くような作為、不作為は行わないという風にある程度判別ができる。

アメリカ側の動きはこのように考えるといいだろう。一方イランはアメリカと軍事衝突してもまず勝ち目がなく、大きな犠牲を生むので、イランから打って出ることは考えにくい。しばらくは、この緊張状態が続くと思われる。しかし、どちらかが一歩踏み出すだけで状況は良い意味でも悪い意味でも一転する。この両国の情勢を常にとらえ、注視していかなければならない。


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