アニメウマ娘3期11話で私が見たかったのはこれ。


凱旋門賞、その前哨戦も含めて、フランスへ出発するサトノダイヤモンドの見送りに、キタサンブラック、サトノクラウン、シュヴァルグランは来ていた。

「じゃあ、行ってくるね」
「色々と気を付けるのよ」
直ぐに反応したサトノクラウンと違って、キタサンブラックには覇気がない。
「えっと、キタちゃん、先に行って待ってるね」
「え、あ、うん、あたしも…」
そう返したものの会話は噛み合っていなかった。
「頑張って」
シュヴァルグランの言葉を最後に、ダイヤは出発した。

翌日の昼過ぎ、その3人の姿は食堂にあった。
「何だか冴えないわね、宝塚、まだ引きずってるの?」
「えっと、よく分からなくて…」
「単純に本調子じゃなかったんじゃない?」
「そう…なのかな…」
「分析は大事だけど、線引きも重要よ、シュヴァルを見習いなさい」
もくもくと食べ続けるシュヴァルグランが二人を一瞥して、
「僕は、もう、やるしかないから…キタサン、待ってるよ、有馬記念で…」
「え、あ、うん、そう…だね」
「その前に私とも走るのよ、忘れてないと思うけど…」

これ、思ったより重症なんじゃない?気に掛けてとは言われたけど、ごめんね、ダイヤ、私じゃどうしようもないかも。あなたのルームメイト、ライバル、万全の状態で送り出してあげたかったけど、そっちで何とかしてもらうことになるかも。これ、連絡した方がいい?でも、あの子はあの子で集中しなきゃだし、あぁ、もう、悩ましい。

昼食後、廊下を歩くキタサンブラックの耳に微かに「バクシン!」という響きが聞こえてくる。それは遠くで鳴っているサイレンのようで、自分には関係のない誰かの不安で、集中を欠いたキタサンブラックは、それが一瞬で近付いて来たことに気が付けなかった。

「ちょわぁ~」
気が付くと、目の前にサクラバクシンオーが倒れていた。
「あぁ、ごめんな…」
「これはキタさんではないですか、宝塚は残念でした!」

謝罪する間もなく、ザクっと傷を抉られた。悪い人ではないけれど、何処か噛み合わなくて、どちらかというと苦手な部類の人だ。早々に切り上げたいけれど、マシンガンのように話が続き、悉くすれ違う。

「でも、大丈夫です!巻き返せばいいのです!秋の天皇賞で!」
「…えっと、あたし、凱旋門賞に行くので、それは…」
「凱旋門賞?それは福島?新潟ですか?」
「フランスです!」
「フランスですか、知っていますとも、ローレルさんに教わりました、ちょわぁ~、外国ではないですか!」
「だから、そう言ってるじゃないですか!」
「ふむふむ、キタさん、問題です!」
「はいぃ?」
「秋の天皇賞が二千㍍になってから、初めて勝ったウマ娘は?」
「ミスターシービーさんです」
「正解!花丸です!では、天皇賞・秋をレコードで勝ったウマ娘は?」
「えーっと」
「我がヴィクトリー俱楽部のサクラユタカオー先輩です!」
「まだ答えてないのにぃ~、それに他にもいるじゃないですか!」
「細かいことはいいのです!大事なのはサクラユタカオー先輩のスピードが素晴らしかった!それが大事なのです!2回も大事と言いました、大事だからです!」
「4回ですぅ~!」
「では、キタさん!走りましょう!」
「はい?」
「今、直ぐにです!」


サクラバクシンオーに押し切られたキタサンブラックの姿はトラックにあった。ジャージ姿で、隣に笑顔のサクラバクシンオーが並んでいる。いいのかなぁ?こんなことをしていて、そんな不安な顔のキタサンブラックを横目に、サクラバクシンオーがスタート体勢に入る。

「では、行きましょう!」
「あれ?何周するとか?ないんですか?」
「ありません、気の済むまでです!」

どっちの?と聞き返す間もなくサクラバクシンオーは走り出した。早朝のランニング程度という予測は直ぐに外れた。早い。経験したことのないスプリンターのペースだ。それでも手加減されている。決して追い付けないが、後ろを気にした走りだ。

「キタさんは世界のキタさんになりたいのですか?」
「えぇ~、何でそんなことを?」
必死に食らいつきながら、聞き返す。
「凱旋門賞を目指すのはそういうことです!」

そこで、初めて自覚する。そうだ。ダイヤの言葉にも同じ決意があった。世界に通用するウマ娘を目指す。そんな明確な意思を示すのが凱旋門賞に出るということだ。その意思が、決意が、自分にあっただろうか?自分はどうして凱旋門賞に出ようと考えたのか?答えがまとまらない。

