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あさごはん

あさごはんのはなし。

特に冬の朝は好きだ。
気温が最も下がる午前6時。
石油ストーブに火を入れる。
ついでに炊飯器のタイマーがしっかり作動してるか確認する。
今日は忘れてなかったボクはエラい!

まだ部屋は寒い。
猫たちも出てこない。

あさごはんを支度するリビングは広く、温度が上がりきるまで少し時間がかかる。
ああ寒い。

まずはピカピカに磨いた雪平鍋に水を張り火にかける。
これで火口が一つ増えた。
すこし暖まる。

あさごはんの献立は前の日の布団の中や前の日に行ったスーパー・マーケットで決まる。
もう作るものは頭の中で決まってるから無意識に体を動かすだけ。
寒い、寒い。
少し部屋の温度が上がり猫たちが鼻を擦り付けにどこからか出てくる。
今は邪魔だよ、向こうで温んでおりなされ。

レタスをむしろう。
レタスは庖丁で切るんじゃなくて手でむしる。
そのほうが苦くない気がするんだ。
冷たい水にザッと晒す。
氷のような水に触りたくないが仕方ない、冷たいな。

トマトも櫛切りにしておく。
種の部分なんか取り除かない。
湯剥きなんてもっての外だ。
だって面倒だもの。

湯が沸いて来て湯気がモウモウと立ってくる。
メガネも曇る。
息を湯気ごとたくさん吸う。
公園の深呼吸くらいには気持ちが晴れる。
やっと暖かくなってきた。

スーパー・マーケットで売っている"なんでもない"みそをみそ濾しに入れて溶く。
出汁の素が母の味な新人類なのである。
じゃがいもと玉ねぎをドボドボと適当に入れて火にかけておく。
さあ、みそ汁は出来た。

パックから海辺みたいに生臭い塩鯖を一枚。
手に臭いがつくのが嫌だからお箸で魚焼きに入れて適当に火をつける。
海腹川背?どっちだったっけ?まぁいいや。
チリチリと魚焼きから音が立つ。

前の晩、仕掛けておいた炊飯器から湯気が立つ。
この頃になってくると部屋も一頻り暖かくなってくる。
窓もこれみよがしに結露する。
ちょっとの間、玄関のポストへ新聞を取りに出る。
白む息が部屋との温度差を感じさせる。
わざとハァーっと大きく白い息を吐き部屋へ戻る。
寒い、寒い。
手をこする。

昨晩食べた焼き茄子の残りを小皿に移す。
朝のために取っておいたのだ。

大根は皮を剝かずに摩り下ろす。
魚焼きは静かに塩鯖を火炙りにしてくれている。
火炙りってのはちょっと残酷かも知らないけど。
生臭いから香ばしいへ変わってきた。
ああ、お腹が空いたな。

玉子を二つ出して造作もなく目玉焼きにする。
サニー・サイドアップ?
いえいえ水を入れてフタをするだけです。
黄身が固まったらお皿に移してそのままハムを焼く。
レタスとトマトを盛ってハムを乗っけて朝のお決まりの完成。
テーブルへ運ぶといよいよ手狭になってきた。

ピーッ!ピーッ!と急かすように炊飯器が機械音で炊けました炊けましたと自己主張する。
でも君はそのままね。蒸らさないとならないから。

魚焼きの様子を見るとジリリと音をたて、脂を垂らして塩鯖が食べくれと言わんばかりの姿になっている。
アチチ、と皿へ盛り大根おろしを添えテーブルへ運ぶ。
さあそろそろでき上がりだ。

みそ汁を椀に注ぎ、自分の箸をカチャカチャと探す。
蒸らしの5分間をテレビの時計で曖昧にはかり、炊飯器を開け炊きたてをしゃもじで何回か切る。
またメガネが曇る。
猫もニャーと鳴きしっぽを巻く。
できたぞさあ、あさごはんだ。

こんなあさごはんのしたく。

モリモリと自分が作ったモノを自分で食べる。

料理が好きで本当に良かったな、と我ながら思う。
ぼーっとしていても無意識に自分が用意してくれるのだから。
ハムと目玉焼きで事足りるはずなんだけど、何か一品足したくなるのは男子の心ということで。
肉か魚を毎回足して食卓に出す。
塩鯖なんて焼くだけだから。

前の日の残り物も有力なおかずです。
ちょいと冷えた茄子なんかそのまま出せばいい。
レンジでチンするとわからないけどなんか失っちゃイケない美味しい水分が飛ぶ気がするのでそのまま出す。
これだけで美味しい。

みそ汁も適当でいいんだ。
汁物がないと食べた気にならない。
出汁の素でいい。
気張った朝飯なんか人に作るときにやればいいから。
なんなら鰹節から削ってあげるからね。
しかしこれは毎日のこと、毎日のこと。
じゃがいもを切って玉ねぎを切って入れただけ。
みそと出汁の素。
これでもインスタントより幾分か美味いんだ。
暖まる、暖まる。
湯気まで一緒に食む。

ドレッシングも出来合いだ。
お気に入りのイタリアン・ドレッシング。
どこがイタリアンなんだかわからないけどイタリアン。
目玉焼きは黄身を最初に潰してそこに醬油を入れてしまう。
あまり具合の良くない癖だけど。

それをご飯に乗せてしまう。
モリモリと食べる。
身体が蒸気してくる。
元気が自然と湧き上がる。

なんでもない朝のこと。
冬のあさごはんは特に好きだ。
湯気の暖かみを感じるから。

さあこれから冬の冷たいあらいもの。
ああ寒い、寒い。