勇気か臆病か、はたまた尻軽か。

今年の夏がくれば31の歳になる。30になる前に東京から鳥取にIターンで移ってきて、それまでは取材仕事や試住などで各地をちょこちょこまわっていた。

そのせいもあってか、「根なし草のあいつが、やっと根を下ろしたみたいだぞ、どういうことだ?」みたいな印象をどうも持たれてるらしく、「なんで鳥取に移ったの?」という質問をよくされる。

いろいろとまわっていた輩が、何を決め手に今の場所にいるのか。

というのは、同じように根なし草の人だったり、今いる場所は離れたいけどどこにするのか迷っている人にとっては関心事らしい。ということを、”とりあえず”一つの地域に落ち着くことで学んだ。

ただ一点違うんだよなぁ、と思うことがあって、それはずーっと動きまわってたわけじゃなくて、26~27にかけての2年間は地元の沖縄が拠点だったこと。

「水上家」という場の運営もしていたから、土か風かでいえば、土っぽいことをやってたわけだし、そこで根を張るということのイロハのイくらいは学ぶことができた。

そのなかで、ときおり沖縄の外に出て行き、そこでみつけたものや生まれた関係性を水上家という場でつなぐようなことをやってきた。

「水上学舎」という企画では、地元の人だけでなく、県外からの人にも先生になってもらって、場が動いていったが、それは土っぽく拠点があったからこそできたことだった。

だからこそ思うのが、むしろあの2年間の沖縄滞在が今の鳥取でどうこうしようという目論見につながっているのであって、ずっとふらふらとしていたら、絶対こうはならなかったはずだ。

新しい地域に入っていくからといって、べつにそこに骨を埋めろなんて思わないし(地域に人にもそれは言わせるつもりはないし)、水が合えばずっといりゃいいわけだし、合う合わない関係なく、かなしいけど、ライフステージによっては他の地域に転住してもいいとぼくは思っている。

成長のために外に出ようとしている人を引き留めようなんてのは野暮だかんね。

大事なのは、離れざるえないときに、また「おかえり」「ただいま」が言える関係性がそこにあるかどうか。

沖縄という土地がぼくを育ててくれたように、そのときの一時であっても、その地域に入っていくことで掴めることは少なからずあるだろうから、迷ったら、いつもよりもちょっとだけ勇気を出して、その地域との距離を縮めてみるといいんじゃないかなー。と今では感じている。

うーん、そこは勇気ありきだし、そうじゃなければ、今のままでこのままいくと・・・と少しだけ未来を想像してみたときにゾッとしたときの臆病さもありか。考えてみりゃ、ぼくも勇気というより、臆病だから、動いてみたってタイプだった。偉そうにすみませんでした。

勇気でも臆病さでもないとしたら、あるいは何も考えずに、おもしろそうだから、という尻軽さとか。まぁ、初動がどうにかなれば、どうにかこうにかなるようにしてしまうのが人間の強さでもあると思うから、まずはお尻をサッとあげましょう、ってことなのかな。

関心があるのに、お尻上げるの遅くなっちゃうほうが、何かとあとから大変そうだし。スピード感ある現代だとなおさら。失敗もするならするで早くしたほうがお得だし。気持ちがあろうがなかろうが、動かない人はずっとお地蔵のようにそこに立ち尽くすんだろなぁ。

さて、まとまってないけど、まとまってる風ではあるので、今日はここでおしまいとさせてください。おやすみなさい。





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そこそこ珍しい名字なんです沖縄でも
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大見謝らじを

ケケケという屋号でカクテルつくったり企画したり / 芸能と民俗と風俗 / ことばと思想とコミュニケーション / 元ライター

ケケケの日記

「ハレ/ケ」のケのことを気にして、記録していく日記(のようなもの)
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