「質問を変えましょう!キタさん、あなたは何になりたいのですか?」

何になりたい?更に混乱する。自分が何者なのか?何故走るのか?そんなことまで考えだして、頭のグルグルが止まらない。それでも、考えて、考えて、追い掛けて、追い掛けて、「ああ嗚呼ああ嗚呼アア嗚呼」、叫びながら走り続けて、気が付くと、サクラバクシンーの姿はなかった。スプリンターのスピードはあっさりと沈黙し、後方で倒れていた。自分が何周していたのか?分からないが、気が済むまで走って、気分はすっきりしていた。

「バクシンオーさ~ん」
まだ余裕のある足取りで、キタサンブラックが駆け寄る。
「ゲホ、ゲホ、さすが…春の天皇賞ウマ娘です」
「えへへ、スタミナと根性は自慢なんです」
「では、次はそのスピードを示すべきです!」

「「秋の天皇賞で!!」」
初めて、二人の歯車が合った。

「キタさん、ちゃんとトレーナーさんに相談するのですよ」
「はい」
「あなたのことを一番に、は?もしかして、今は授業中では?」
「今更ぁ~」
「いけません!私、委員長なのに!」

そう言うと、サクラバクシンオーはいつものフレーズを叫びながら走って行った。嵐のようだった。噛み合わないようで、不思議と腑に落ちる感覚があった。よく分からないけど、それでいい。そんな人だ。そのバクシンオーが立ち止まり、言い忘れたと言わんばかりに叫ぶ。

「キタさん、自分を信じなさい!あなたの走る道がバクシンです!」
「はい!分からないけど、分かりました!」
「バクシーン!」
「バクシーン!」

キタサンブラックがトレーナー室のドアをノックすると、中からゴトゴトと音がした。あれ?という一瞬の静寂の後、いつもの声で中に通された。

「あの、トレーナーさん、お話があります」
「おう、凱旋門賞のことだな、俺の方でも一応の準備は…」
「それなんですけど、行かなくてもいいですか?秋も日本で走ってもいいですか?」
「……そうか、もう決めたんだな」
「あれ?いいんですか?驚いてもいないようなぁ~」
「まぁ、そんな気はしてたし、俺としても行って欲しくは無かったからな、理由はちゃんとあるんだろ?」

「はい、宝塚で負けっちゃって、それからずっとモヤモヤしてたんですけど、気に掛けてくれる人もいて、商店街の皆さんだったり、それでも応援してくれる人もいっぱいいて、自分が何のために走るのかぁ~?とか、何を目指しているのかぁ~?とか、色々考えて、頭がパンクしそうだったんですけど、やっぱりあたしは日本のウマ娘だなって、みんなに応援してもらいたいし、みんなを元気にしたいし、笑顔になってもらいたい、そういうウマ娘、キタサンブラックは、日本のお祭りウマ娘だって、胸を張って言えるようになりたい!それをみんなに見てもらいたい!だから、秋も、あたしは日本で走りたいんです!」

「そうか、なら、目指してみるか、秋シニア三冠」
「秋シニア三冠」
「天皇賞・秋、ジャパンカップ、有馬記念、この3つを全て走る、厳しいが、お前ならやれると思っている」
「トレーナーさん」
「それと、前哨戦は無しだ」
「えっと、いきなり天皇賞ってことですか?大丈夫かなぁ?」
「3走だけでもかなりの負担だ、余計なレースは省きたい、心配するな、上手く調整するために俺がいるんだ」
「はい、じゃあ、またここからビシバシ鍛えて下さい!」
「おう、気を抜くなよ!」
「はい!じゃあ、失礼します、ダイヤちゃんにも連絡しないと…」

