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「HUNTER×HUNTER」に学ぶ、念能力は諦めて脳科学を勉強すると良い。

最後に週刊少年ジャンプで『HUNTER×HUNTER』が連載されたのが2018年の2月。あれから実に3年の月日が経ったが、連載再開の知らせは一向に届かない。

一方、永遠にリリースされないと噂されたゲーム『ウマ娘プリティーダービー』が2021年2月にリリースされた。事前登録から約3年が経ってしまったが、こちらは無事に世に出ることができた。

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『ウマ娘プリティーダービー』公式HPより引用)

『ウマ娘』。彼女たちは、走るために生まれてきた。ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前とともに生まれ、その魂を受け継いで走るーー。それが、彼女たちの運命。

『ウマ娘プリティーダービー』公式HPより引用

2018年4月より放送されたアニメが基となるゲームで、私達が生活する世界で活躍した競走馬を萌え擬人化したキャラクターが、学園に通いながら国民的スポーツであるトゥインクル・シリーズ(賭けの要素を排除した中央競馬)で競うというアウトラインである。

読者の中には色々と思うところがある方もいるだろうが、この世界観にケチを付けた時点で負けということを念頭において欲しい。ひとこと言わせて頂きたいが、書いている私だって意味が分からない。

令和は競走馬が萌え擬人化してゲームになる時代なんだなぁ・・・と割り切ったほうが、人生楽しいかもしれない。ほら、楽天の田中将大選手もやってるし。

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(24勝無敗の限界:田中将大/MASAHIRO TANAKA Twitterより引用)



私は中学生の頃、学業そっちのけで『ダービースタリオンPS』にどハマリし、同級生と育てた馬を競い合うという健全な生活を送っていた。『ウマ娘』はその頃に活躍した名馬が多い。

馬主への「あなたの馬を萌え擬人化したい」という申し出に折り合いがつかなかったのか、ゲーム中に登場するキャラクターはマルゼンスキー(1977年引退)からゴールドシップ(2015年引退)と全体的に昔の競走馬が中心となっている。

個人的に大好きな馬は「サイレンススズカ」である。

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(私の夢はサイレンススズカ:『サイレンススズカ』Wikipediaより引用)


1997年に中央競馬デビューしたサイレンススズカは、初年度こそ重賞勝ちはなかったものの、武豊とコンビを組み始めた翌年から、数ある重賞レースを総なめにした。

スタートから先頭に立って、後続をぐんぐんと引き離し、最後の直線になっても衰えない末脚で圧勝するというサイレンススズカのレーススタイルは、まさに異次元であり、多くの人を魅了した。


中央競馬の最高峰レースのひとつである宝塚記念を快勝したサイレンススズカは、その年の天皇賞(秋)に出走。単勝オッズ1.2倍と圧倒的な一番人気で臨んだ。

好スタートをしたサイレンススズカは、いつも通り後続を引き離す超ハイペースの走りをみせた。2番手と10馬身(およそ24m)の差をつけたサイレンススズカは、そのまま誰も追いつけないスピードで最後の4コーナーをまわり、そしてゴールすることはなかった。

(沈黙の日曜日:サイレンススズカ 天皇賞・秋より引用)


左前脚の手根骨粉砕骨折。サイレンススズカはこの世を去った。

多くの競馬ファンは悲しみに暮れ、サイレンススズカの葬儀には500人ものファンが集まったという。私はこれ以来、競馬を見ることを辞めた。武豊を落とさないよう、故障後も歩き続けたサイレンススズカの姿が思い出され、辛かったからだ。


あれから23年、サイレンススズカは『ウマ娘』にて萌え擬人化されている。

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(ウマ娘となったサイレンススズカ:『ウマ娘プリティーダービー』公式HPより引用)


流石にこれには私も思うところがあった。時間とともに薄れていった、悲しくも大切な記憶が思わぬ形で戻ってきたのだ。


この気持ちをどう処理したらよいか分からず、混乱した私は、とりあえずゲームをインストールした。


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(歌うサイレンススズカ:『ウマ娘プリティーダービー』より引用)

