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【エヴァ考察】 新劇の第1使徒

今回は新劇場版で渚カヲルが第1使徒だったことについてです.

1.はじめに

まず必要な範囲でおさらいします.

(1)旧作の第1使徒

旧作で第1使徒はアダムという巨人(第1始祖民族)でした.この者は白き月に乗ってリリスが乗る黒き月よりも先に地球に漂着します.また,アダムは生命の実を持つ使徒たちの生命の源というのが一般的理解です.

そして人間の手で起こされたセカンドインパクトによって卵まで還元されます.

(25’C-304)ミサト「15年前のセカンドインパクトは,人間に仕組まれたものだったわ.けどそれは,他の使徒が覚醒する前にアダムを卵にまで還元する事によって被害を最小限に食い止める為だったのよ」

その卵はアダムの復元を目的とするアダム計画によって胎児まで復元され,いろいろあってゲンドウの手に渡り,その右手に移植されます.

そして,アダムの魂は渚カヲル(第17使徒ダブリス)に宿り,どういうわけかゼーレの手先となってネルフに送り込まれ,シンジの手により最期を遂げます.


(2)新劇場版の第1使徒

次に新劇です.本編で「第1使徒」という言葉は一度だけ登場しました.

(Q・C-1276)カヲル「まさか,第1使徒の僕が,13番目に堕とされるとは…」

これによりカヲルが第1使徒であることが明かされます.本記事の最終目標はこの長らくスッと入ってこなかった発言を読み解くことですが,その前に説明しなければならないことが多いため,ここでは台詞の紹介にとどめます(誠にすまない.cv: 山寺宏一).

(3)注意点

本論に入る前に1つだけ.上記カヲルの台詞のこともあり,以下を読み進める際は旧作以来の第1使徒とアダムの結びつきをいったん切り離していただけると分かりいいかもしれません.

・旧作
第1使徒=アダム,第17使徒=カヲル

・新劇
第1使徒=カヲル,??=アダム



2.新劇のアダム

それでは新劇アダムについて確認していきます.新劇場版でアダムという単語は本編で一度も出てこなかったこと,しかし脚本には登場していたことは以前から触れてきました.

問題は,脚本のアダムが本編に登場しなかったことの理解でした.すなわち,アダムの存在について新劇の制作途中で大きな変更があり存在自体が削除されたのか,それとも存在したけどその存在が伏せられただけなのかです.

自説は後者です.アダムの存在自体は説明可能と考えています(「アダム新劇場版:再訪」).詳細はその記事に委ねてここでは簡単に述べます.下記画像の元ネタを古代マヤ文明パカル王石棺のレリーフと,キリスト教の十字架伝説と理解すると,画像中央下に横たわる人型をアダムと特定できます.

『シン・』の素材でアダムの存在が確認できるので『:破』におけるアダムの変更はその存在が伏せられただけだったと推測できます(もっとも存在が伏せられた理由についてはいまだよく分かっていません.今後の課題です).

念を押すとこれはアダムの存在を証明しただけで,それ以上の意味はないことです.すなわちカヲルとの関係や第1使徒との関係は空白なので別途考える必要があります.



3.アダムとゴルゴダオブジェクト

(1)内容紹介

次に,劇中のゴルゴダオブジェクトの元ネタと言われている星野之宣の短編「Quo Vadis-クォ・ヴァディス-」を取り上げます.

初出は1981年.現在『星野之宣SF作品集成2 SPACE』(光文社)もしくは『サーベル・タイガー』(メディアファクトリー文庫)で読めます.

内容をざっくり紹介すると,地球の近くを通り過ぎようとする未知の十字物体(全長7,777km)を検知します.その物体に対し人類は信号を出したり攻撃したり対応する中で,この物体の内部に活動反応がなく,分子運動や素粒子の活動もすべて静止していることが判明します.この物体は宇宙空間で静止しているのです.人々はこのグランドクロスの状況に動揺します.