キタサンブラックが去ったトレーナー室から、再びゴトゴトと音が聞こえてきた。

「何で隠れるんだよ」
「うるせぇ、ゴルシちゃんには凡人には分からない崇高な理由があんだよ」
「悪かったな、凡人で…」
「なぁ?」
「うん?」
「あいつ、ピークを過ぎたんじゃねーか?」
「わからん」
「わからんって、オメー…」
「ウマ娘のピークなんて、引退するまで、いや、引退しても分からないなんてザラだ、それを宝塚の敗戦だけで決め付けない方がいい」
「そんなもんかね、でも、よお、当たるぜ、ゴルシちゃんの勘はよぉ…」
「嫌なこと言うんじゃねーよ」
「まぁ、精々気に掛けてやんだな、じゃーなー」
「たく、あいつは……で、お前はどう思う?」
「そうですわね、何にせよ気持ちが大事ですわ」
「そうだな」
「体力的にやれても、気持ちが付いていかない、ゴールドシップさんがそうでしたわね」
「あいつ、意外と繊細だからな」
「キタサンブラックさんはまだ気持ちがある、ただ…」
「この先の保障は無いってか?」
「そうなりますわね、そこを何とかするのが、という話ですわ」
「おいおい、プレッシャーを掛けんなよ」
「しっかりなさい!あなた、私のトレーナーでもありますのよ!」
「ところで、マックイーン、何でお前まで隠れたんだ?」
「そういうところ、で、す、わ」
「いったー、ウマ娘の力で蹴るなよぉ…」

前哨戦を使わない。キタサンブラックには伝えなかったが、できるだけ間隔を空けたい思惑がトレーナーにはあった。宝塚記念記念の敗因は状態面にあると踏んでいたからだ。正直、順調に見えた。問題の無い仕上がりだった。それでも目に見えない疲れ、それが敗因となって不可思議な惨敗をするウマ娘を何度も見てきた。簡単に立て直せるものではない。ただ、ダービーの惨敗から、キタサンブラックは立ち直った。敗戦を引きずらなかった。そこに賭ける、いや、信じるしかない。祈りのような調整が続いた。

そんな中で、サトノダイヤモンドの凱旋門賞の結果が出る。15着惨敗。まともにレースに参加できないような敗戦だった。

「サトノさん、さすがに負け過ぎですわ」
「向こうの芝が合わなかったんじゃないか?」
「それもありますけど、状態が本物だったとは思えません」
「そうか」
「春の天皇賞で上位に入ったウマ娘が次から次に惨敗、遠征の取り止め、間隔を空ける、吉と出そうですわね」
「正直、今でも迷いはあるけどな、前哨戦で自信を取り戻す選択も…」
「しっかりなさい!」
「わーってるよ、キタサンの様子はどうだ?」
「集中していますわ、気にはなっているのでしょうけど…」
「強いな」
「ええ、為すべきことを為す、素晴らしい姿勢で、少し不安ですわね」
「キタさぁ~ん、大丈夫でしょうかぁ…」
「スぺちゃん、信じてあげましょう」
「スズカさぁ~ん」


「GⅠウマ娘8人を含む精鋭18人が揃った天皇賞・秋、既にゲート前への集合は済んでいます、生憎の天候の中、一番人気はキタサンブラック、前走、宝塚記念は人気を裏切る形になってしまいましたが、それ以来のレースとなります、様子はいかがでしょう?」
「特に問題があるようには見えませんね、トレーニングも順調にこなしてきたようです」
「さぁ、期待に応えられるか、対する二番人気はサトノクラウン、こちらも宝塚記念を勝って以来のレースとなります、重馬場に実績がありますね」
「はい、トゥインクルシリーズ屈指の道悪巧者と言っていいでしょう」
「それに続く…」

実況に続いて、ファンファーレの鳴るのスタンドにスピカの面々は揃っていた。天皇賞・秋、当日は台風直撃の豪雨だった。本当に開催されるのか?という不安の中、向かえた週末、バ場は年に一度あるかないかという酷い状態の中、徐々にゲートが埋まっていく。

「私、今日は走りたくないわ」
「えええええ、スズカさんが走りたくないんですか!」
「だって、もう芝じゃないもの」
「それだけ、悪いってことですよね」
「運がないですわね…」
「キタちゃん、思い出さないといいけど…」
「同じ道悪、負けた相手、嫌なイメージを拭い去るのは…難しいですわね」
「でも、大丈夫ですよね、あれだけトレーニングして…」
「そう、信じたいですが、あら、ゴールドシップさん、やけに静かですわね」
「うん?なぁ、あいつ、やけに気負ってんぞ」
「はい?」
「ああいう時ってのはよぉ、あ、出遅れた…」


「スタートしました、ディサイファがやや遅れたか、外からロードヴァンドールが行く、内からはサクラアンプルールも前へ、キタサンブラックは……後ろ、キタサンブラックは、後方3~4番手からのレースになります…」


「秋の天皇賞、東京レース場、芝の2000㍍、日本で唯一、超一線級のマイラーとステイヤーが激突する伝統の中距離戦」
「どうした急に?」
「改修工事によって緩和されて以降も続く内枠有利の傾向、しかし、今日は台風直撃の不良馬場、ここまで内を大きく開けてた展開が続くほどの極悪バ場…」
「よく言えたな」
「出遅れたキタサンブラックは……厳しいな…」


