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わたしをかたちづくるもの

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「私の形」をテーマに創作したものがたり #エッセイ #小説
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記事一覧

お小言

お小言

「チュン」

ハムスターの鳴き声である。成る程どうやら彼らは小鳥のような声を出す。
元来ハムスターは無口なタチで、クシャミの音や、どこかから落ちたり驚いたりといった「緊急事の一声」以外はなかなか耳にする機会がない。小学生の頃に学校のハムスターを引き取ったのを最初として、これまで数匹のゴールデンハムスターと過ごしてきたが、一緒に暮らしている間についぞその声を聞く機会なくお別れとなった者もいた。

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むじのこと

むじのこと

昨晩、あまり体調がよくなくて、早くから死んだように眠った。
充分に熟睡したのか明け方に目が覚めて、そのままウトウトしていると久々に夢をみた。

昨年11月にお別れしたハムスターの“むじ” が登場する夢だった。
目が覚めた時、夢か現かと迷うこと無く「ああ、もういないんだなぁ」と思った。
私が迷わなくてすむ、充分な時間が経ったから出てきてくれたんだな。
静かな朝だった。

大人になってもふとっちょにな

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どうやら桜木町が好きな理由

どうやら桜木町が好きな理由

高校生の頃、朝、電車に乗っているとうっかり高校のある駅を通り過ごしていた。

そう、うっかり。

土日の観光スポット的な賑わいとは打って変わって、
始業時間をすぎると、ひとけもまばらなオフィス街。

よくランドマークタワーの1階にあるスタバで音楽を聞きながらボーッと本を読んでいた。

みんなが然るべき違う場所にいる時間。
取り残されたような、自由になったような錯覚になれる場所。
それが私にとっての

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「うちに帰りたい」

「うちに帰りたい」

実家のベランダには、屋根に上がるためのハシゴがかかっている。
屋上と呼べるような上等なものがあるわけではない。室外機が屋根の上にあり、メンテナンスのために登れるようにしておく必要があったのだ。
そのハシゴは3階のベランダから空に向かって垂直に取り付けられていた。
「危ないから」と、子供が登ることは禁じられていた。

鉄筋コンクリートむき出しの四角い我が家。
ハシゴは屋根にかかった部分がカーブしてい

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しばしタイムトリップ

しばしタイムトリップ

数年に一度。その電車に乗ることがあると、窓から見える丘の上のマンションと、谷に見下ろす公園を確認する。

昨日もまだ、どちらも残っていた。

住んでいたのはもう30年前のこと。幼児期の数年(そのうち記憶があるのは幼稚園に入ってからの1年くらいだろうか)を過ごした場所だ。

公園には小さなバスが移動図書館としてやってきていて、そこで借りる絵本(よく紙芝居を借りていた気がする)が楽しみだった。

マン

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しろくまを連れた帰りみち

しろくまを連れた帰りみち

帰り道、しろくまを連れて歩く。

背中にジャムの小瓶を乗せたしろくまは、図書館で借りた本を包んで運んでくれている。

この子が一緒なら、なんとか家に帰れそうだ。心臓の音が少しだけ穏やかになった。

・・・・・・・・・・

6月の下旬。低気圧の影響か、どうにも体が動かず憂鬱な気分で過ごしていた。
聴力検査で聞こえる音が減っていき、世界が遠くなる感覚がやってくる。文字を一文字打つのも苦痛に感じるくらい

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真夜中の映画館

真夜中の映画館

「ただいまー。今日は何観るの?」

「おかえり。えっとねぇ、これか、これが良いんだけど・・・」

「ほへ、そしたら今日はこっちにしようか」

「うぃ、ほんにゃらチケット取るね」

帰ってきた夫と一連の相談を済ませると、いそいそと夕飯を食べてお風呂に入る。

ようし、寝じたく完了!出かけるぞー!

今日は、月に一度の「夜中に映画館へ行く日」なのだ。

あとは寝るだけの身体にゆるりとした服をまとって、

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バクと布団

バクと布団

「自分の動物」を選ぶとしたら、私はバクを選ぶ。

バクは、その見た目の様子から好きというよりは、意味づけも含めて好きになっていった動物だった。

我が家では、それぞれのトレードマークとなる動物がなんとなく決まっている。
寅年の妹はトラ猫。未年の両親はヒツジ。夫は実家で飼っていた巨大な猫が元になって白猫。「○○ぞう」という名前だった叔父は、もはやダジャレみたいだけど、象がトレードマークだった(ぴった

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「ゆうたん」

「ゆうたん」

「たまにね『熊胆(ゆうたん)』について調べたくなるの」

そう彼はつぶやいた。

「なんで?」

「わかんない」

「見たら辛くならない?」

「つらい。でも気になるの」

「クマが?」
「うん、クマも熊胆も」

明日目が覚めたら、クマが怖くて痛い思いをしない世界になっていたらいいのに。

出張の夜に

どこか遠くへ一人で行く時、例えば出張の時。
必ず、何か生き物の形をしたものを連れていく。
最近のお供は、充電ケーブルを保護するシロクマとマレーバクのアクセサリ。

出張のご褒美は、普段なかなか手に入らない一人の時間にあると思う。
独り占めできる部屋。いつお風呂に入ろうが、どんな姿でいようが、気にする必要がない自由気ままな時間。

だけど少し心細い。
もう大人なのになぁと思いながら、ホテルの部屋に帰

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さんぽの時間

さんぽの時間

暗闇にゴトゴトと車輪を回す音が響いている。

最初こそ、小さなカゴの中から聞こえる思いがけない轟音に驚いたけれど、この子と暮らし始めて数週間、もうすっかり慣れて、音が響いているとかえって安心して眠れるようになった。

私が夜中に起きて、トイレに行こうとするとその気配を察知して音が止まる。
数秒の沈黙。続いてカサカサと移動する音。
その後は、こちらに視線が送られてくるのを感じる。

「ちょっと待って

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青色の空

19歳、黒い猫の運送屋さんでアルバイトを始めた。
深夜3時から朝の6時まで。

大きな扉が開け放たれた冬の寒い倉庫から見上げる空は、
吸い込まれるような深い濃紺なのにどこまでも透き通っていた。

太陽が昇る前のほんの少しの時間。

その空を見上げながら息を吸い込むと
肺の中まで真っ青になる気がして、自分が少しだけ綺麗になれた気がした。

朝ごはん

はじめて朝帰りをした高校3年生の春休み。

ぼんやりと痺れた頭であるく帰り道。
なんだかまだ帰りたくなくって。

誰もいない朝の動物園の門をくぐった。
おばあちゃん象のはま子はりんごを美味しそうに食べていた。

柵の前のベンチに座って、くしゃくしゃの袋に入ったチョコレートを取り出す。
はま子と一緒に私も朝ごはんを食べた。

「昨日ね、」
そっとはま子に語りかける。

キラキラした朝だった。

ラーメンが食べられるようになったこと

子供の頃から、ラーメンの香りが苦手だった。
ラーメン屋さんの前を通る時はウッと息を止めて走った。

高校の修学旅行は北海道。札幌ラーメンが食べられるか緊張した。
グループのみんなに気を使われたくなくて、美味しいふりをして食べたラーメンの味は記憶にない。ちゃんと先に苦手だって言えばよかった。

そんなわたしが、今はとんこつラーメンも食べられるようになった。
夜中に食べたくなって、ふらりと出かける。

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