我々の太陽系は近くの恒星系に対して秒速20kmで運動している.
その恒星系は銀河系に対し秒速320kmで動き…
(中略)
われわれは今もそういう複雑な運動系の中にいるんです.
しかもそれは相対的な関係であって本当のところは誰もわからない.
基準がないからだ.
絶対的な位置と運動を知るための静止座標が宇宙には存在しないからだ.

「Quo Vadis-クォ・ヴァディス-」

このように,巨大物体はこれまで人類が構築してきた理論ではありえないと考えられていた静止座標だったのです.そして構造物内部を探索しに向かった作中の人物は中で座したまま亡骸となっていた巨人を目撃します(巨人の両手に聖痕すなわちイエスを意味するのでしょう).

クォ・ヴァディスとは,使徒ペテロがイエスに「主よどこに行かれるのですか」と尋ねたことにまつわる逸話ですが,この作品では2000年前にも地球がこの物体と邂逅したこと,そして動いているのは十字物体(神)ではなく地球(我々)だったことから,我々はどこに行くのだろうかという意味でもあった.本記事の関心からは概ね以上の話になります.

(2)検討

さて,注目したいのは十字物体の主と思しき巨人が中で死んでいることです.そしてその巨人はおそらく神であることも.引用の意図はここらにありそうです.『シン・』の次の台詞に結びつくからです.

ゲンドウ「ゴルゴダオブジェクトだ.人ではない何者かがアダムスと6本の槍とともに神の世界をここに残した」

この「人ではない何者か」は神の世界であるゴルゴダオブジェクトを残した存在ですから「神」であり,かつ巨人でしょう.すると先ほどの「クォ・ヴァディス」の巨人と重なります.

ここでこのゴルゴダオブジェクトの「神」とゲンドウがいう人類に2択の運命を強いる「神」とは同じ存在と考えてよいと思います.

そして両者が重なることでこの「人ではない何者か」が本編以前にすでにお亡くなりになっていることも導けそうです.ここでもう一度死海文書です.

このアダムも元ネタでは亡くなっているので同様に亡骸と考えられます.

ゴルゴダオブジェクトの元ネタも死海文書の元ネタもそこにいた巨人は亡骸です.この一致から死海文書のアダムと先ほどの神の世界の主を同一の存在と考えられそうです.そのように仮定してもう少し検証します.

ちなみに彼を囲む円に7つの先端があります.「7」という数字は聖書において完全性を表します.横たわる人型が完全性を備えた存在,神を表しているのかもしれません.「クォ・ヴァディス」の十時物体も全長7,777kmでした.また,そもそもゴルゴダオブジェクトの「ゴルゴダ」とはアダムの墓があるとされる場所で,ネーミングが神の死を示唆していることも指摘できます.

この仮定にさらに次の考察を加えます.「人ではない何者か」=アダムはアダムスの創造主であり,人類にアダムスと6本の槍を人類補完計画遂行のための補助道具として与えたというものです(「アダムスとは何だったのか」).

これにより上記の絵を次のように読むことができます.すなわち,神であるアダムから生えたセフィロトの樹の果実を左右の者が手に取っている描写は,使徒に生命の実を,リリンにアダムスと6本の槍を与えたことの描写であると.使徒の部分は旧作の設定と一致するので理解は容易でしょう.

このようにゲンドウの台詞と死海文書について整合性ある理解ができることから,ゴルゴダオブジェクトを残した「人ではない何者か」とはアダムのことであり,さらに人類に2択を与えた「神」である,と考えられることになります.



4.神とリリス

さて,これまでアダムと第1使徒を切り離した上で,アダムと神を結びつけることができました.ここでアダムとリリスの関係について触れます.

(1)神はアダムだけ?

たとえば劇中で神という言葉が使われる場合,アダムを指していることが圧倒的に多いです.明示的にリリスを神と呼ぶことはおそらく一度もありません.

旧作の一般的理解からすれば,アダムとリリスは共に第1始祖民族で同類の存在のはずですから,アダムが神であればリリスも神と考えられるのですが,何か両者で違いがあるようにも思えます.リリスは神ではないのでしょうか.