写真のとおり、『ウマ娘』はレース終了後にアイドルさながらのライブを行う。いつだって時代は進化している。ついていくのは大変だ。


萌えと狂気と

『HUNTER×HUNTER』は1998年に週刊少年ジャンプで連載開始されたマンガで、2度のアニメ化にゲーム化、全く知らなかったが舞台化もされた大ヒット作品だ。ちなみにYoutubeに舞台の動画があったが、地獄としか言いようがない有様だったので、リンクは貼らない。検索もオススメしない。

くじら島に住む少年ゴン=フリークスは、幼少期に森でキツネグマに襲われている所をハンターの青年カイトに助けられた。ゴンはこの時、死んだと思われていた父親ジンが生きており、優秀なハンターとして活躍していることを知る。

『HUNTER×HUNTER』Wikipediaより引用

同時期に連載開始した代表作品は『ONE PIECE』である(1997年7月~)。2021年3月の時点で、『ONE PIECE』は98巻が発刊されている一方で、『HUNTER×HUNTER』は36巻が発刊。『ONE PIECE』と比べると驚異の約37%である。

おわかりのように、『HUNTER×HUNTER』は休載既刊が非常に長い。休載期間の一覧を書き出そうとするだけで、心が折れそうである。ただ熱心なファンも多く、いつまでも連載再開を待ち望む声はやまない。私もそのうちの一人だ。本当に連載再開して欲しい。



前回の記事でも触れたが、昨年から我が家の書籍購入の90%は電子書籍に移行した。それに伴い、本棚にある古い本も徐々に電子書籍化している。先日『HUNTER×HUNTER』のキメラ=アント編(通称 蟻編)をスキャンしていたのだが、蟻編が始まった18巻の初版が2003年発行でちょっと引いた。時が経つのはいつだって早い。


蟻編といえば忘れられないキャラクターがいる。ネフェルピトーだ。

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(ネコ娘:『HUNTER×HUNTER』27巻より引用 冨樫義博著)

ネフェルピトーは、キメラアントの王直属護衛軍の一人である。猫をモチーフにされており、当初は語尾に「ニャ」がついていた。『HUNTER×HUNTER』の数少ない萌キャラといって良いだろう。


蟻編はそれこそ膨大なキャラクターが登場する。ゴンやキルアといった主要メンバーに加え、ハンター協会からの援軍やキメラアントの兵、挙句の果てには流星街にいる幻影旅団まで一時期出てきたので、連載期間も長期化した。

そんな中であっても、ネフェルピトーの認知度は高い。もし不意に誰かに「王直属護衛軍の名前を全員言って」と問われても、ネフェルピトー以外はスッと言える自信がない。ネフェルピトーは例外的に人気があったのだ。

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(可哀想なモントゥトゥユピーとシャウアプフ:『HUNTER×HUNTER』28巻より引用 冨樫義博著)


なぜネフェルピトーは私達の記憶に強く残っているのだろうか。ひとつの理由として、初登場から強烈な印象を残していたからではないかと思う。

初登場から2話目に、ゴンがハンターを目指すきっかけとなった人物・カイトと戦い、その翌話目にカイトを殺害する。割と重要人物だった筈のカイトがバトルシーンもろくに描かれず、あっさり死亡したシーンに驚いた読者も多かったのではないか。

完全に余談だが、友人の一人が、連載当時カイトが死んだことを信じきれず、地面に座ったネフェルピトーが持つ切断されたカイトの頭を見て、「これは体が地面に埋まっているだけで、頭がもげたわけではない」と主張していた。動揺が隠しきれていない。もげるて・・・。



そしてもう一つ、猟奇的で印象深いシーンがある。ゴンの同期ハンター・ポックルの脳みそクチュクチュ事件だ。

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(あっあっあっ:『HUNTER×HUNTER』19巻より引用 冨樫義博著)

このシーンは抜群に印象的であった。念能力の情報を引き出すため、生きたまま直接脳みそをいじくり回す萌キャラはなかなかいない。しかもこの時、初登場から2話目である。


このようにネフェルピトーは、可愛らしい容姿とは裏腹に、強烈な強さと残酷さを持つ、まさに萌えと狂気が両立したキャラクターだったのだ。これによって私達の記憶に、ネフェルピトーという存在が強く残っているのだろう。

つけくわえると、ネフェルピトーの最後も印象深かった。例のゴンさんに「This way」されて退場という(読んでない人には何がなんだか分からないだろうが)、とにかく最初から最後まで印象に残るキャラクターであった。


しかしここで疑問に思うことがある。脳みそクチュクチュしたら、ヒトの記憶を呼び起こすことは出来るのだろうか?


