見出し画像

No.736 地方紙のコラムに学ぶたのしみ

2年ほど前、大分市立図書館の一角で、二人の老人が会話をしていました。
「だから、地方の新聞はつまらんのじゃ。大新聞のコラムに敵やせん。」
と他の人々に聞こえよがしに言いました。もう一人も男性の援護射撃をしていました。

私は1981年(昭和56年)3月、28歳の時に故郷の大分に戻って来ました。「大分合同新聞」との付き合いは、かれこれ40年になります。特にコラム「東西南北」から学ぶこと、考えさせられることが多く、毎日紙面を広げるのを楽しみにしています。

あの老人は、2009年(平成21年)6月23日のこの「東西南北」の記事を読まれておっしゃったのでしょうか?

ドイツ生まれのハインリッヒ・シュリーマンという人物をご存じだろうか。「世界史」では、トロイア遺跡(トルコ)を発掘したことで知られる。来日したのは、ちょうど梅雨の今時分だ。と言っても、遡ること140年余。1865年6月のことだ。「一晩中雨が降り、翌日もやはりどしゃ降りだった」と日本の梅雨に閉口している▼著書「シュリーマン旅行記 清国・日本」(講談社学術文庫)に、日本に滞在した1ヵ月間の見聞が収められている。簡素な庶民生活やのどかな田園風景などを好意的な目で観察しているのが印象的だ。そこに、誇れる「日本人の姿」を見ることができる▼上海から横浜港に着いたシュリーマンは、上陸の際、船頭の請求した安い労賃に驚く。中国の船頭たちは、「少なくともその4倍はふっかけた」。船頭の正直さが見て取れる。税関の官吏も同様だった。荷物検査の時、心付けを渡そうとすると断られた。「彼らに対する最大の侮辱は現金を贈ること」とシュリーマン。誰かさんたちに聞かせたい話である▼シュリーマンが来日したのは幕末の激動期だった。役人に警護されながら江戸とその近郊を精力的に探訪している。東洋の島国は新鮮に映ったようだ。「この国には平和、行き渡った満足感、豊かさ、完璧な秩序、そして世界のどの国にもましてよく耕された土地が見られる」と称賛している▼封建社会の当時と現在を単純に比べようもない。しかし、年間の自殺者が11年連続で3万人を超える国である。シュリーマンが今の日本を見たら、どんな感想を持つだろうか。

では、1996年(平成8年)2月4日の「東西南北」は読まれましたか?

普段は無口な居酒屋のオヤジである。オヤジといっても、まだ四十代だが。こちらから話しかけないとめったに口を開かない。長い間マグロ漁船に乗っていたという。そういえば、シャツをまくり上げると丸太のように堅く太い腕だ。激しい肉体労働で鍛え上げた腕であることがすぐ分かる▼そのオヤジが海の仕事の危険さについてポツリポツリと語ったとき、こんな話をした。激しいシケの中で、網を捲き上げている作業中、大きなサメが網にかかっていたせいで、網はズルズルと海に引き戻された。網をにぎって作業をしていた仲間が、そのまま引きずり込まれ、シケの海にドボン▼周りにいた者たちは、みんな助けに行かねばならないと思っただろう。このオヤジもそう思ったという。だが、そこは大波が渦巻き荒れ狂う地獄である。飛び込んで助けに行っても、相手も自分も助かる保証はない。女房や子どもの顔もよぎる。一瞬、二瞬、ためらいの時間が過ぎる▼その時である。一人の男が命綱をにぎると地獄の中に飛び込んだ。一瞬のことである。それを見た船上のみんなは頭をガーンとなぐられたような衝撃を受けたというのだ▼その男、仮にAさんとしておこう。Aさんは海の男にしては物静かで無口、どちらかといえば〝トロイ〟といった感じで、みんなから軽んじられていた。そのAさんが何のためらいもなく、当然のように飛び込み、仲間を腕にかかえて舟に帰ってきたのである▼信じられないという気持ちより、本当の男というのはこうなんだ、とみんなは自分たちを恥じたという。もちろん、その日から船中のAさんを見る目も接する態度も変わったが、当のAさんは別にそれを鼻にかけるような素振りはなく、以前と変わらぬ毎日だったそうだ▼いぜんとして行方が分からぬ津久見のマグロ漁船第一久丸の捜索のニュースを聞きながら、オヤジの話したAさんのことを思い出した。

地方に生きる者には地方に生きる者の、地方紙には地方紙の使命や目標があるのではないでしょうか。ちょっと調べたら、
「大分合同新聞は、『大分県を豊かに』を社是として人々とともに感じ、地域とともに考え、豊かな大分の明日をひらく大分の情報・文化の担い手となる総合情報メディアを追求します。」
とありました。当時の日本を見る目、本当の男を問うたコラムニストの目は、大きな景色で書かれてあり、一点の曇りもなき骨太の記事のように私には思えます。
 
さらに、昨日(2022年12月17日)のコラム「東西南北」を、ご老人はご覧になりましたか?

『トム・ソーヤーの冒険』などで知られる作家マーク・トウェインは「禁煙なんて簡単さ。私はもう何千回もやめてきたのだから」とうそぶく。彼ほどではないがこれまで何度禁煙に失敗してきたことか。けれど今回は何とかやめられそうだ。岸田文雄首相に初めて感謝したい。防衛費増額に伴う財源確保策として、たばこ税の増税を検討しているからである。自分が納めた税金が武器になるなんて御免被(こうむ)る▼日本漢字能力検定協会は、「今年の漢字」に「戦」を選んだ。サッカーW杯の熱戦、物価高との戦いなど挙げられているが、誰しも思い描くのはロシアのウクライナ侵攻だろう。台湾有事をにらんだ中国の軍備増強、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮…。確かに周辺の情勢は緊迫しているが、敵基地攻撃能力の保有は先制攻撃とみなされかねず、日本が戦後維持してきた「専守防衛」を覆しかねない。「戦」の単は盾、戈は矛を表す。守るだけではないのだ▼中島みゆきは「銀の龍の背に乗って」で〈あの蒼(あお)ざめた海の彼方(かなた)で今まさに誰かが傷んでいる/まだ飛べない雛(ひな)たちみたいに僕はこの非力を嘆いている〉と歌う。この春から何度この歌詞を思い起こしたことだろう。平和のためにできることは軍備拡大だけなのか。くゆらす紫煙の先にあの国の情景が浮かぶなら、うまいはずがない。
 
ひところの「編集手帳」(讀賣新聞)のコラムニストを彷彿とさせるような文章ですが、全国紙に遜色なき地方紙の心意気が伝わってきます。
 
あの老人たちの話を聞いた瞬間、私は、少し感情を高ぶらせてしまいましたが、何も、全国紙と比較すべき問題ですらないのかもしれません。新聞社の信念に基づいて、「県民とともに生きる」道を模索し、確かな情報の発信と地方文化の振興のために日夜努力されていることを、長年の読者の一人として誇りとする者です。
 
明日の扉を押し開けてくれるコラムとの出会いを楽しみにしています。
 
「声にして読む新聞や冬篭(ふゆごもり)」
小暮吉子

※画像は、クリエイター・ted2lasvegasさんの、タイトル「UK photos - Pub “Prince of Wales” near Brixton station」をかたじけなくしました。お礼申します。