そういうわけではないようです.たとえばリリスを神と読める台詞があります.

マリ「知恵と意志を持つ人類は神の手助けなしにここまで来てるよ.ユイさん」

オリジナルアスカ「最後のエヴァは神と同じ姿」

シンジ「父さんの願った神殺し」

『シン・』

1つ目の「神」はアダムよりもリリスの方が意味が通る台詞です.ミサトがヴィレの槍を新造するシーンですが,ヴィレの行いは補完計画に反するのでそれをアダムが手助けするはずがないので.仮に神の助けを観念しうるならそれはリリスしかいない.ということからここの神はリリスを指しているように思えます(もっとも特定の神を指していない可能性も大いにありますが).

次にアスカの台詞における「神」は初号機を指してはいるものの,その実質はリリスです.少なくともアダムではないことはわかるでしょう.

またシンジの台詞などに出てくる「神殺し」はリリス=ユイが人として生きるための"神としての"自死を意味しました.

というわけで神はアダムだけではありません.もっとも,アダムをしつこく神と呼ぶ素朴な理由として,あれもこれも神と呼ぶとややこしくなるからというものも考えられますが,だとしたらそもそも神ではなくアダムと呼べばリリスとの混同は避けられるはずです.

したがって,どうやらアダムを神と呼ばなければならない理由がありそうです.次にその理由を探ります.


(2)失楽園物語

聖書の失楽園物語の話になります(簡単には「初号機の素体」の2).そこでは神が,神の言いつけに背き知恵の実を得た人類が生命の木になる実をも食べ,神に等しい存在になることを危惧していました.

新劇の人類補完計画はこの失楽園物語に由来します.そしてこの文脈における神を担う存在がアダムでした.

したがって,人類に罰を与える存在という点を強調するためにアダムではなく神と呼んでいたと推測できます.以前より指摘してきましたが新劇の補完計画には人類のあがないの意味があり,したがって神の存在は新劇の根幹を支える設定なので強調しすぎることはないといったところでしょうか.

ちなみに,リリスはそのアダムに反逆する立場にあるため,神と呼ばれることが少ないとも考えられそうです(ルシファー=叛逆者としてのリリス).また,思えば先ほどリリスを神とする台詞はいずれも人知を超えた存在としての神という文脈でした.



5.新劇の第1使徒

それでは第1使徒自体についてです.このように知恵の実殲滅作戦の文脈における神アダムという視点は第1使徒を考える上でヒントになります.

(1)新劇の使徒

新劇人類補完計画の文脈で使徒とは何だったのかおさらいします.

『シン・』
ゲンドウ「知恵の実を食した人類に神が与えていた運命は2つ.生命の実を与えられた使徒に滅ぼされるか,使徒を殲滅し,その地位を奪い,知恵を失い,永遠に存在しつづける神の子と化すか.我々はどちらかを選ぶしかない」

『:序』
冬月「生命の実を食べた者たちか」
ゲンドウ「ああ.知恵の実を食べた我々を滅ぼすための存在だ」

これらによって,使徒とは神によって人類を滅ぼすために遣わされた存在と理解できます.まさに使徒あるいは天使.この2つについて辞書的な説明は次のものになります.

・使徒(ギリシャ語:apostolos):原意は「遣わされた者」.キリスト教の重要な任務,福音伝道の担い手.復活のイエスとの遭遇による使命の受諾を通過した者いわゆる「12弟子」に限定されないようです.

・天使(ギリシャ語:aggelos):ギリシャ語の原義は「使者」です.ユダヤ・キリスト教においては,神と人間の中間的存在で両者を媒介する存在.

すると,新劇において第1使徒をアダムと考えることには違和感があるでしょう.アダム=第1使徒ならば,神であるアダムが自ら神の使いとして送られてくる…というのはおかしな話だからです.したがって,聖書における神と使徒あるいは天使の関係に気をつかうと,アダムを第1使徒としない方がすっきりします.

ここにきてようやく冒頭のカヲルの台詞を拾えます.これまでの説明を踏まえると,自身を第1使徒とする彼の台詞は素直に受けとってかまわないといえそうです.