記憶をつなげる脳

あまりに凄惨なシーンだったので思わず勢いで納得してしまった読者も多いだろうが、本記事では冷静にこの事例について考えていきたいと思う。考察する必要も無いだろうと思ったそこの読者、君のような勘のいいガキは嫌いだよ。

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(ショウ・タッカーより愛を込めて:『鋼の錬金術師』2巻より引用 荒川弘著)


人間の記憶に関わる脳の部位と言われれば、思いつくのが海馬と扁桃体だろう。整理すると、海馬は記憶の作成と取り出しに、扁桃体は感情の記憶に関係している。ここでは、理化学研究所 脳科学総合研究センター編集『つながる脳科学』を参照したい。

余談だが、著書の一人には1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進先生が含まれていた。利根川先生もまさか、ネフェルピトーの行動解明のために引用される日が来るとは思わなかっただろう・・・。

ある出来事を記憶することによって脳内に起こり維持される物理的・科学的変化のことを「記憶のエングラム(痕跡)」といい、エングラムを作ることによって記憶が出来たり、エングラムを保持している細胞群の発火でその記憶が思い出されたりするというアイデアを、「記憶のエングラムセオリー」といいます。

『つながる脳科学』より引用 理化学研究所 脳科学総合研究センター編

本書では遺伝子改変マウスを用いて、恐怖記憶を例に、海馬や扁桃体にある記憶のエングラム細胞の同定を行っている。


ネフェルピトーが知りたい状態は念能力の詳細なので、関連する脳組織はやはり海馬ということになる。今回は感情記憶に関連する扁桃体は対象外だ。海馬は大脳辺縁系とよばれる脳の中央部にある。

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(赤い部分が海馬:『脳科学辞典』海馬より引用)


これを踏まえて、もう一度ネフェルピトーの脳クチュシーンを振り返ってみよう。

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(とどけ!ポックルの海馬へ!!:『HUNTER×HUNTER』19巻より引用)


ちょっと浅い気がする。

実際に使用している器具がどれくらいの長さかは不明であるが、海馬のある脳中央部には到達していないのではないか?角度は申し分ないのだが。

しかしポックルは実に饒舌に、時に「あっあっあっ」をはさみながら、念能力の詳細をネフェルピトーに伝えている。これでは筋が通らない。なにか見落としている視点があるに違いない。


海馬・扁桃体、そして大脳新皮質へ

海馬に到達していないにも関わらず、ネフェルピトーはなぜポックルの記憶を引き出すことが出来たのだろうか?『つながる脳科学』の編集先である、理化学研究所の研究報告に、そのヒントがあった。

日常の出来事の記憶(エピソード記憶)が、マウスの脳の中で時間経過とともに、どのようにして海馬から大脳新皮質へ転送され、固定化されるのかに関する神経回路メカニズムを発見しました。(中略)海馬から大脳皮質への記憶の転送のアイデアは、前頭前皮質のエングラム細胞の成熟と海馬のエングラム細胞の脱成熟により、記憶想起に必要な神経回路が切り替わることで説明できるようになりました。

「理化学研究所」研究成果(プレスリリース)2017より引用


これをめちゃくちゃ乱暴に要約すると、以下になる※1。始めは海馬に記憶があるが、徐々に大脳新皮質に移行するということだ。

・海馬で記憶のエングラム細胞が生成されると同時に、大脳新皮質*2でも記憶のエングラム細胞が生成される
・はじめは海馬のエングラム細胞しか活動しない
・生成から2週間経つと、大脳新皮質のエングラム細胞が活動する
・大脳新皮質のエングラム細胞が活動し始めると、海馬側のエングラム細胞は活動しなくなる
・扁桃体のエングラム細胞は常時活動できる

