のの奥様ストーリー【1】
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尻が暖かい。冬の電車は根付きたくなる。
大きな仕事が終わり、膨大な事務作業を片付け、嫌な連絡が入る前にさあ帰宅――とはならず、上司に連れられ飲み屋をハシゴ。
土木の世界に入って20年は経つ。初めての現場監督に身を引き締めていたのは、どれぐらい前の話だったか。度重なる予想外のトラブル、体を張った関係構築、現場が終わった後に待ち受ける書類たち。気付けば缶コーヒーでつなぐ毎日だ。
隣の上司はボケッとして、酔いが覚める前に疲れがどっと押し寄せたようだ。こちらも同じくだ。
しかしこの上司、すぐもすれば朝礼でぐだぐだと話をして、部下を飲みに連れまわし、風俗に連れ込むぐらいには元気だ。元気すぎる。
あー、とため息と唸りを混ぜた声を出し、上司はニヤリとした。
「沢木ぃ、この後どうだ?」
「あー……アレっすか?」
アレとは、キャバか風俗のことである。こちらの渋りが伝わったのか、彼は泣きそうに口をひん曲げた。
「そうだよぉ! たまには付き合えよ、な? 好きだろ?」
「嫁さん、うるさいんで」
「俺だって奥さんいるもん。同罪、同罪」
「巻き込まんでくださいよ」
窓の外で流れる街灯を見ながら、苦笑いする。もう何度もしたやりとりで、今のところは逃げ切っている。
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