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メリーポピンズの投げかけ~言語はどこからきたの?~

こんにちは!

地球を舞台に人類80億総ミュージカル制作。レ・ミゼラブルを超えるJapan Mission Musicalプロデューサーおりょうです/心感覚アンバサダー/ジ―ニマミスト

さて、以前も一度メリーポピンズネタで記事を書いてますが、

令和哲学とメリーポピンズ

この素晴らしい『メリーポピンズ』という作品に対して、まだまだ溢れてくるものがありまして、
筆をとっています。




この作品には、たくさんの有名なシーン/曲があります。
その中のひとつ。

『 スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス』

この歌の出てくるシーン。
哲学的に
言語の本質を語っているんです~~~

(文化芸術作品の中には、哲学が入っているものが本当に多い)

「言葉をみずからつくってしまう!!!」

そんなことにびっくりする子供たち、
だけど、メリーは言いました。
「言葉は誰かがこしらえたものよ」

シンプルに考えられる人なら
すぐわかっちゃう。
そうなのですよ、
誰かが生み出したもの。
最初は名前は一個もなくて、
全部繋がっていたのに
それを誰かが名前をつけて
呼びはじめた★

その繰り返しで世界は名前だらけになっている。

言語哲学者のソシュールはこういいます。
「物事という境界線が最初からあったのではない。
物事があって、名前を付けたことで境界線が生まれた。」

以前ソシュール含め言語についてプレゼンをした資料

もし、先に境界線があったならば、
英語と日本語で境界線は一緒のはずです。
しかし、英語では姉も妹もシスターと呼びます。
日本語では分けるところを同じ単語でひとくくりにしています。

蝶と蛾は別ものとして日本では呼びますが
フランスではパピヨンと同じくくりになっています。

名前があったところに人間がうまれたわけではないのです。
これは誰かが名前を付けたことの証明にもなる話。

だから、実はわたしたち一人一人ももっと自由に
自分で境界線を引いて
名前をつけてもいいんですよ!

メリーがまさにそれを実践してみせてくれました。

そして、ラストシーンに近づくところ
銀行のシーンの最後
パパもいきなり歌います。
♪スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス♪

アンコール写真

これまでは、周りの誰かがつくったすでにある言葉に翻弄されているときには
とても苦しい生き方だったパパ。

自らの中にある遊び心を、自ら開花させて
辞書にのっていない言葉を歌う♪あのシーンは
本当に感動的です。
泣き笑いしそうにいつもなります♪

 スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス

がなぜ魔法の言葉なのか。

私たちはいつも言葉と、その言葉について回るイメージに縛られています。

誰かがつくった言葉に合わせて生きてきたのが
これまでの人類でした。

自由になりたい。
そう思って何度も何度も
新しいチャレンジをしても
新しい自分になんか簡単になれない。
そう思っている人は
誰かが創った言葉にとらわれているからです。

その言葉から自由にならない限り
新しい行動をしても
新しい考え方をしても
根本が変わらないので
変化しても
また元に戻ってしまうのです。


言語の限界について参考に
『心感覚』(P78他)をお勧めします。
言語の限界突破して
クリエイティブな生き方をしていきたいものですね♪

メリーポピンズやコリーは
きっとそんな言語の限界もわかって
クリエイトな言葉を売っていたんだと私は思います^^★

魔法を使うには言語にとらわれないことが必要なのです♡

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