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南海男がゆく vol.1

もうすぐ5歳を迎える息子は、南海電車を愛してやまない。

鉄道オタクのなかにも、「撮り鉄」「乗り鉄」など種類がいろいろあるが、息子はまぎれもなく「聞き鉄」だ。

秀逸に再現する南海電車のエンジン音は、周囲の大人にも一目おかれている。

南海初のVVVFインバータ制御装置を搭載した2000系が、加速・減速の時に発するモーター音はほかに例を見ない重低音だ。

これは、高野山の斜面を登るためのパワフルエンジンを積んでいるためで、「ンーンー」という音にちなみ、南海男のなかでは「ンー」と呼ばれる。

まだ新しい8300系は「イェーーー」という特徴的な高音を発したあと「ンーンー」と続くから、通称「イーエ」だ。

ちなみにそのあと南海男は静かに「タタン、タタン・・・」と続けるのも忘れない。

南海男は、電車に乗ってうれしくてはしゃぐということは決してない。

本物のエンジン音により近づけるため、じっと耳を澄ませて研究し、日々改良に改良を重ねているのだ。

そのおかげか、最近電車のなかでエンジン音を再現したときには、スマホを見ていた若者も、新聞を読んでいた老人も、おもわず顔を上げて音の出所を探すほどに秀逸な仕上がりになっている。


南海男が耳を研ぎ澄ませているのは、エンジン音だけではない。

車内放送も着実にモノにしてきている。

「みなさま、まもなく3ばんせんにでんしゃがまいります。きけんですから、きいろいてんじふぁいるまでおさがりください。」

今でこそはっきりとしゃべれるようになったが、2歳の頃はこう言っていた。

「みさま、はくじゅ、さんせんにでんしゃくるでっち。はてーから、あもこそーかえてくらかい」

言っておくが、なんのこっちゃわからぬ音を文字化するというのは案外むずかしいものだ。

自分で言うのもなんだが、ちゃんと文字にして今のところ記憶にとどめているあたり、親の愛情の深さを感じずにはいられない。

「れでぃーすえんじぇんとるめん、うぃあすとっぴんぐあっと、しんいまみや、てんがちゃや、さかい・・・」と、ときには英語もしゃべる。

最近の彼は、なんばー関空間を結ぶ青い特急車両のことを「ラピート」とは呼ばない。

「特急ラピートβ 関西空港ゆき」と呼ぶのだ。

実はラピートにはαとβがあって、αは堺と岸和田に停まらないという違いがある。

とはいってもラピートのほとんどがβで、αはなかなかお目にかかれないレアな車両なのである。


今日、風呂に入りながら、息子に「幼稚園で、七夕の短冊になに書いたん?」と聞くと、「南海」と即答した。

先頭で運転する運転手さんになりたいのか、後ろで放送する車掌さんになりたいのか、はたまた南海電車そのものになりたいのか、一体どれなんだと聞くと、少し考えたあと、「シャショーさん」と言う。

さすが聞き鉄。

去年は南海電車になりたいと言っていたから、この1年の間に、ヒトはどう転んでも電車にはなれないということにどうやら気づいたらしい。

最後に、車掌さんになったら何をしゃべるんだと問うと、うーん、と言ったあと、こう答えた。

「携帯電話のご利用はおやめください」


つづく

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