No.822 ピレネーのシンドラー

『アーニャはきっとくる』(マイケル・モーパーゴ著・佐藤見果夢訳、 評論社、2020年)を読みました。パリからの逃亡途中で行方不明となったアーニャは、父親に無事再会できたのでしょうか?
 
舞台は、第二次世界大戦中のフランスの山間部にあるレスキュン村です。この村は、スペインとの国境近くにありました。ある熊狩りの日に、羊飼いの少年ジョーが山の中で出会った男は、村里離れた場所で暮らしていた嫌われ者のオルカーダ婆さんの娘婿ベンジャミンでした。彼は、ナチスの迫害をのがれるためにユダヤ人の子供たちをスペインに逃がそうと計画していました。ジョーは、この計画に巻き込まれて行きます。
 
とは言え、村に駐屯するようになったドイツの警備隊の目を盗んで、本当に子どもたちをスペインに亡命させることなんてできるのでしょうか?大きな問題が2つありました。
①村人全員が、ドイツ兵に秘密を漏らさずに協力してもらえるか。
②どうやって12人もの子供たちを国境から越えさせられるのか。
 
この時、ジョーのお母さんの一言が問題解決のヒントとなりました。
「ヒツジにはヒツジ飼いが必要でしょう?」
「ヒツジ飼いの子どもが何人か増えていたって、だれも気が付かないでしょう?」
あらま、なんという頭の柔らかい発想でしょう。そう来たかー!
 
村びとが一致団結し、命がけで子供たちを守ろうとするお祭り騒ぎの最中に、羊の群れを追う村の子供たちの中にユダヤの子供たちを忍ばせて山越えをさせようという計画は、まんまと成功します。しかし、ベンジャミンと1人の少女リアは捕らえられ、収容所に送られ、生きて還らぬ人となりました。亡命の要だったベンジャミンを失う中での逃亡劇でした。「してやったり!」の思いと、「そうは問屋が卸さない!」との思いが交錯します。
 
「シンドラーのリスト」では、約1,200人(男性、約800人、女性、約400人)ものユダヤ人を救ったと言います。「東洋のシンドラー」こと杉原千畝(リトアニア駐在外交官)は、正確な数こそ分かりませんが、約6,000人に「命のビザ」を発給したと伝えられています。そして、「ピレネーのシンドラー」ともいえるベンジャミンは、小説とは言え、その命と引き換えに12人のユダヤの子どもたちを救ったのです。

フランスがドイツから解放され、レスキュン村からドイツ兵たちが撤退し、村に平和が訪れたころ、赤毛の女の子が、ベンジャミンのいなくなった村に戻ってきました。そのアーニャの父親ベンジャミンの口癖は、
「待って、祈る」
でした。


※画像は、クリエイター・naomiさんの、タイトル「2つの顔を持つピレネー山脈」をかたじけなくしました。お礼申し上げます。