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人類の祖先は弱みを強みに変えて生き残った(放送大学 放送授業より)④

放送大学 放送授業 「レジリエンスの諸相」第2回での山極教授の話をまとめてみました。山極先生の市販本をいろいろ読んでみましたが、この放送授業の山極先生の話が分かり易くまとまっているので、できるだけ忠実にメモしました。(カッコ内の記載は私のつぶやきです)
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レジリエンスの諸相第2回 ノート① ノート② ノート③
前回③の最後の話(山極先生)
 200万年前に脳が大きくなった。実は直立二足歩行はその500万年前に始まっているわけです。脳が大きくなった時には直立二足歩行が完成してしまっていて、骨盤のかたちが皿状に変化していました。そうすると骨盤の真ん中にある「産道」の大きさをそれ以上広げることができなかった。だから胎児のうちに脳を大きくして脳の大きな赤ん坊を産むことが人間の女性にはできなかったわけです。だから産んでから急速に脳を大きくさせる道を選んだわけです。そのために人間の赤ちゃんは生後1年で脳の容量が2倍になります。ゴリラの赤ちゃんは4年で2倍になってそれで終わりですから、人間のお赤ん坊は4倍のスピード1年間で、脳を大きくするわけです。そのためにものすごくたくさんのエネルギーを脳の発達につぎ込まなくてはいけない。そのエネルギーをどこから持ってきたか肉食ではもたないわけですね、そのために身体の成長に使うエネルギーを脳の発達に回したわけです。だから、人間の赤ちゃんはその頃から身体の成長が遅れ気味になったわけです。その結果として、頭でっかちの赤ちゃん、成長の遅い赤ちゃんをたくさん抱えるようになった人類の祖先はとてもとてもおかあさん一人では子供を育てられません。おとうさんとおかあさんでも無理です。だから、1家族が繁殖の単位になって子供を育てるよりは複数の家族が集まって共同体を作って共同で育児をすることが非常に有利になったわけです。その時に明らかに人間の社会体制というのは家族と複数の家族が集まったコミュニティという二重構造になったと私は思うのです。

稲村先生)ちょっと現代のことを考えると、母親たちが孤独に1人で子育てをして本当に苦しんでいるようなことをよく聞きます。そこはちょっと逆行してますね。
山極先生)そうですね。実はゴリラもチンパンジーも人間も同じヒト科 Hominidaeですから五感も一緒だし社会性も似てますが、でもゴリラは家族主義的な集団しか作れません。チンパンジーは家族もなくてコミュニティという大きな集団しか作れない。
 なぜなら家族と共同体コミュニティは編成原理が違うんですよ。家族は繁殖集団ですから親は子供がかわいいのです。だからほかの子供より自分の子供を差別してえこひいきしますよね。でも子供に対して何かしてあげたからといって見返りを求めない、いわば奉仕があたり前の集団です。ところが家族を一歩離れれば共同体の中というのは何かをしてあげれば見返りが来る。何かをしてもらえばお返しをしなければならないという義務が生じます。
 そういう互酬性と言いますか共同体の内部における役割に応じたそれぞれの流通お返しというものが義務づけられています。それと家族というのはきっ抗するわけですよ。ある時は利益が相反する。だから、チンパンジーもゴリラもとちらか一方しかできないわけです。
 人間が相反する2つの社会組織を両立させることができたのは、相手の立場が分かる『共感』と相手のために何かをしてあげたいと思う『同情』、そういった感情が芽生えた、そういった社会性が発達したからだと思います。
それはゴリラにもチンパンジーにもないたくさんの子供を、しかも手間のかかる子供を抱えたことにあると思います。
稲村先生)集団の構成と 性(セックス)とはどういう関係にあるのでしょう。
山極先生)もう一つ、脳が大きくなったことによって人間の子供の成長が変わったのは、脳の成長が止まるのは大体12~16歳です。この時に脳に過大なエネルギーを送る必要がなくなって身体の成長にエネルギーを費やすことができます。それで一気に成長スピードがアップするのです。これを思春期スパートと言いますが、この時期 同時に性的な特徴が急速に現れます。そういう身体の変化と心の成長というのがミスマッチが起こってトラブルに陥りやすい。だから、それを支えるような子育ての集団が必要になったのです。

