UXデザインの本質は、透明性が行為と知覚をループさせること。

📖 概要 - UIを人に無意識に認知させることは、行為と知覚のループを連続的に発生させ、良質な体験を作り出す。この無意識さを「透明性」と呼び、道具と環境の2つの面からとらえるようにするとUXデザインの本質がわかる。


🔙 前のエントリ => [UXデザインで語られる体験を3つに分類する。|yuto usui|note](https://note.mu/okiniirinoao/n/na732d6cca3b8)


UI/UXデザインについて大事なテーマになるのが、透明性。透明とは、UIへの認知や意識が自然に、無意識に起こることの比喩のことで、 道具と環境という2つの面から考えるとわかりやすい。道具の透明性は身体に関わること、環境の透明性は行為に関わること、というように関連付けすることができる。


道具の透明性

「道具の透明性」はインターフェース(道具)に触れているとき、それ自体を意識しないで済む状態、あるいは体の一部のように意識しなくなる現象のこと。

道具の複雑化
技術の発展で道具は、単純なハンマーのようなものから始まって、やがて乗り込んで動かす機械になり、コントロールパネルから操作できるものになり、いつしかスマホアプリから操作できるように、、、というように、道具の操作が結果に対してより複雑で間接的になってきている。

そうして自分の行う動作(原因)と結果が間接的になり、なにをしたらどうなるのかの関係性が隠蔽されるようにった。だけど、道具をうまく操作・制御するには、この原因と結果を直接的な関係(透明)に見えるようにする必要がある。

透明な道具は意識を結果に集中させる
たとえばハンマーだと、手に持ってそのハンマー(道具)自体を意識せずに迷わず対象を叩くこと(結果)に集中できるような状態を得られる、これを理想の透明とする。

また、道具に何か問題が発生したり使いにくいと感じた場合、意識が道具自体に集中し、道具を対象として認識してしまう。逆に問題がなく、気持ち良く動作すれば、道具が「自分の身体と同じ」ような透明な感覚になり、結果だけに集中できる。このように身体と道具が一体になるような透明な感覚を「自己帰属感」と呼び、透明を目指した設計は、人の身体を拡張することにつながる。

自己帰属感の高い道具は、学習コストが低く、身体になじむように扱え、エラーを起こしにくいという点が挙げられる。

言語化で透明性を手に入れる
ここで語っている道具はPCでありメタメディアで、それは様々な情報で、体験をデザインするのには、現実に存在しないものを存在するようにすることが求められる。物質でない抽象的な情報をデザインするには、言語化して具現化し、意味や価値や意義を共有できる環境が必須になる。

たとえばAppleはヒューマンインターフェースガイドラインを策定し、思想や考え方を明確に言語化している。結果として主力製品のiPhoneは、指とグラフィックとの高い動きの連動性がデバイスの透明性を確保していて、高い自己帰属感を得ることができている。


環境の透明性

環境におけるテクノロジーとは、建築や、照明、インフラなどのように、場所に依存していたり、誰でもアクセスできる公共性を持っているもののこと。

情報を環境に配置する必要性
情報は形がないという特性から、体に身につけることも環境に配置することも設計次第でコントロールできる。身体側だと、情報を得るためのデバイスをできるだけ小さくすればいい。環境側だと、ワイヤレスにすればどこにでもサイズにかかわらず装置を配置することができる。

ここで環境側からアプローチするメリットとしては、インフラなどから想像できるように、耐久性があり安定したサービスを提供することができる点が大きい。このことから情報技術はウェアラブルだけでなく、環境側にも、人に意識されない透明性を持たせて配置することが重要だと考えられている。

ユビキタスコンピューティング
ユビキタスコンピューティングは、人はコンピュータを利用するが、それを意識することなくその恩恵を受けることができる社会を想像した技術の考え方で、道具の透明性と同じように「環境の透明性」を目指したものと言える。

身体と環境をつなぐアフォーダンス
インターフェースデザインの重要なキーワード「アフォーダンス」は、ある環境において、人の行為の可能性を示す言葉。「なにかができる」ということは、自分が持つ力だけでなく環境があって初めて可能になり、人の知性は、環境と切り離せないということを表している。

ギブソンの生態心理学
アフォーダンスを定義したギブソンの生態心理学は、脳や心を保留して、人の知性の仕組みを説明している。

ギブソンは、環境とは情報が構造化されたもので、環境のなかで人が知覚/行動することで、情報に意味や価値が生まれると考える。知覚と行動によって環境と人間がつながるひとつのシステムとして捉えることを「直接知覚論」と呼んでいる。

動物(人)の進化の過程から想像できるように、動物は環境を積極的に利用して生きてきた。だから、環境を利用するように、利用しやすいように、知覚や身体は設計されている。これを積極的に利用して、環境にテクノロジーを設置するのは自然な流れで、とても理にかなっている。

体験は可能を知覚するループ
人と環境は知覚と行為で密接につながっていて、行為が環境の価値をリアルタイムに評価し、そこでなにが可能かどうかを知覚し、次の行為へつなげる。さらに、人と環境の間に、行為を拡張する道具があれば、次のレベルの「可能」を知覚し、また行為へつながる。いい道具は、この可能の知覚が発見しやすくデザインされている。そして、環境と接続する知覚と行為は途切れずにループする。このループが「体験」で、この一連のプロセスの理解と設計が、UXデザインの本質的な部分になる。

短くまとめると、無意識にテクノロジーに触れる環境が「透明な環境」、身体と一体化するような結果だけに集中できる道具が、「透明な道具」と言える。2つの透明性を確保することで、「行為 -> 知覚 -> 行為」をループさせることがUXデザインの本質。


参考

[融けるデザイン ハード×ソフト×ネット時代の新たな設計論 | 渡邊 恵太 | 工学](http://amzn.to/2GMdhae) の読書メモをベースにしたもの。

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