馬鹿の遠吠え

これは、反省文ともいえるし、ぼくの書くnoteの読み取り方ともいえる。

noteにはときおり教訓めいたものを書き連ねることがあるのだけど、それは何か偉そうにものを言いたいわけではなく、その一つひとつは昔の自分に対して放ったことばでしかない。

今でこそ、考え方をあらためて、昔よりはましになったんじゃないか、と思えるときがあるのだけど、どうしても10代20代というのは妙なトガリ方をしていて(特に10代は童貞力が高かったからか)、無駄なプライド、自分のなかのジャスティスを持っており、違った趣味趣向・思想を持った人が目の前に現れたときには戸惑いと驕りでしか対応することができなく、案の定、痛々しい失敗をたくさん重ねることになった(その感情と結果はそれはそれでよかったと今では思う)。

一言でまとめると、ずっと馬鹿だったのだ。

ぼくの今だけを切り取られて人間性を図られたとて、たいした人間でもなく、どちらかといえば馬鹿なだけなく、妬み嫉みは通常装備、他人のヘマはざまあみろ!と蜜以上においしくてしょうがない”くず”寄りの人間でもある。

そんな人間でも、過去からの牛歩以下の足並みを見てみると、自分で自分の変化というのには驚くし、あまり声を大にもしたくないし公にも言いたくはないのだけど「人は変わるもの」という遠くあった煌びやかな認識が時間と体験を経てフレンドリーな認識となった(もちろん、変わらないものもあるし、変わらなくたっていいもの、変わってしまったことで嘆くものも正直ある)。

長ったらしくネチネチと書く(しゃべる)のがぼくのお家芸のようで、その多分に漏れず、このnoteもそうなりかけているのに気づきハッとしたが、とどのつまりここで言いたいことってのは、再度詳細に強調させてもらうが、「おい、こらボケ、今よりもヤンガーな俺よ、お前がさんざんこうだ、と思ってたことは大きくひっくり返されて、そういうことかー!とハッとする瞬間が幾度となくあるんだからな! とにかく、そのトガリにも賞味期限があることを覚えておくんだな。あと、今よりも皺の増えたオールダーな俺よ、お前も気を抜くなよ。調子に乗ってると痛い目に合うから、ときどき自分の文章を読み返しておくんだぞ!」ということである。

今日、書き留めておきたいと思ったのは、自虐とかそういうもんでもなく、これ以上でもこれ以下でもない。きっと。いや、たぶんおそらくは。ということで、ご査収ください。

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