以前,カヲルの自称第1使徒についてアダムの魂を持つことを示唆するためだけに挿入された台詞といった理解をしていましたが,今回単なる自称ではなく本物の第1使徒という理解に変更したいと思います.


(2)やる気がない?

とはいえ第1使徒=カヲル説に困惑する方もおられるでしょう.いくつか疑問が生じるからです.1つは新劇の人類補完計画の趣旨からすると,使徒は人類を滅ぼす存在であるのに,彼には人類を滅ぼそうとする様子が微塵もないからです.兵器としての能力は一切使いませんし(後述).やる気あるのでしょうか.

これについては,そもそもカヲルは他の使徒と役割が異なる点を指摘できます.たとえば,筆者の予想だとセカンドインパクト時のアダムスの制御装置として彼が用いられた可能性.また,彼はニアサーを止め,空白の14年ではネルフの新指令を務めたことが明かされ,さらに『:Q』以降は13号機のパイロットとして補完計画に従事しています.

ニアサーは本来の計画から逸脱しているのでゼーレから送り込まれた身としては阻止する必要があります.

つまり,カヲルは人類の2つの運命のうち前段の使徒による殲滅ではなく,後段の人類神化による知恵の実殲滅に関する執行人として送り込まれた存在と理解することができます.

これは基本的に彼が殲滅対象に数えられていないことにつながります.補完計画に必要な存在だから倒すことはしないというわけです.それだから『:Q』ラストのカヲル排除は本人だけでなくマリも驚いていたのです.彼の排除が計画にはないからです.



6.カヲルに関する問い

さて最後に,他にも第1使徒を渚カヲルとすると生じる疑問があるのでいくつか拾っていきます.ここでは大きく2つ,彼が複製体であるということと,第1使徒であることの意味についてです.

(1)問①オリジナルとコピー

1)渚シリーズ
まず,カヲルが第1使徒としても彼自体は複製体ですから,そこからしてすでに使徒らしくないという疑問です.

彼が複製体というのは『:序』の月面の棺シーンです.

彼が入っていた棺と同じものが並んでおり,そのいくつかは蓋が開いていることから,本編のカヲル以前にそれと異なるカヲルが存在したことがうかがえます.つまりカヲルは複製されており,そのうちの1体が目覚めたのが序の月面シーンと考えるのが自然です.

したがって,カヲルが複製体と考えられる以上,他の使徒のようなオリジナルの存在ではないと考えられます.

次にコピーの何が疑問なのかというと,『エヴァ』では模造品(コピー)はオリジナルとは似て非なる存在として区別されます.

例えば,旧作だとアダムのコピーであるエヴァがアダム亡き後も第1使徒として扱われることはありません.リリスのコピーである初号機も同様です.


2)庵野秀明展
使徒のオリジナル/コピーについて掘り下げるので少し脱線します.以下で庵野さんは使徒のコピーにも第〜使徒という用語をあてていることがうかがえます.

庵野氏による「第11使徒初期デザイン案」『庵野秀明展』
庵野氏による「第12使徒初期デザイン案」『庵野秀明展』

ここではこの「第11使徒案」をそのまま本編のMk4Bとして扱います(第12使徒も同じ).

さて,資料にはどこにも使徒のコピーという文字はありません.しかし,前者の第11使徒(Mk4B)は本編で「Blood type ≈ BLUE」となっています(下記画像).使徒オリジナルであれば近似の記号ではなく等号で結ばれるのが通例ですから,『:Q』冒頭のMk4はオリジナルではない,コピーと分かります.

Mk4は使徒をエヴァに成型したシリーズといえます


後者の第12使徒については,オリジナルは『:Q』後半セントラルドグマで登場したので(下記画像「Blood Type : BLUE」),初期案のMk4A及びMk4C自体はオリジナルの第12使徒ではなく,第12使徒のコピーと考えられます.

以上,資料のいずれも使徒のコピーと結論づけられます.

