ワンパンマン

グアテマラ、ベトナム、中国、インドと4か国、計12年間海外で生活した経験を書き綴りたい…

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グアテマラ、ベトナム、中国、インドと4か国、計12年間海外で生活した経験を書き綴りたいと思います。 現在は独立して貿易コンサルタントをやってます。色んな人に見てもらえると嬉しいです。 https://sumiretrading.com/

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  • 世界のベンチマーク

    途上国4か国、計12年海外で暮らした僕のリアルで非現実的なドタバタ経験記

最近の記事

(五) 明日への約束

帰国してからは失業業保険をもらいつつ半年ほどの準備期間ののち、手探りで営業を開始した。取引する相手が法人の場合は個人の口座では何かと支障が出るかも知れないと思い、父の保有する会社の社名を変更して「すみれトレーディング有限会社」とし、そこからの業務委託を受けているという形をとった。「すみれトレーディング(貿易)」という名に特別な意味はなく、花の名前を付ければ覚えやすく、親しみやすいだろうという安易な考えで、花の種類に関しては娘の名前を借用した。  しばらくは個人事業主で活動し

    • (四)おっさんず自分さがし

      さてさて、ひとり立ちする!とは言ったものの何を始めればいいのか皆目見当がつかない。どんな仕事でもできるかできないかと問われればたいていの事はできる自信はある。これまで未知の場所で未経験の事ばかりしてきた。一方でどうしてもやりたい事があるかと聞かれればこちらも返答に困る。いつも自分のやる気に火をつけてきたのは、反骨心やサバイバル本能などどちらかというとダークな感情で世の成功者たちが口にするようなキラキラした情念ではない。「しょーがねーな」と愚痴ってるときのほうが冷静で能力も高い

      • (三) しょせん、犬は犬

        ついに東京で面会したNさんは新進気鋭のベンチャー会社の社長らしからぬ朴訥とした印象の人物で、風貌も柔道界のレジェンド山下泰裕に似ている。年齢も確か同級生か僕より一つ上の同世代で話も合った。バブル崩壊の影響をモロに受けて厳しい就職難を経験している僕らはロスジェネ世代と呼ばれ、あまり他人を信用せず、独立心も強いと言われている。だが、実際は現実の大きな壁に阻まれ、同じ考えを共有していると思ってきた仲間たちが、それまで忌み嫌ってきた仕事をしないバブル世代の上司へこびへつらうようになっ

        • (二) ハローワーク・インディア

          海外で転職活動をしていると面白い事が起きる事もある。職探しについては日本の転職サイトにしか登録してなかったが、インドのヘッドハントエージェントから連絡が入って来た事があった。どこから情報を得たのが謎だが宛先は会社のメールアドレスだったので取引先かうちの現地社員がリークしたのかも知れない。中国に駐在中にも同じような事があったが、その時は元従業員から推薦があったようだ。そういったエージェントは事前にこちらの事をある程度知っていて、細かい職歴なんかを説明する必要はなく、ただ案件を

        (五) 明日への約束

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          59本

        記事

          帰路編 (一) 最後の転職活動

          Oの帰任でさみしくはなったがそれは同時に自分に考える時間を与えてくれるきっかけになった。僕の方でも赴任前に会社と約束した2年を過ぎても何も音沙汰がなかったので改めて問い合わせてみると確認する部署や人物をたらい回しにされるだけでいっこうにはっきりした返答がない。 別に構わない。声を大にして騒いで無理やり帰ったとしても居場所なんてないだろう。プランBに切り替えて自分の行く先を決めるだけだ。こうやって思い返すと会社を信じたかったんだろうなとしみじみと感じる。カッコつけとるけどむち

          帰路編 (一) 最後の転職活動

          (十六) 終焉の始まり

          赴任当初の目的もおおかた果たし、肩の力も抜けてきた頃に社員旅行の話がもちあがった。毎年恒例で執り行ってはいるもののバジェット(予算)が少なく、小学生の遠足程度のものしかできていなかった。今年はみんな頑張り前年度比15%増と大幅に目標を達成したので、派手にやりたいとスタッフが言い出した。それならば予算を超える経費に関しては各自が負担するという同意のもと、インドの一大リゾート地ゴアに向かう事になった。ゴアは1974年までポルトガルの植民地でインドでは珍しくキリスト教の信者が多い。

          (十六) 終焉の始まり

          (十五) 九回裏ツーアウト

          思えば前職でのインド赴任では不甲斐ない結果に終わり、今回こそはと意気込んで仕事に当たったがそれはやはりどこまでいっても自分のエゴの産物で、自分が本当に求められているものや世間の在りようとは無関係でそのツケが廻って来たのかも知れない。  いつも心のどこかで自分が張り切ると組織や人間関係を壊してしまうのではないかという恐怖がある。わかってる。俺は自分勝手で本当は人のことなんて考えていないのかも知れない。一方で薄情(僕から見て)な連中が勢いと厚顔を武器に世間を渡り歩いていくのを羨

          (十五) 九回裏ツーアウト

          (十四) 裏切りの叫び

          僕が赴任したアーメダバードはインド現法の本店ではない。メインオフィスはインド最大の商業都市ムンバイにある。20人近いスタッフがいるムンバイは家賃を含め圧倒的に経費が高いのだが、あまり取引は発生しておらず、それにとは逆に経費の安いアーメダバードにおいて売上が急上するという逆転状態が発生し始めていた。  ムンバイにいるF代表は日本ではトップセールスマンとして名を馳せていた人物だが、インドの展開では苦戦していた。彼の営業ノウハウは基本的に上海駐在時代に培ったものだ。当時高成長バブ