 そういうものを家族を超えてやっていたわけですが、しかし、家族というの繁殖集団ですから、そこにある親子関係、夫婦関係というものをしっかりと維持しなければなりません。それを外にだすと乱交乱交になってしまう。そこで恐らくこれはサルにもあるのですが、親子の間では、あるいは、姉妹 兄弟の間では性的な関係に陥ることを避けるという傾向を持ってますが、それが使われて規範になり、ルールになっていきました。その時に性を隠すということが行われたのだと思います。
 我々の世界では性交渉というのは公には行わないことが慣習になっていますよね。動物の世界で見てみるとどこでも性というのはオープンなのです。逆に食べるというのは互いの競合を増しますから、むしろ みんな分散して隠れて食べます。人間は食を公開して、性を隠すということをやりました。これは家族と共同体という二重構造を持った時にそれがきちんと規範となりルールとなっていったのだと思うのです。それが実は非常にレジリエントな社会性でした。だから、脳が大きくなり始めてしばらくしてホモ・エレクトスが出てきます。これは脳容量が900~1000CCを超える。その時になってはじめて人間はアフリカの大陸を越えてヨーロッパへと進出し、アジアへも行きます。それは恐らく食性や身体をそれほど変えずに、類人猿の弱い食性を持ったまま、子供の成長がさらに遅くなるという弱みを持ったまま過酷なサバンナや砂漠をこえていく強い社会性をもったからだと私は思うのです。
稲村先生)家族という枠を超えた共同体 それがアフリカから出て新たなリスクに直面しそれをまた乗り越えるという形で広がっていった。そこには集団の拡大ということもありますかね。
山極先生)そうですね。おそらく自然の障壁を越えて向こうに行った集団がまた戻ってくる。そして元の集団を呼び出してさらに新たな地域に進出していく、その過程で集団の規模はだんだんと大きくなっていったと思うんですね。ただし、脳の容量と集団の相関関係で言いますと現代の人間の脳の大きさというのは大体150人ぐらいの集団で暮らすのにぴったりだという計算が出ています。おもしろいことに現代の狩猟採集民 つまり自分で食糧生産をしない人たちの村 これをピグミーではバンドと言いますが、この平均サイズが150人になっているんですね ぴったりなのです。
 恐らく脳容量は40万年60万年ぐらい前に現代人並みの大きさになって、それが実はあまり変わっていないのです。で 食糧生産が始まるまで、つまり1万2000年ぐらい前に食糧生産が始まるまでは大体そのぐらいの規模の集団に基づいて暮らしが営まれていたのではないかと思います。

稲村先生)食糧生産によって人口が爆発的に増えますよね。そういったときに人類はどういうふうにそれに対応したのか、見通し的な話を教えてください。

山極先生)いわゆる認知革命といわれる言語の出現というのは7万年ぐらい前だと言われてますが、食糧生産に少し先行しました。それによってコミュニケーションの形式が変わって、人々が自分の集団を離れてもいろいろなコミュニケーションを持続させることができるようになりました。
 チンパンジーもゴリラもいったん個体が集団を離れると数週間すれば二度と集団に戻れないわけです。それほどいつもいつも一緒にいるということが彼らが高い共感性を持って暮らしていく上では必要です。でも、人間は高い共感と同時にコミュニケーションを変えました。そのために少し距離をおいても元に戻れる社会を作り始めたのではないか、それによって、いくつかテンポラルに大きくするという道が開けたのではないかと思います。

稲村先生)レジリエンスと進化をまとめていただけるとどうなるでしょうか?
山極先生)人間の進化の特徴とは、弱みを強みへ それから、逆転の発想なのです。
 類人猿のような胃腸の弱みを持ちながら、子供成長という弱みを持ちながら、その弱みを逆に強みに変えました。それは高い共感能力によって達成していったわけです。そして、逆転の発想によって、個人単位で食べていた食という行為を集団で共感を持って行うようになりました。そして、性を家族の中に閉じ込めることによってトラブルを防ぎました。
 だから人間の社会性、身体や心というものを大きく変えることなしに社会をきちんと保ったままいろんな環境に適応できるようになったというのが人間のリジリエンスの元だと思うのです。
 その元には高い共感能力と そして弱みというものを強みに変えるような想像力がクリエイテビティというものがあったんだろうと思うんですね。

稲村先生)その人間の共感能力、共同性がどのように生まれたのかがよくわかりました。

(集団の利益と家族の利益は相反することがある中で、人類は早い段階でそれらを克服して、両立させる能力(知能)を身に付けたというのだ。その社会性があるが故に世界に進出し、それぞれの環境に適応ができたというのだ。そして、さらに大きな集団を形成する能力を発達させた。「サピエンス全史」では虚構によるコミュニケーションという説明がなされていた部分である。チンパンジーは集団のみで生き、ゴリラは家族のみで生き、両方はできないというのだ。現在、人類のみが持っているこの共感能力、共同性が今後の進化の過程で変わっていくことはあるのか?今の社会を見て考えざるを得ない。)


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