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コンパニオン猫の苦労話

私の地元は、東京23区で唯一の渓谷があることで知られている。
インスタ映えとかなんとかで、ここんとこ観光客が多い。
そこで意外な人気になっているのが、観光客によく懐くノラ猫だ。

もともと渓谷にはノラが多いが、観光客に媚びを売りエサを貰うことを覚えたらしい。私はその猫のことを、いつもコンパニオン猫と呼んで馬鹿にしていた。

猫とニュース

ちょっと昔、テレビ東京のニュース番組で、猫がスタジオを歩き回っている番組があった。土曜日の昼下がり。その日はいつもより少し疲れていて、なんだか人恋しい気分だった。猫でもなんでもいいから触れ合いたい。テレビの猫を見てそう思った。

それから私は外に繰り出して、普段馬鹿にしているコンパニオン猫のとこへ足を運んだ。すると案の定、暑そうにダラダラ寝ころがり、お腹を丸出しにしてこっちを誘ってくる。

ノラのくせに警戒心がないなと呆れていると、ニャアと言いながら足元にすり寄ってきた。さすがはプロである。「きたきた、こうやって道行く観光客で一稼ぎしてるのか」と嫌味なことを思っている私も、すでに観光客と同じだった。

猫と少年

猫とふれあい満足して家に帰る途中、ふと昔のことを思い出す。中学生くらいだったと思う。当時、帰り道にいつもいるアメリカンショートへアの飼い猫と仲が良かった。

母親が動物の毛を嫌がるという理由で、当時うちではペットが買えなかった。子供の頃は人の家のペットがひどく羨ましく思えたものだ。それを埋めあわせるように、私は名前も知らないその猫の面倒をよくみた。

とにかく、ひとりっ子の私には良い遊び相手で、猫も私によく懐いた。コンビニで買ったチキンの残りカスをやると喜んでいた。ほぼ毎日顔を合わせる生活が一年くらい続いた。でも、私が引っ越しをして、通学路が変わって、中学が忙しくなって、会うことは次第に少なくなっていった。

いつが最後だったかは覚えていない。たぶんもう年齢的に生きてはいない気がするが、あれからどんなふうにしていたのだろう。昔の友人に思いを馳せ、懐かしい気持ちを引きずりながら家のドアを開ける。

猫とアメリカンドリーム

そのとき私は、渓谷で会った猫も、あの時の猫と同じアメリカンショートヘアだったことに気が付いた。

アメショーと言えば、メイフラワー号でピューリタンと共にアメリカ大陸へ渡った猫たちの子孫だ。日本産じゃないということは、もともと飼い猫だったのだろう。遠い大陸からやってきて飼い主に捨てられたのだ。

そんな猫が、異国の地で生き延びるため、観光客相手に必死に媚を売っている。なんとも哀しい話だが、そのしたたかさからは哀愁を超えて、希望が浮かび上がってくる。

幸せな家庭で家族から愛されるというアメリカンドリームに敗れながらも、地球の反対側の小さな街でスターとなった苦労者を、コンパニオン猫などと馬鹿にすることは誰にもできないのだった。

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