          (十四) 裏切りの叫び

          (十三) 約束の地

          さて、本編に戻ろう。外務省事務次官Mさんの紹介によって僕たちはインド軍事企業BELを訪問する運びになった。バンガロールにある本社に伺う。 バンガロールはインドIT産業のメッカと呼ばれで米国企業のコールセンターやソフトウェアの開発などの産業がさかんでインドで最も発展している都市だと言われている。BELの事務所は都心部から1時間ほど離れた町外れにあったが、建物は意外にも質素で高級感のある作りだが、ビル内には全く人影が見当たらない。ただし、入口のセキュティは厳しく携帯からカバンま

          (十三) 約束の地

          (十二) 宴のあと

          大きな大会が終わっても、僕とプージャンの日常は変わらず練習の日々は続いた。ただそれ以降アニールは道場には現れず、他の生徒たちもやり甲斐がなくなったのか全く姿を見せなくなった。噂で聞くところによると、アニールは国内で非公式の総合格闘技の試合に出場して1勝1敗。その後、アメリカに渡ったようだ。Facebookで時々マッチョになった身体をアップしているのを見かける。今でも格闘技を続けていてくれると嬉しい。 その代わりといってはなんだが、アーメダバードに駐在していた日本人がちらほら

          (十二) 宴のあと

          (十一) 空道ワールドカップ!

          2017年2月10日、インド最大の商業都市ムンバイにメキシコ、グルジア、ロシアなど世界各国から選手団が到着した。主催国であるインドではワールドカップ本戦の前日に選抜大会を行い、各階級より2名を輩出する。  空道は柔道のように階級制で争うが、身長と体重を足した体力指数という独特の基準を用いる。我がアーメダバード支部からはアニールが-230(例:身長165cm+体重65Kg以下)、プージャンが-250(例:身長175cm+体重75Kg以下)で出場した。    インドの格闘技のレ

          (十一) 空道ワールドカップ!

          (十) 文化と武道の相関性

          日本と海外では同じ指導をしても全く反応が違う。国民性というか反応のクセみたいなものがあって、例えば楽天的なラテンの人々はよくダンスをする為か動きが柔らかくノビノビとしている。序盤からイケイケだがその反面、不利な状況になるとすぐ勝負を投げる傾向があったりする。  インドは全く想像がつかなかったのでどうなるかとワクワクしていたが、案の上ものすごく独特だった。まず、対人練習でリズムを合わせるのが苦手。常に交渉で間の取り合いをしているからか相手に合わせるのは体感的に負けを意味するの

          (十) 文化と武道の相関性

          (九) コーチから会長へ

          さてさて、ひょんな流れから空道を指導する事になった訳だが、そもそも僕は空道をやった事がない。伝統派空手と総合格闘技の経験はあるが、自分が未経験の競技に対してどこまで有効な指導ができるか未知な部分もあったが、少なくとも今の彼らよりはレベルを上げる自信はあった。 指導を始めるに当たっては条件をいくつか付けた。まず、お金は取らない。これは僕がインドという国で働かせてもらっている事に対するお礼という気持ちがあったのと、日本の会社の支店の責任者としての立場もあるので正規のトレーナーと

          (九) コーチから会長へ

          (八) 番外編・インドで空手師範になった件

          いつものちょびっと寄り道。これまで海外の各地で格闘技を通じて交流を図ってきたが、今回のインド駐在においてもご多分に漏れずやってきますたよ。なかなか世界各地で外国人と殴り合うってないよね(笑)。  僕の赴任したグジャラート州はガンジーの出身地らしく、ベジタリアン・非暴力の文化性なのでなかなか格闘技のジムや道場などは見つからなかった。ネットで探しても道場名が「ブラックドラゴン」とか動画を見ても明らかに胡散臭いのばっかでとてもじゃないけど練習なんかできない。  そんな時に街中の

          (八) 番外編・インドで空手師範になった件

          (七) カメラを止めるな!

          依頼はインド最大の発電会社タタパワーからやってきた。発電所はムンバイ港の岸壁沿いにあるのだが、海上からやってくるボートを監視するのだという。  これには政治的背景があって、2008年11月にムンバイ同時多発テロという事件があったのを記憶している人はいるだろうか。インド最大の都市であり、商業の中心地でもあるムンバイ(旧ボンベイ)でホテル、駅、病院、レストランなどに同時多発的に10件のテロが発生し、174名が死亡(うち34名が外国人)、負傷者239名という大きな惨事になった。犯

          (七) カメラを止めるな!

          (六) リスク処理班

          さてさて、どうするか。僕が会社のオーナーなら何か問題があれば部下に報告するように言う。これ建前ね。言うわけねーじゃん。これまで何度も上司や会社の不正やミスの尻ぬぐいをしてきたし、逆にそれを使って追い込んだ事もある。表向き性善説&減点方式のニッポン文化を変えない限りここは改善しないわな。  既に生産開始してる分だけでも僕のポケットマネーで解決しようにも500万円。ちとキツイので泣きを入れて減額してもらうか、開き直るか。最悪のケースを想定しながら、ハルディックとこの詐欺師からど

          (六) リスク処理班