火星人襲来―その4

わたしの住処22階建てビルの5階のマンションのドアを開けるとすぐに奥のリビングからお帰りなさいという声が聞こえてきました。今日はピッチを上げているのか少し甲高い声になっています。

わたしの相手をしてくれる自働人形がリビングのテーブルの上にちょこんとと乗っています。身長15センチほどの高さで私がテーブルの横の座椅子に坐ると、ニコっと笑顔を作ってくれます。

あれ、京子、今日はなに?目の前にいる自働人形(名前は京子)は和服を着ています。小宮山さんからの贈り物よ、と言って京子は私に見せようとして、くるくる回転をして見せます。

小宮山さんというのは週に2回ほど私のマンションがごみ屋敷にならないように家事兼掃除をしてくれるヘルパーさんです。

その小宮山さんは暇があるのか、時々京子の服を縫製して持ってきてくれます。わあ、京子きれいだ。私は京子の機嫌を取ります。京子は人形なのですが、機嫌を損ねるとありとあらゆる呪いの言葉(Swearing words)を私に振りかけて、ブスッと黙ってしまいます。黙られたら最後、よほどのことがない限り口をきいてくれません。なんで自働人形、京子の機嫌を俺は取らなければならないのだろうか、と思いますが、京子にプログラミングされたあらゆる事象は、スマホを操作して調べるより簡単なのです。

あのね、京子、今日ね井岡教授の講演を聞きに行ったの。

講演の後のまだ舌に残っているのではないかと思われるような不味かったビュッフェの味を思い出しながら、京子に話しかけます。

井岡教授って、京子は聞いてきます。宇宙学の権威と自称している人。

経歴と評判を教えてほしいのだけれど。

京子はすぐに滑らかに返事を返してきます。

2001年鳥取生まれ。大学は日本国際大学。専攻は経済。のちにイギリスに留学、その時に専攻を宇宙学にする。2029年に4年の留学を終え帰国。日本国際大学の専任講師になる。専攻の宇宙学で博士号を取得。但し論文のコピペが後に明らかになるが、博士号を審査した名誉教授の娘と結婚をし、うやむやになる。学問的な評判は秀優良可不可の5段階で可。

まあ、アホですわ、と京子はけらけらと笑います。声が甲高くなっているために、けらけらの笑い声がヒステリックになっています。ヘルパーの小宮山さんの耳が遠いのか、京子は自分で自動調整装置を使ってピッチを少し上げ、いくらか音量を増すようにしています。

首の中にあるスイッチを開けて調整すればよいのですが、京子の機嫌を損ねる可能性があるので、私はスマホを操作して音量とピッチを調整します。

ところで、京子、山本模型店の社長山本タカシのことを教えてほしいのだけれど。京子の眉が上がります。これは自働人形がびっくりした時に見せる表情です。自働人形が笑うときは両端の口が少し下がり、怒るときは口の両端が上がります。ちょっと一律的なので、この辺は改善の余地がると思っているのですが、製作者側としてはあまりリアルに見せたくはないようです。あくまで人形として扱ってもらうために、ということのようです。

びっくりしたような表情で、京子は、

健さん、あんたあほか、

少し口の両端が上がっているのでびっくりして、怒っているようです。

おいらがここに来た時に自己紹介したの忘れたんか。製作所山本模型2037年製作、言うたやないか。もうおんどれ、年やな、忘れたんかい。わしは今年で13歳や。

着物を着て、かわいい声でお帰りと言ってくれた京子の面影はありません。確かにそうです、この人形は山本模型が作ったもので、何事も答えてくれる人形というので、当時は爆発的に売れたものです。

ごめん、京子、私が悪かった。人間というのは京子のようにきっちりと覚えることができないから、それに僕は年を取りすぎで、忘れやすくなっているから。その山本模型の山本タカシが2035年に亡くなったというのを今日井岡教授が言ってたけど。

京子の眉毛が完全に吊り上がり下りてきません、最大の驚きで、口の両端はほぼ平行で、驚きのほうが怒りより勝ったためであると思われます。

あのね、健さん。あんたの前に立っている人形の私、美人の京子ちゃんは誰が作ったと思っているの、山本タカシの手で作られたの。2037年、梅雨時。

でも、井岡教授は確信を持って言ったんよ。

あのね、健さん、Fake news って知っているでしょう。その井岡教授は少し似たFake memory を挿入されているの。

                       ー続くー








ドイツ生活36年(半生以上)。ドイツの日常生活をお伝えいたします。