キャッチコピー

海外向けの日本食番組の取材で、とある鉄板焼き屋さんに行った時のこと。

素晴らしい和牛を仕入れるそのお店は
鉄板ではなく岩石で肉を焼いていた。

詳しい効能は忘れたが、熱がこもりやすい非常に珍しい岩石で、しかも鉄板に使うのは一枚岩。とてつもなく高価なものだそうだ。

肉にはじっくりと火が通り、和牛の美味さを最大に引き出すのだそうだ。

こだわりのある店は全てが凛として、清々しい。

店内はヨーロッパのアンティーク家具であしらわれていて、シェフのおじいさんは、いわゆる洋装のコックコートをパリッと来こなしていて、白い口髭と優しい目をしていた。

ランチのピークタイムを終え、奥からやあやあと出てきて、エプロンを外すと、僕ら取材班の前に座った。

取材に必要な項目を質問すると、外見から予想したのと同じように優しい口調で細かく説明をしてくれた。ほんの少し、わずかに面倒臭そうな雰囲気があった。きっと夜のために早く休憩したいのだろう。

ちゃんとした人というのは、大抵の場合、取材者に対して礼儀正しく、同時に少し面倒臭がる。早く肉を焼きたいのだ。これは、プロフェッショナルであれば、当然の生態だ。

良い店だな。取材したいなと、僕は思った。

プロフェッショナルは必ずしも説明が上手いとは限らない。たくさんを知れば知るほど、言葉にするのは難しくなり、選ぶ言葉はびっくりするほど当たり前の言葉しか出てこないことがある。

それでも、同じような質問を繰り返していたり、話を続けていると、ふとその人から思わぬ言葉が出てくることがある。

接客で気をつけていることを聞いた時だっただろうか。その人は実にさらりと

「お客さんに寄り添うこと」

と言った。

宮崎駿みたいな白ひげと、実に優しい目、実に優しい声で、寄り添うと言った。

こんなに良い言葉があるものだなと、その時思った。

同じような意味のことを、ある人は、お客様のために、と言ったり、ある人は、お客様を第一に考えて、とか言ったりする。

しかし、その優しいおじいちゃんは、お客さんに寄り添うと言った。

寄り添ってきた人じゃないと、出てこない言葉だと思った。同じ意味でも言葉が違うだけで、これだけ人に伝わるものだと、本当に言葉の強さを感じた瞬間だった。

こういう最高の瞬間に出会えると、頭の中では動画の編集が始まる。おじいちゃんが朝晩丹念に肉を仕込む。お客様に出す前に魂を込めるように岩石鉄板を焼く。高温に汗を流しながら、時間を見計らって客席に出て行く。お客さんと束の間の談笑をするおじいちゃんには、満足気な笑顔が浮かぶ。そこでこのセリフ、「お客様に寄り添う」

誰もが言葉以上に、この言葉の豊かさに気付かされることだろう。

しかし、その後の調整で、このお店は結局取材することができなかった。

動画にできなかったのは残念だが、何より残念なのは取材費であの美味そうな肉を食うことができなかったことだ。

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