金時支柱

大阪に住んでいます。サラリーマンです。

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最近の記事

空き地の秘密

僕がいつも歩いている通学路には空き地がたくさんある。マンションや駐車場にするための土地が数えただけで十もある。お父さんが言うには、昔は畑や田んぼが広がるのんびりした場所だったそうだ。 今ではそんなことは想像もできない。新しい建物を作る工事の音がひっきりなしに聞こえてくる。地面を砕くドリルの音、ダンプカーが走り去る音がうるさくて、朝から頭が痛くなってしまう。そんな道を学校まで歩く。 春の暖かさが感じられる一日だった。工事中のところを通りすぎて、少しだけ静かになった。そのとき

    • パートナー

       俺は朝からムラムラしていた。原因ははっきりしている。菜摘がセックスを断るからだ。悪阻がひどくて無理だと言う。どうしてもできないなら店でしてもらう、そう言うとしぶしぶ、仕方なく機嫌の悪い顔でベッドに寝そべる。飛び回る蝿を忌々しく見つめるような表情、二週間ぶりの俺の鼓動はへし折られた。とびきり丁寧に、とびっきり優しく菜摘の体を包み込む。そして濡れる。鋼鉄のパートナーが俺を急かす。まぁ待てよ、久しぶりなんだからゆっくり楽しもうや。菜摘の口元にパートナーを近づける。右手で位置を整え

      • 夏ごろ

        童貞捨てたんだよ、って笑う君を見ながら私はオナニーしたい。足元に落ちていた乾電池を蹴り飛ばした私が悪いのだ。買ってきたばかりの桃をあきらめた火曜日。日差しの強い窓枠に放置してダメにしたのも、きっと君にどうしたの? って話しかけて欲しかったから。飲みかけのココアが乾いていることにすら気が付かなかったことに気づいてもらえなかった。落ち度。だからこそ、ぼんやり光る蛍光灯の先に止まるユスリカを、ひとつひとつ剝がしていく。雨が降っても傘をささなくなったのは君のせいだから。

        • 見るべき世界

           おじいちゃんが死んだ。ちがう。正確には殺された。お母さんがやったのだ。僕は知っている。お母さんはおじいちゃんの世話が面倒だと言っていた。うるさいし手がかかるとも言っていた。おじいちゃんが神様から授かった祝詞を大声で読み上げる時は大騒ぎだ。窓枠に手をかけ、身を乗り出してうちの二階から叫ぶ。お母さんは引きずり下ろそうと服を掴んで僕にも手伝うように言う。 「お願いだからやめて」  お母さんはおじいちゃんにそれしか言わない。おじいちゃんが新聞を手に取ろうとしたらやめて。冷蔵庫を

        空き地の秘密

          静かなる夏

          完全に好みのタイプだった。黒髪に白い肌に薄い唇、化粧気がなくて目はつり上がり気味で珊瑚みたいに儚い指先がヨーグルトを持ち上げてレジ袋に入れる。仕事帰りのいつものコンビニ。俺は天使を見つけてしまった。 「お弁当は温めますか?」 偉そうにふんぞり返りながら俺の仕事にケチをつける課長の声とは大違いだ。壺の中で喋ってるようなくぐもった不明瞭なトーンにうんざりしていた最悪の一日を吹き飛ばす癒しのささやき。 「弁当はいいから、疲れた俺を温めてください」 思わず出そうになった言葉を

          静かなる夏

          冬と海

          青磁色の岩絵の具をビンから取り出し小皿に移す。ひやりとした実習室の空気に鼻先がつんとする。色落ちした桜の葉が風に吹かれて心なしか寂しい気持ちになる。他の学生が誰もいない午前七時。ひとりで小皿に膠を垂らし指先で絵の具と混ぜる。来週提出の課題に取り掛かろうとしていた。  大学に入学して初めて日本画に触れた。絵を描くことは好きだったのだが、目標としていた大学には入れず、京都の山奥にある芸術学部に入学した。最初から日本画を描きたかったのかと聞かれれば違うと答える。試験の結果が思わし

          有料
          300

          一話

          歩きにくい。右足首が内側に折れ曲がっているから時間がかかる。朝の通学路。じゃれながら学校に向かう人たちが羨ましい。同じように友達を追いかけたり歩道と車道を隔てるブロックの上を歩いたりしたい。誰もが当たり前にやっている自転車通学だって憧れる。自由に移動できるというのはなによりも幸せなことなのだ。 「おはよう」 琴子が声をかけてくる。のろのろ歩く僕を見つけて後ろから追いかけて来た。どんなに早く家を出ても学校に着くまでに追いつかれてしまう。 「おはよう。今日も暑いね」 七月