もっとも,このような説明でなくとも資料の使徒案がコピーだったと指摘できます.『エヴァ』の世界でオリジナルが2体以上になることは基本的にありませんから(TVシリーズに例外がありますが),複数機体からなる第12使徒案は使徒もどきであろうということです.第11使徒案についてもおそらく複合機体でしょうから同じように考えられます.

このように庵野さんの「使徒」の用法にはコピーの場合も含んでいますが,本編では波長パターンや「使徒もどき」呼称等によってオリジナルとコピーは区別されています.

カヲルに話を戻します.彼も複製・量産されているのでコピー品といえそうですが,彼が第13使徒となった際のモニターが「≈」ではなくコロンでした(ここでのコロンの意味はほとんど等号と同じと考えていいでしょう).この点をどう考えるのか.


3)魂と器
これについては,彼が槍を持ち帰れたことの説明と併せて説明しましょう.次の台詞です.

(Q・C-1099~1101)
カヲル「2本の槍を持ち帰るには,魂が2つ必要なんだ.そのためのダブルエントリーシステムさ」
シンジ「それなら,あっちのパイロット〔別レイ〕でもいいんじゃないの?」
カヲル「いや,リリンの模造品では無理だ.魂の場所が違うからね」
※〔〕内引用者註

台詞によれば,聖なる槍との関係で模造品が問題となるのは"魂"についてらしい.レイもカヲルも複製体ですが,カヲルの場合は魂がオリジナルだから槍を持ち帰ることができるとのこと.

このようにオリジナルかコピーかは「魂」の真偽を重視していそうです.先ほどのモニターの表示についてもこれで説明できるかと思います.

そしてカヲルの魂ですが,おそらくオリジナルのカヲルというものが存在しない以上,結局彼の魂のオリジナル性はどこからくるのかといえば,アダムと考えるしかありません.

おそらく器もアダム由来でしょうから,カヲルの造り自体は旧作と同じと考えてよさそうです.

この絵はアダムの体とアダムの魂ということだった


(2)問②ナンバリング順

次にカヲルが使徒であるのはいいとして,"第1"の使徒であることに違和感があるので検討します.

というのも,使徒の番号はおよそ発見順で付されると理解できますが(特に第4以降は),するとカヲルは第2使徒リリスの発見よりも先に誕生したことになり,旧作からの乖離があるからです.リリスが第1使徒でもよかったのでは,という.これについてはよく分かりません.アダムとカヲルのつながりを示唆したかったのかもしれません.

もっとも実際に,カヲルはかなり早い段階で造られた可能性はあります.アダムが亡くなった時期が早い可能性があるからです.たとえば「クォ・ヴァディス」に合わせるとアダムはゴルゴダオブジェクトですでに亡くなられ,亡骸が白き月に担ぎ込まれて送られたと考えることもできます.

新劇で西暦が1万年ほど旧作より経過していることはここに関わるかもしれません.これによりセカンドインパクト以前にゼーレはいろいろ準備できたといった含みを持たせられるようになるからです.つまりカヲルの製造は,第1使徒にふさわしい時期(リリス発見より以前)に行われた可能性は十分考えられるというわけです.

ちなみにアダムはどうしてお亡くなりになられたのか.何者かに殺められたと考えるのが自然かと思います.ここでたとえばリリスの叛逆が想定されます.「神に障壁はない.来るものを全て受け入れるだけだ」といって,おそらくあっけなく亡くなった可能性はあります.自分を殺めても人類の運命は変えられないとでも言い残して.


(3)問③『:Q』終盤の謎

1)13番目の理由
関連してカヲルが『:Q』で13番目として処理されたことについてです.そこでは彼のDSSチョーカーが反応した際,第13使徒と認識されました.

先ほどカヲルが使徒でありながら殲滅対象ではないことは説明しました.それがゲンドウによる死海文書の改定によって殲滅対象となったのですが,問題は彼が処理されるにしても"第1使徒として"処理されなかったことです.死海文書改定はカヲル殲滅の説明にはなりますが,13番目の説明にはなりません.

