見出し画像

リレー小説 note 8 「しりとりノート」

 前話|目次|次話

 ゴ ゴ ゴ ゴ …… 

「ゴ…ゴシック体……」

 全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君は、常日頃から練習に余念がない。彼はしりとりを続けながら、道端に落ちていたノートに手を差し伸べた。

「未来、ノート?」

 ノートの表紙にはマジックペンで「未来ノート」と書かれていた。小学2年生でありながらも、全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君にとって「未来」という文字を読むことは、横断歩道で黄色い旗を持ったお姉さんに挨拶するよりも簡単なことであった。彼の語彙力はもはや中学2年生レベルにまで到達しているのだ。しかし何も心まで中学2年生レベルになることはなかったのに。思春期真っ只中なのかい、栄純君。

「未来…現在の後に来る時間。これから先の事」

 さすが、全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君。言葉の文字だけでなく意味まできちんと理解している。彼が大会に出場し金メダルを取った時、上4学年の児童達は「これから先自分が金メダルを取ることはない」と悟ったそうだ。それほど彼の入学はしりとり界に衝撃を与えた。噂によると、しりとり界に足を踏み入れる幼稚園生も減っているらしい。ある幼稚園児は語った。「しりとりなのに、足を取られるわけにはいきませんからね」上手いこと言おうとして意味がちょっとわからないが、栄純君がしりとり界にいる限り、頂点は望めないのだ。その悔しさを必死に隠しているのだろう。この幼稚園生、健気。

「ト…同音異義語……」

 おっとさすが、全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君。手にしたノートの中身を確認するよりも早く、ノートの「ト」からしりとりを初めている。しかも「ト」を「ド」にするとは。来年度から「テンテン、マルはつけてもいいし無くしてもいい」というルールが加えられる。新ルールに今から対応するためにわざと「ド」を使用したのだろう。来年度も彼の胸には金のオリガミが光っていることは確実だ。

「ゴ…五穀米……」

 そろそろしりとりはいいんじゃないか、全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君。にしても五穀米だなんて、君は本当に小学生1年生なのかい。

「イ…出雲の神…ミ…未来ノート」

 おっと失礼。未来ノートの話をするために「ミ」で繋げたんだね、全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君。するともしかしてさっきの「同音異義語」は「ノート」の「ト」ではなく「これから先の事」の「ト」だったのかな。まったくどうして君はそこまでしりとりにストイックなんだい。

「未来ノート……耳にしたことがある。明日を我が物とする為にあらゆる魔術を施した魔法のノートがある、と。まさかこれが……」

 一体どこで何を耳にしているんだい、全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君。

「ガ…『咳唾(ガイダ)珠を成す』」

 全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君は思いついた言葉をノートに書いてみた。にしてもここで「咳唾珠を成す」が出てくるとは。咳や唾、つまり口をついて出たような言葉も珠玉のように美しい、という意味のことわざだね。それが口をついて出るなんて、恐れ入ったよ栄純君。

 未来ノートに書かれた文字は、少しの間を置き静かに消えた。確かに普通のノートとは違うようだと、全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君は悟った。

「すごい。未来ノート、本物だ」

 自分の未来を好きに出来るという魔法のノート。しかしこのノートを手にしたのは、全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君。もはや向こう5年の栄光が約束されている彼は、いったい何を望むのか。

「ダ…タ…大会に使えるかもしれない、もしかしたら」

 倒置法まで駆使する全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君。いったい何をするつもりなんだ。

「ラ…『ランドセルエンドレス、という言葉が辞書に載る、意味は、永遠の神童』」

 ま、まさか……。栄純君は自分のランドセルから広辞苑を取りだした。目を閉じ、小口に指をしなやかに滑らせる。2,3度往復させ、あるところで指を立てる。開いたページには、『ランドセルエンドレス』という文字が載っていた。全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君は、未来ノートで新しい言葉を作り出したのだ。もうこれで栄純君がしりとりで負けることはなくなった。このノートがあれば彼しか知らない言葉をいくらでも作り出すことができるのだ。同じ字で攻められたとしても怖いことはない。このノートに書けばいいのだ。栄純君の未来は、決まったも当然だった。おめでとう、栄純君。

「……嬉しくないな」

 え?

「為せば成る。だが成すことが大切なのではない。成すために努力すること、そうすることに、本当の意味があるんだ。こんな方法で得た金メダルなんて、金メダルじゃない。まったく、反吐が出るね」

 全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君はわざとらしく唾を吐いた。唾は珠玉となり、道端に転がった。

 全国しりとり大会小学生の部金メダリストの栄純君はノートを元の場所に戻すことに決めた。ただし戻す前に、あることを書き込んだ。それは未来の自分に送る、一枚の切符だった。



「さぁ今年も始まりました!

 全国しりとり大会!中学生の部!

 今年度からは特別ルールにより!

 小学生の部優勝者の参加が!

 認められています!

 初の小学生参加者は!

 皆さんもご存じ!

 なんと小学1年生にして上級生を破り!

 栄光の金メダルを獲得!

 しりとり界を騒然とさせた神童!

 

 ランドセルエンドレス!

 エイジュンだぁ!!」



前話|目次|次話


 

 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?