「あー、もー、どうすりゃいいんだよぉー」
「うっさいわね、出たなりに走るしかないじゃない」
「無理よ、あんなビーフシチューみたいな所」
「スズカさん?」
「そうだ!ハチミーだと思えばいいんだよ!」
「テイオーさん?」
「メロンパフェ!メロンパフェ!ですわ!」
「マックイーンさんまで!」
「落ち着けー、お前らー、叫びてー奴が黙ってんだからよー」
「お前に励まされるとはな、ゴルシ、こういう時、信じるしかねーんだよ!トレーナーってやつはよぉ、キタサン、頑張れぇ…」


キタサン、出遅れた?前にいないのはそういうことよね。敢えて後ろから?このバ場状態で?うんうん、それは無いわね。これ以上は気にしても仕方がないけど、前に目標がいないのはちょっと走りにくいわね。にしても、さすがにこのバ場は酷過ぎじゃない?いつもより早めに行った方が良さそうね。

目標を見失ったのはサトノクラウンだけではなかった。常に先団に付けていたキタサンブラックの出遅れに、極悪のバ場状態、各ウマ娘の位置取りも、進路取りも、乱れに乱れていた。スタンドも走っているウマ娘達も動揺が隠せないような展開でレースが進む。


そんな中、キタサンブラックは……落ち着いていた。あれ?何でだろ?あたし、落ち着いてる。出遅れたのに、う~ん、いつかやるって思ってたからかなぁ?スタートは得意だけど、気負いがいい方に出ているだけで、駄目な時もあるって、誰かに言われたような~、えぇーっと、いいや。大丈夫。今日は自分を信じて走れてる!内、悪いなぁ。でも、行ける!あたしなら、大丈夫!


「各ウマ娘、3コーナーへ入ります、外からロードヴァンドール、サクラアンプルール、更に外にシャケトラ、間を突いてリアルスティール、千㍍通過は1.04.2、内からグレーターロンドンが上がってきた、サトノクラウンも押し上げてくる」


その時、実況もスタンドもキタサンブラックを見失っていた。極悪の内を避け、セオリー通りバ群は外へ広がって行った。その内に進路を取ったグレーターロンドンの更に内を、キタサンブラックがスルスルと上がって行く。その様子を、キタサンブラックを信じた者達だけが見ていた。


「マジか?あいつ、ビーフシチューを」
「やりますわね、ビーフシチューを」
「凄いです、ビーフシチューですよ」
「ありえないわ、ビーフシチューをなんて」
「うおお、カッケー、ビーフシチューだぜ」
「ごめんなさい、そろそろ、許して…」
「キタサーン、そのままいっちまえー!」


「さぁ、4コーナーを回って、直線に入る、ここで内からグレーターロンドンが先頭か、サクラアンプルール、ロードヴァンドールは外へ、間を突いてサトノクラウンが上がってきた、それに続いてレインボーライン、リアルスティール、各ウマ娘、外へ進路を取ります、そして、ここで、最内からキタサンブラック、残り400㍍、キタサンブラック、先頭に立った」


キツイ、苦しい、これ以上、悪い所は走れない、でも、もう少し、あそこだ!あの芝が一番いい、中央、ド真ん中、あそこに入れば大丈夫!キタサンブラックの視界はバ場の中央に光る道を捕えていた。よし!乗った。残り2ハロンを切った、キタサンブラックが最善と考えた芝を掴んだ瞬間、更に内にもう1本の光る道が現れた。

「へぇ~、キタサンはそこかぁ、私はこっち、私、こういうバ場、ホント得意だから!」

知っている。この圧力をキタサンブラックは知っていた。宝塚記念で外から味わったプレッシャーが、今日は内からやってきた。あの時は全く抵抗できなかった。一瞬で背中を見せ付けられた。今日は?不安を打ち消すように、前へ前へ脚を運ぶ。大丈夫だ!あの時とは違う!今日はあたしだ!強いキタサンブラックだ!

「勝負だ!キタサンブラック!」
「来い!サトノクラウン!」

残り1ハロン、200㍍、極限の根性比べが始まった。その差は1バ身半から、1バ身、3/4バ身へ一瞬で詰まった。そこから1完歩毎に差を詰め、1完歩毎に振り出しに戻される。サトノクラウンの全力の追撃が、半バ身で止まりかける。ハナ差は運の差、アタマ差は実力の差、ウマ娘のレースではよく言われることだ。なら、半バ身は?それは、格の違いだ。格の違いは、地の果てまで行っても、離れるだけで、永遠に縮まらない。そんなもの、認めない!認めない!認めない!

