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No.602 「逢えて、良かったね!」そう言える日まで。

雪山隆弘という人は、富山県宇奈月町にある善巧寺の副住職でしたが、1990年(平成2年)9月に50歳で病没しました。その方が、同年3月9日に三重県の専修寺で行った法話「あえてよかった」(You Tube)の中に、しみじみと心打たれるこんな話がありました。法話の一部であり、聞き取ったあらましの記録です。ご寛容のほどよろしくお願いいたします。

 「生きている私に、『生きてるなあ!』『生きてて良かったなあ』と力をつけてくれた人がいます。長男は、現在、平安高校の一年ですが、それが4歳の頃でした。何にでも、物の順番をつけるのが好きな子でした。朝ご飯を食べている時のことです。
『このうちで、いちばん最初に生まれたの、だれ?』
と聞きます。『トシ君、誰だと思う?考えてごらん』と聞き返すと、
『あ、いちばん最初は、おじいちゃまだ』
と答えました。
『にばんはだれ?あ、おばあちゃんだ』
というので、『そうだよ。当たり!』と言うと、
『さんばんは、おとうちゃんだ。よんばんめは、おかあちゃんだ。ごばんめは、おねえちゃん。ろくばんめは、ボクだ!さいごは、ノリくん』
と何度か繰り返します、そのうちに、ぴたっと言葉がやんで、茶碗と箸を持ったままポカーンとしているんです。そして、言ったんです。
『みんな、うまれたねえ!』
4歳の子にそう言われて、私は困りました。何と答えたものかなと思ったからです。その時、横から女房が、
『逢えて、良かったねえ!』
と言ったの。それから、惚れ直したんよ。ご縁で逢うことが出来たの。家族みんなが喜びあえたら、他に何にも要らない。喧嘩の時だって『逢えたからよ!』ってね。味わいが深くなるんです。」

雪山さんに生きる力を与えたという妻玲子さんの「逢えて、良かったね!」の一言は私も胸にグッと来ました。そして、その言葉を引き出した長男トシ君の「みんな、うまれたねえ!」の言葉にもやられてしまいました。

最愛の人々に再会の喜びの日が一日も早くめぐって来る事を、祈らずにはいられない混沌とした世界情勢にあって、どんなまやかしの言葉よりもストレートに響いて来たのでした。暗愚の首長を戴く良民は、哀れです。