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It's warm

英語がしゃべりたい長男

長男は英語が好きだ。
日本語より得意だと思う。日本語の単語をあまり知らないし、読み書きできないし、彼の話す日本語は英語の直訳だ。

残念ながら親である私の財力不足のために英語圏には移住してあげられなかったけれど、今住んでいるバンコクは日本の、しかも実家のある秋田に比べると格段に外国人が多い。
コンドミニアムにも必ずと言っていいほどファラン(タイ人の使う白人の総称。ファランセ~(フランス)から来てるけど、何人だろうと白人はファランと呼ぶ)が住んでいるし、出かけた先で見かけるのだって日常だ。
だから彼は時々、英語で話せる人を見つけることができる。

ファランと話すチャンスがあれば待ってましたとばかりにガンガン行く。
youtubeが英語の先生みたいなものなので、あまりよろしくない気がするネイティブに近い。文法も微妙で、教科書の例文のような英語は話せない。
相手が子供だろうと大人だろうと「He---y!」から入って語尾に「Huh?」をつけたりする。勘弁してよ~の「Come o---n!」も、渋々OKする時の「Fine!」も流暢で、アメリカ人みたいだ…と母親の私は日本人丸出しの思考になることがある。
ちょっと太ったどっからどう見てもアジア人の彼が随分馴れ馴れしく、ネイティブ並みの発音で話しかけてくるのをおもしろがってくれる人が多いのは幸いだ。そして日本人だと言うとさらに驚く。
「日本人なのにどうして彼はこんなに英語がしゃべれるの?」と聞かれたのも一度や二度ではない。

人見知りしない、物怖じしないのは悪いことではない。けれどあんまり馴れ馴れしいので相手によっては本当にハラハラする。
しかめっ面で黙々とプールを歩いているでっかいファランに「Hey! Why you so fat?」と言い放った時は思わずやめて!!と叫んだ。日本語で。

義足のファラン

以前住んでいたコンドミニアムには、片足が義足のファランが住んでいた。
タイ人の奥さんとよく連れ添って外出する人だったので、自然と顔を合わせることが多かったのだけど、奥さんもタイ人に一定数いる決して笑わないタイプの人だったし、旦那さんの方もちょっと気難しそうな顔をしていた。挨拶をするといつも無言で返事をしてくれるご夫婦。
長男が見かける度に興味深そうに足を見るのがなんだか申し訳ないことのような気がして、「あんまり見たらダメだよ」と言っていた。どうして?と聞かれたけど、うまく理由を説明できなかった。

ある日タクシーを待っているのか、コンドミニアムの前で守衛さん用の椅子に腰かけたファランと傍らに立つ奥さんの横を通り過ぎた時、長男がまた義足を凝視しはじめ、そそくさと立ち去ろうとする私の思いを知ってか知らずか
「Is this your leg?」
と質問した。
声にならない悲鳴をあげる私。
無言のファランと奥さん。
心なしか奥さんの表情がこわばったような気がして、泣きたかった。
ごめんなさいと言うのも違う気がしたんだけど、どうしたらいいのかわからずに小声でSorryと言って引きずるように長男を連れて立ち去った。
ああいうことは言わないでと長男に言ったけれど、なんで言ったらいけないのかまたうまく説明できなかった。
どうして?かわいそうだから?

その後も相変わらず、挨拶をすると無言で返事をするといった以前と別段変わらぬふたり。
言葉を交わすこともなく、一方的に挨拶する日々が続いた。

何か月くらい経った頃だっただろうか。
子供と買い物をした帰り、スーパーの駐車場でまたばったりふたりに会った。
いつものように一方的な挨拶をして通り過ぎようとしたら、長男が立ち止まった。
立ち止まってまた、
「Is this your leg?」
と聞きやがった。

ところが今度はファランも立ち止まって、「Yes.」と答えた。
彼の声を、多分私ははじめて聞いた。

少し驚いたのも束の間、長男は何も言わずに彼に近寄り、彼の義足にそっと手を当てた。
その一瞬の出来事にびっくりしたなんてものではない。
嘘でしょ?なんで触るの?と固まってしまった。

「It's warm.」
義足に手を当てた長男はファランを見上げてこう言った。

一瞬驚いたような顔をしたファランは少し笑って、「Yes, warm.」と言った。
彼の笑顔を見たのもまたはじめてだった。
私はなんだか胸がきゅうっとなった。

今もわからない

義足であることを物珍しがって、からかったりしては絶対にいけないと思う。でも興味を持つことは悪なのか?と言われると、どうなのかな?と思うし、情けないことに未だ答えはわからないでいる。

なんで「Is this your leg?」って聞いたらダメなんだろう?
ダメ!!ってなんで思ったんだろう。自分の中に確信がないから、うまく説明ができない。
私とは全然別の世界にいる長男のことは、君なんかすごいね。と思った。

義足の彼が長男のことをどう思ったのかわからないけど、はじめて見た笑顔も、はじめて聞いた声もやさしかった。
長男の言った「It's warm.」も、
私きっと一生、忘れないと思う。

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