これについて以前は,カヲルの第1使徒発言は自身の前身がアダムだったことを意味し,カヲル自身は番号のない使徒的存在で第12使徒により使徒の力が覚醒し,新たな使徒となった.そして登場順に倣って「13」が付けられたと理解していました(「カヲル,13番目に堕ちたってよ」参照).しかし,彼を正真正銘の第1使徒と認定するとこのような説明は通らず問題になります.

もっとも,その記事では「13」という数字とカヲルが使徒であることから,聖書における(俗説ではあるものの)裏切り者ユダと関連ありそうだということまでは触れていました.

これが俗説というのはユダと「13」の関連が否定されているからです

ここであらためてカヲルの裏切りについて確認しましょう.先ほどの通りカヲルは第1使徒として人類補完計画を補助する役目を担い,ゼーレに所属しています.

しかし,『Q:』ではシンジと2人で世界の修復を目指し13号機に乗っています.この世界の修復という目的は,「人類は自身ではなく世界を変えてしまう(=人類補完計画)」だったり「エヴァで壊してしまったものはエヴァで直せばいい」とカヲルが言っているように,彼自身はそれを補完計画とは別物と考えています.

したがって,カヲルは独自の関心から世界の修復(引いてはシンジの救済による自己救済)のためにエヴァに乗っています.したがって,彼はゼーレやネルフを裏切っているといえるのです.よって,裏切り者のユダの象徴とされる「13」の数字を冠された使徒として処理されたという理解ができると思います.


2)カヲルの使徒化?
もう1つ,彼のDSSチョーカーが反応した際の「僕が第13の使徒になってしまったからね.僕がトリガーだ」(Q・C-1423)にまつわる疑問です.

DSSチョーカーを一言でいえば,パイロット覚醒によるエヴァの神格化阻止によってインパクトを未然に防ぐ装置です.パイロットの覚醒とは使徒化を意味すると言っていいでしょう.すると,すでに第1使徒であるカヲルが使徒化するのはおかしいので,彼の場合のパイロット覚醒は自身の使徒の力を解放することを言うのでしょう.

これはDSSチョーカーについて「元々は僕を恐れたリリンが作ったモノだからね」(Q・C-923)というカヲルの台詞にも表れています.カヲルはMark.06のパイロットであり,かつ人型使徒です.彼が使徒の能力を解放すればエヴァを用いてインパクトを起こし得る.そのことはネルフの面々にも知れるところとなり,ニアサー以降,万一に備えてチョーカーをこしらえたという趣旨になろうかと思います.

さてそうすると,カヲルは普段は使徒の能力を自ら制御していたと理解することができます.これは旧作のレイやカヲルもいわば等身大エヴァでありながら,つまりATフィールドを発生させられる等使徒の力を備えながら,普段は人として生活していたことにちなんでいます(「綾波レイと等身大エヴァ」).

したがって,カヲルが『:Q』終盤でどうして「使徒化してしまった」のかについては,もちろん彼の意図するところではなく,ゲンドウの計らいによって(第12使徒を介して)強制的に使徒の力を覚醒させられたということになるかと思います.

なお第12使徒とカヲル覚醒の関係については以前から『ウルトラマン』第39話(最終回)のオマージュという指摘がされており本記事はそれに拠っています.


以上,旧作から変わったところもあれば,変わらないところもありました.以前のアダムの存在証明から長かったですが,今回でアダム周辺についてはある程度区切りがついたと思いたいです.


今回は以上になります.最後までお読みいただきありがとうございました.


・本文で参照した記事
アダム新劇場版:再訪
アダムスとは何だったのか
初号機の素体
カヲル,13番目に堕ちたってよ
綾波レイと等身大エヴァ

・参考文献
大貫隆ほか編『岩波キリスト教辞典』(岩波書店,2002年)


画像:©khara/Project Eva.

※追記(2023/4/2)
カヲルの"第1"使徒の疑問について追加(5(3))
※追記(2023/6/18)
カヲルが第13使徒として処理された理由等を追加(6)


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