「はあぁぁーーーーーーー!」

絶対的道悪巧者サトノクラウンが更にエンジンを上げる。半バ身の壁が崩壊する。その差が更に縮まる。完全に二人の世界だった。3番手のレインボーラインですら2バ身以上離され、その後ろは勝負圏外だった。残り50㍍、クビ差がアタマ差に近づく。サトノクラウンの体が、キタサンブラックにぶつかる距離まで辿り着いた。もう二人とも、一人では走れなかった。体のぶつかる距離の根性比べが、何とか二人をゴールへと近づけていた。

「残せー、キタサン!」
「差せー、クラウン!」
「キタちゃん、もう少し!」
「クラちゃん、まだ行けるよ!」
「キタサン、耐えろ!」
「クラウンさん、届きますよ!」

ファンの叫びが、トレーナーの願いが、怒号になって、豪雨を打ち消す。

「「はあぁぁーーーーーーー!!!!」」

強い。走っても、走っても、離せない。自分より悪い芝を選んでこれだ。サトノクラウンは本当に強い。それでも、抜かせない。振り切る。気持ちで負けてたまるか。負けない、負けない、負けたくない!出遅れを、自慢のスタミナが打ち消した。最後は根性だ、バクシンだ、これが、あたしだ、キタサンブラックだ!

「お祭りウマ娘だぁーーーーーーーーーー!!!」


「キタサンブラック、堂々先頭、2番手にサトノクラウン、3番手にレインボーライン、サトノクラウンが追う、内からサトノクラウン、先頭はキタサンブラック、キタサンブラック、キタサンブラック、ゴールイン!」

キタサンブラックが、サトノクラウンをクビ差で振り切った。スーパーレースだった。出遅れて、極悪の内を捲り、バ場の真ん中、トゥインクルシリーズ屈指の道悪巧者、サトノクラウンの追撃を根性で振り切った。ワープしたかのような4コーナーだが、冷静に見直すと、キタサンブラックは出遅れから直ぐに勝負圏内へと巻き返していた。トゥインクルシリーズ最高のレース巧者、レースセンス、それを見せ付けた天皇賞・秋だった。


「あーあ、6つ目か、並ばれちまったな……いらねー心配だったか…」
「そうですわね、少なくともピークを過ぎた走りには見えませんわ」
「ビーフシチューを吹き飛ばすなんて、キタちゃん、もうボクより凄いウマ娘だよ」
「もう…、いいです」
「お前ら、スズカがボケて嬉しかったのは分かるが、もう許してやれ」
「えええ、スズカさん、あれボケだったんですか?」
「スぺちゃん、もういいの、忘れて…それと、トレーナーさん?」
「あぁ、悪いな、お前にまで気を使わせて…」
「そうではなくて…」
「わかってる、あいつにとって、この後が大事なんだろ」

勝負服を泥だらけにし、全身から湯気を出しながら、キタサンブラックは笑顔で歓声に応えていた。その姿を見つめながら、トレーナーは安堵と、次走への不安が交錯する悩ましい感情を抱いていた。

「ごめんなさい、負けちゃった」
「立派でしたよ、クラウンさん」
「まぁ、自分のレースはできたかな」
「はい、素晴らしい走りでした」
「うん、でも、こんなチャンス、もう二度とないんじゃない?」

泥だらけ、冷たくなり始めた体を、サトノのトレーナーが抱きしめる。

「大丈夫、大丈夫です」
「うん、うん、でも、私が…、サト…ノ…に、天皇楯を…」
「はい、はい」
「うわあぁぁ……ん、ん、勝ちたかった、勝ちたかった」
「大丈夫、ここで終わりではありません、サトノも、あなたも」
「うん…、もうちょっとだけいい?」
「はい、いくらでも、今日の私の肩はクラウンさん専用です」
「うん、ありがと…」


「はわわわ、凄いレースでしたぁ~」
「そうでしょう!そうでしょう!」
「ひぃ~」
「……」
「あれ?オペラオーさん、ど、どうかしましたかぁ?」
「はーっはははは、何でもないよ、ドトウ」
「そうですかぁ」
「素晴らしいレースだった」
「そうでしょう!そうでしょう!」
「はいぃ」
「ただ、少し…、眩し過ぎてね、まるで…最後の輝きのような気がしたのさ」


一人、スタンドに、歓声を浴びるキタサンブラックを見つめるウマ娘がいた。帽子の鍔を雨に濡らしながら、目深に被り直す。「キタサン、ブラック」、そうつぶやいたウマ娘の目に熱く青い炎が宿った。


つづく(いや、たぶんもう書かないけどね)。

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