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東京国立近代美術館「東京国立近代美術館70周年記念展 重要文化財の秘密」感想と見どころ


1.概要

東京国立近代美術館で開催されていた「東京国立近代美術館70周年記念展 重要文化財の秘密」を観てきました。美術の教科書や美術史の解説書で見たことがある名作ばかりが終結した豪華な空間でした。会期終了してしまいましたが、感想をまとめてみたいと思います。

東京国立近代美術館は1952年12月に開館し、2022年度は開館70周年にあたります。これを記念して、明治以降の絵画・彫刻・工芸のうち、重要文化財に指定された作品のみによる豪華な展覧会を開催します。とはいえ、ただの名品展ではありません。今でこそ「傑作」の呼び声高い作品も、発表された当初は、それまでにない新しい表現を打ち立てた「問題作」でもありました。そうした作品が、どのような評価の変遷を経て、重要文化財に指定されるに至ったのかという美術史の秘密にも迫ります。

重要文化財は保護の観点から貸出や公開が限られるため、本展はそれらをまとめて見ることのできる得がたい機会となります。これら第一級の作品を通して、日本の近代美術の魅力を再発見していただくことができるでしょう。

展覧会公式HPより

2.開催概要と訪問状況

展覧会の開催概要は下記の通りでした。

【開催概要】  
  会期:2023年3月17日(金)~5月14日(日)
開場時間:9:30-17:00(金曜・土曜は9:30-20:00)
 休館日:月曜日
一般料金:一般1,800円、大学生1,200円、高校生 700円
※中学生以下、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。

展覧会公式ホームページより

訪問状況は下記の通りでした。    
【日時・滞在時間】
最終日14:00~入場のチケットを事前購入していました。早く着いてしまったのですが、先に常設展やミュージアムショップを見れたりと臨機応変に見学させていただけました。作品数が多い展覧会ではなかったので短時間で見終わるかと思いましたが、やはり最終日ということもあってか混雑しており、企画展を見終わるのに2時間近くかかりました。
(本展は展示替えが多く、菱田春草の「黒き猫」が見たかったため最終週まで待つというリスキーな予定組になってしまいました。美術館側の作品の展示期間や貸し借りの調整は大変だったと思います…。)

【混雑状況】
上記の通りかなり混み合っていました。開館時間が延長されていた分、夕方になっても入場待ちの列ができていました。

【感染症対策】
入り口で手指の消毒、検温がありました。

【写真撮影】
一部を除き撮影可でした。

【ミュージアムショップ】
使われている図柄がやや少なかったような…。権利の関係でグッズが作りづらいなどあったのかもしれません。

3.展示内容と感想

明治時代以降の重要文化財に指定された作品が「日本画」、「洋画」、「彫刻」、「工芸」のジャンルに分けて制作年順に展示されていました。一度は実物を見てみたいと思っていた名作ばかりで、非常に贅沢な時間を過ごせました。有名過ぎて初めて見た気がしなかったのですが(笑)、改めてじっくり鑑賞する良い機会となりました。

作品によってはキャプションに+αで重要文化財に指定されるまでの紆余曲折が紹介されており、「評価のポイントも一定不変ではない」、「現在進行形で捉えられるべきもの」(いずれも展覧会キャプションより)といった展覧会のコンセプトが伝わるようになっていました。こういう観点で見ると「同じ"明治浪漫主義"という括りでも、青木繁の「わだつみのいろこの宮」の方が藤島武治の「天平の面影」よりかなり早く指定されているのはなぜだろう」と評価基準について考えたり、「現代アーティストの〇〇の作品もそのうち重要文化財になるのかな」と未来を想像したりと、芸術作品についてより広い視野で考えることができました。

ただ、もう少し制度制定時の評価基準にどんな縛り(あるいは思い込み)があったのか、どんなきっかけで評価軸が変わったのか、といった点を紹介してほしかった気もしました。ジャンル、制作順ではなく、重要文化財への指定順に作品を並べても面白かったかなとも思いました(絵と彫刻、工芸が入り混じって展示しづらいかもしれませんが…)。

一方で常設展のハイライトコーナーでは「重要文化財に指定されている女性作家は上村松園だけだったので、敢えて男性作家と女性作家の作品を同数展示してみた」といった問題提起がされており、企画展を開催して終わりではないという国立近代美術館の姿勢に流石だと思われされました。

