10-6.「――ゲームオーバーだ」

「――ゲームオーバーだ」

 ユウジはスタンガンをゆっくりと持ち上げ、自分のこめかみに押し当てた。

 できの悪い映画みたいなスローモーションでユウジが崩れ落ちると、部室は急に静かになった。俺はなにも映さなくなったモニタの光に照らされながら、ぼんやりと立ちつくしていた。なにかをしようという気力もわいてこなかった。

 でも、そんな静寂も、校舎のスピーカーを通じて流れるパペットマスターの声で破られる。

『チーム〈キセキの世代〉のイチさん、おめでとうございます! あなたは今大会の勝利者として現実世界に戻る権利を獲得しました』

「……それがどうした。夜が明ければ、四人の生徒が一斉に死んでるんだ。どんなにおまえたちがゲームのことを隠そうとしたって無理があるぞ」

『その心配にはおよびません。私どもの目的は、人の生命を奪うことではありませんので』

「なにを言って――」

 思わず声が震えた。まさか、ジュンペーもヒロムもトシもユウジも生きてるっていうのか。

『もちろん身体に影響を残すこともありません。私どもが行うのは、ゲームが始まる前の状態にすべてを戻すこと。すなわちリセットを行うのみです』

 俺は弱々しく首を振った。いくらなんでも話がうますぎる。

「交換条件はなんだ?」

『私どもの目的は究極の娯楽の提供。イチさんには、これまでどおりルールを守っていただくことが、唯一にして絶対の条件です。いかがですか?』

 希望と絶望が入り混じった苦い味が口の中に広がる。逆らえば、生きていると言われた四人の仲間や家族になにがあるかわからない。従えば、これからもゲームに取り憑かれるだろう。

 そのどちらもが現実だ。ただ、今の俺はそれを選ぶことができる。

 俺はスマホを取り出すと、一枚の写真を表示した。

 あの日、この部室で撮った集合写真。ユウジは罪を償わなければいけないだろうが、それだって生きている方がいいに決まってる。

「……わかった」

 かすれた声が出た。

 パペットマスターが『退出処理を始めます』というと、働き蜂が一斉に部室に入ってきて、ユウジや機材を次々と運び出し始めた。

 ひとりの働き蜂が、俺の腕になにかを注射した。途端にぐわんという感じで世界と周囲の音が歪み、頭蓋骨の中でこだまする。ひどく現実的な痛みは両手をこめかみに押し当てても止むことはなかった。地面にぽっかり空いた闇が俺を飲み込んだ。

 そして、現実はめでたし、めでたしで締めくくれてしまうほど、やさしくはなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?