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きっと乗り越えられる

白球がミットに収まる。
パーンッという乾いた音が、この閑静な住宅街に響き渡る。

春休みは遠に過ぎたはずだが学校はどこもかしこもお休みで、日中は家の窓から子供達の遊ぶ声がよく聞こえる。大学の授業もオンラインで始まったとはいえ、春の陽気と彼らの声を聞くと、どうも僕はまだ春休み真っ只中のように思えてならない。桜は見に行けずとも、今年の春はいつもにも増して長く感じそうだ。

その野球少年たちはどのようなことを考えてボールを投げているのだろうか。投げられたボールがミットに収まる感じから、彼らの一生懸命さがよく伝わってくる。彼らはいつでも全力投球だ。

***

インターハイが中止になった。
先月にオリンピック延期のニュースが入ったから、高校生の方々もそのことを薄々予想をしていたのかもしれない。ただ、完全にその中止の予想を信じたくはなかったのだと思う。99%中止の可能性があったとしても1%の開催の可能性を、彼らは心のどこかで信じていたのだと思う。でもその思いが神様に届くには、あまりにも状況がよくなさ過ぎた。

遡ること9年前。僕が行くはずの全国大会は中止になった。
東日本大震災の影響だった。各競技の地方大会や全国大会の中止が決定される中、3月の終わりに開催予定だった全国中学校空手道選手権大会は、そのまだ判断が出ていなかった。当時中学一年生の僕は、その大会の参加資格を得ていた。
自分が輝きうる舞台への切符を、僕は手にしていた。故に、開催を強く願った。

「被災地への応援の意も込めて、全国大会は開催すべきだ。」

自分のエゴも相まって、僕は心から願った。
だがその願い虚しく、大会が開催はされることはなかった。後日、ゼッケンと記念品のタオルが入った封筒が悲しげにポストに届いたことを、僕は今でも忘れない。

今の高校生の心境に僕の体験を合わせるつもりはない。だが、どうしても重なってしまう。でも心への衝撃は彼らの方がより大きく、深いものだろう。その大会にかけている思いが、どれほど重いものだろか。僕におしはかれるようなものでもない。そして彼らの失望も、僕が理解できるようなものではない。

”仕方がなかった”

そんな簡単な言葉で解決できるようなものではない。
故に、彼らにかける言葉が見つからない。

***

人生何が起こるかわからない。

このことは、この時代に生きる誰もが思っている。
僕だって誰だって、予想にもしていなかった。就職活動もインターハイもオリンピックも、何事もなく行われていくものだと思っていた。当たり前のように今日のような日常が、明日もやってくるものだと思っていた。

でも、そうはならなかった。

だからと言って、いつまでも下を向いている訳にはいかない。
今は少しくらい落ちこんで、俯いていてもいいと思う。だけどその顔は、いつかあげるべきものだ。時間は、日付は、時代は、黙っていても進んでいく。

もっと時間がたった後でいい。前を向こう。
いくら難しくても大丈夫。時間がきっと、解決してくれる。
そして周りには、支えてくれる仲間がいるはず。

幾度も苦しみを乗り越えて、人間はこれまで生きてきた。
戦争も、理不尽な扱いも、何もかも。
先人にできて、我々にできないはずがない。

きっと乗り越えられる。

まずは今日を、明日を、生きることから。

2020.4.28
おけいこさん

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