4.個人的見どころ

特に印象に残った作品は下記の通りです。

◆菱田春草「黒き猫」1910(明治43)年 永青文庫(熊本県立美術館寄託)
先述の通りこの作品が目当てで訪問したのですが、トップバッターで出迎えてくれました(笑)。けぶるような黒猫の毛並みの描写が有名ですが、猫と木の接するところがくっきりと白抜きになっているところやデザイン化された紅葉など、私としてはポップな印象を受けました。

◆横山大観「生々流転」1923(大正12)年 東京国立近代美術館
何かグッとくるものがありました。40mの大作のうち人物が描かれているのは中盤の一部なのですが、「自然の営みの中では人類の歴史はほんの一瞬」といった無常観というか、宇宙観を感じました。

◆竹内栖鳳「絵になる最初」1913(大正2)年 京都市美術館
2016年と比較的最近重要文化財に指定された作品ですが、「恥じらうモデルにインスピレーションを得て絵にした」という制作背景からするとむしろ現代の方がコンプライアンス的にNGなのでは…、という気もしました。

◆黒田清輝「湖畔」1897(明治30)年 東京国立博物館
こちらも是非見たかった作品です。先月観に行った国立西洋美術館「憧憬の地 ブルターニュ」では「和訳されたブルターニュ」というセクションがありましたが、逆にこちらは「仏訳された箱根」だなと思いました。

黒田清輝「湖畔」1897(明治30)年 東京国立博物館

◆初代宮川香山「褐釉蟹貼付台付鉢」1881(明治14)年 東京国立博物館
写真で見ていたときは壺に貼り付いた蟹の精巧さばかりに目が行っていましたが、解説を読んでから鑑賞すると壺から溢れた水も表現されていることが分かり、物語性のある作品だということが伝わりました。
明治時代の工芸品は長らく凝り過ぎてゲテモノ扱いされ、再評価が進んだのは2000年代以降になってからとのことです。美術史家の山下裕二さんが以前著書で「明治超絶技巧を推している」(高橋明也、冨田章、山下裕二著「初老耽美派 よろめき美術鑑賞術」毎日新聞出)と述べられていましたが、こういった方々の研究成果や熱い思いが新たな美術史を作っているのかなと思いました。

初代宮川香山「褐釉蟹貼付台付鉢」1881(明治14)年 東京国立博物館

◆朝倉文夫「墓守」1910(明治43)年 台東区立朝倉彫塑館
一見日本人とは思えない威圧感なのですが、じっくり見ると日本人以外の何物でもないところが印象的でした。重文指定は2001年と割と最近なのですが、この日本人らしさが重文制度の制定時に優先度が低い要素だったのかもしれません。

朝倉文夫「墓守」1910(明治43)年 台東区立朝倉彫塑館

5.まとめ

保存、研究、展示に加えて評価するという視点に気が付くことができ、勉強になる展覧会でした。名作の魅力を堪能しつつ、色々と考えたり想像を巡らせることができました。

6.余談

ついでに常設展で展示されていた作品で気になったものをいくつか紹介させていただきます。

◆太田聴雨「星を見る女性」1936年 東京国立近代美術館
和風SFのような趣が今見ても斬新な作品でした。四季を暗示した女性の衣装と天体の運行がダブルミーニングになっているのも物語性があって魅力的でした。

太田聴雨「星を見る女性」1936年 東京国立近代美術館

◆菊池芳文「小雨ふる吉野」1914年 東京国立近代美術館
花びらをそのまま屏風に貼り付けたような左隻の桜の描き方が印象的でした。角度によっては桜の木々が折り重なっているように見え、屏風ならではの視覚効果を感じました。今年は桜が咲くのが早くてあっという間に春が終わってしまったように感じていたのですが、ちょっと春が戻ってきたような感覚を味わえました。

菊池芳文「小雨ふる吉野」1914年 東京国立近代美術館

◆古賀春江「月花」1926年 東京国立近代美術館
古賀春江はシュールでアバンギャルドな作品を描いたという印象があったのですが、こんなメルヘンチックで可愛らしい作品もあったんだと驚きました。パウル・クレーの抽象画に影響を受けた時期の作品とのことですが、抽象的というより寓話的な作品だと思いました。

古賀春江「月花」1926年 東京国立近代美術館

常設展に加えて藤田嗣治、岸田劉生の作品の修復過程についてのコーナーもあり、美術三昧の一日を過ごせました!

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