※1 上記はあくまで個人的な要訳なので、詳細を知りたい方は是非元論文を参照されると良い。有料だけど。(元論文:Engrams and circuits crucial for systems consolidation of a memory. Science 07 Apr 2017. vol356, issue 6333, pp73-78
※2 大脳の表面にある新しい皮質構造部分のこと。研究では前頭前野部位の大脳新皮質に言及。


本研究はあくまでマウスでの研究報告となるため、この結果がそのままヒトに当てはまるかどうか分からないが、たしかに学習1日後に反応していた海馬のエングラム細胞(下図、点線黄色部分)が2週間後には反応しなくなっている。

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(マウス脳切片によるエングラム細胞の活動観察:「理化学研究所」研究成果(プレスリリース)2017より引用)



ポックルが念能力の情報を手に入れたのは、ネフェルピトーから襲われる2週間よりも、ずっと昔のことである。つまり念能力の記憶にアクセスするためには、海馬ではなく大脳新皮質のエングラム細胞をクチュクチュする必要がある。

前述のとおり、マウスの研究では前頭前野に反応があった。前頭前野は前頭葉の正面側(眼球側)約80%に該当する。

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(黄色い部分が前頭葉:『前頭葉』Wikipediaより引用)


これを踏まえて、もう一度、もう一度だけ、ネフェルピトーの脳クチュシーンを振り返ってみよう。

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(3度めの正直!:『HUNTER×HUNTER』19巻より引用 冨樫義博著)


・・・ギリギリ当たってるかな!

左側の器具が前頭前野の大脳新皮質に突き刺さっている。なんとなく前頭眼野くらいに留まっている気もするが、多分ポックルの前頭前野がちょっと後ろ側まで届いてたんだろう。あいつヒトっぽくないし。


実際には脳を活動させるためにはアクセスだけしても不十分で、ニューロン(神経細胞)の細胞膜電位を上昇させ、信号を伝達させる必要があるが、このあたりは念能力で上手くやっていたのだろう。

後に発現させる玩具修理者(ドクターブライス)を見ても、人体操作に長けていたのだと推測できる。

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(蟻の便利なお医者さん:『HUNTER×HUNTER』24巻より引用 冨樫義博著)


まとめ

ネフェルピトーはポックルが持つ念能力の情報を引き出すために、実に的確に、その記憶がある前頭前野の大脳新皮質にアクセスしていたことが分かった。

もちろん私達のような念能力が使えない一般人が同様に脳みそクチュクチュしても、人の記憶は読み取れない。しかし現代では、「オプトジェネティクス」という技術によって、ニューロンの発火を人為的に操作することが出来る。

チャネルロドプシンはイオンチャネルの一種で、ある波長の光が当たるとチャネルを開き、細胞の膜電位を変化させます。(中略)もし、このマウスの海馬のニューロン群にチャネルロドプシンが発現していれば、光を当てることに寄って、それらのニューロン群の発火を人為的に操作することが出来ます。

『つながる脳科学』より引用 理化学研究所 脳科学総合研究センター編

現代の脳科学分野は急速に進歩している。これまで述べたような基礎研究を、うつ病や神経発達障害といった脳疾患の治療に応用使用とする動きも少なくない。


私達がどれだけ頑張っても念能力が使えるようになる可能性はほぼゼロだ。しかし、もし脳科学の領域に注力すれば、多くの人を救えるようになるかもしれないし、ポックルをひどい目に合わせずとも良くなるかもしれない。

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(可哀想なポックル:『HUNTER×HUNTER』19巻より引用 冨樫義博著)

ふと水見式をやって見るよりも、たまには脳科学の本でも読んでみることをオススメする。

・・・さて、ウマ娘でもやるか。



蛇足

今回引用した本の『つながる脳科学』であるが、専門用語がだいぶ噛み砕かれて説明されており、とても面白かった。

引用は本の導入部分に収まってしまったが、人工知能と脳の学習の違いや、ネガティブな記憶がどの様に抑えられていくのかなど、興味深い内容が多かった。時折ものすごい雑談が挟まれるのも良い。

トム・クルーズ細胞の正体を知りたい人は是非手にとってみることをオススメする。


それでは。

(今までの記事はコチラ:マガジン『大衆象を評す』

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