人力車夫

辻の人力車夫が請け負ったもう一つの仕事


 沖縄には、沖縄戦の終結の少し前まで
琉球国時代から続く辻という遊郭がありました。

ここで働く女達は尾類(じゅり)と呼ばれ
沖縄社交界の中心を為しましたが、

同時に、尾類達は身売りされた立場であり、

雇い主の許可なしに辻から自由に

どこかに行ける身分ではありません。

そこで、彼女たちが活用したのが
車屋さんと言われた人力車夫でした。

美空ひばりの名曲 車屋さんの世界が沖縄にも


♪ちょいとお待ちよ車屋さん
お前見込んでたのみがござんすこの手紙
内緒で渡して内緒で返事が内緒でくるよに
出来ゃせんかいな
エー相手の名前は聞くだけ野暮よ
唄の文句にあるじゃないか
人の恋路を邪魔する奴は
窓の月さえ憎らしい
エー車屋さん

美空ひばりの名曲、車屋さんの一節ですが、

同じような光景は戦前の辻にも存在しました。

尾類達は、遊郭に出入りする人力車夫の中から、

馴染みで口の堅そうな者を選んで、

客でやってくる旦那への手紙を託したのです。

くるまあがいる風景


沖縄では人力車夫はくるまあと呼ばれました。

辻の尾類達から手紙を託された車夫達は、
それぞれの尾類の旦那達の元に

様々な内容の手紙を託されていました。

夕方のことであるが、ある会社の表玄関ではなく
人目をはばかるように一台の人力車が裏の出入り口につく
これはカラ車で曳いてきた男が、小使いなどに声をかけ
「○○さん、いちゅたぁ拝なびら」というのである
名指しされた人は仕事を終って
会社を引き上げようとしていたに違いないが
「いぇさい くるまあがうんじゅいちゃいぶさんでぃいち
ちょうしが」
翻訳:もしもし、人力車夫があんたに会いたいと
尋ねてきているよという小使いさんに呼ばれ、
車賃を後払いにした覚えはないし
何の用でくるまあが会いにきたのかと出て行ってみると
「くるまあ」は出入り口についている電灯の
光が及ばない木陰に立っていて
「くり預かてぃちゃあびたん」と封筒を差し出す。
以下略
※うちなぁぐち死語コレクションより

こうして男は、馴染みの尾類が自分に手紙を寄こした事を知り
くるまあに向かって照れるわけです。
本来は、惚れた同士の間で完結する恋愛に無関係な人力車夫が
重要な役回りをする、このまわりくどさこそが、
コンビニエンスとは真逆な文化というものです。

あけっぴろげな恋愛もいいのかも知れませんが、

どうせ最後は惚れた張れたになる極めて現実的なモノです。

ハタから見れば、田吾作とオカメの恋であっても、

秘めるからこそ当人達にとっては美しく

周囲も少々あてられるという程度の被害で済むのです。

現在のように
アイフォン動画でさしたる美男美女でもない

バカップルのツーショットを見せられて

散々にのろけ話を聞かされた上に、

半年もしない間に別れられて御覧なさい

まったく周囲はたまったものではありません。

それに比べれば、
くるまやを仲介にした恋文のやり取りの方が

遥かに文化的と言えるではありませんか

今日のニュースを語ります。