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フィル・ブラッドリーという男

割引あり

1959年、アメリカ合衆国インディアナ州に生まれた
本名フィリップ・プール・ブラッドリーは
ミズーリ大学在学中、クォーターバックとして
ジャパンボウルに出場するため来日するなど
野球のほか、アメリカンフットボールでも
高い身体能力を誇っていました。

1981年、MLBドラフト3巡目で
シアトル・マリナーズから指名されて入団すると
1985年には打率3割、26本塁打、22盗塁を
マークしてレギュラーを獲得、
オールスター出場にベストナイン選出など
すぐにチームの中心選手となったのです。

その後もコンスタントに140試合以上に出場しながら
打率3割、40盗塁など安定した成績を残して
移籍したフィラデルフィア・フィリーズや
ボルチモア・オリオールズでも
リードオフマンとしてスタメンに名を
連ねていましたが
1990年のシーズン途中、運命を変える出来事が起こりました。

試合中のハーフスイングで左手首を痛めた
ブラッドリーは戦線離脱を余儀なくされると
ホワイトソックスにトレードされた後も
痛みが再発、117試合に出場したものの、
来季の所属先が見つからない状態と
なっていたのです。

ちょうどその頃、7シーズンに渡り人気を博した
クロマティがチームを去り、
前年の日本シリーズで4連敗を
喫した西武ライオンズを倒すべく、
キーマンを探していた読売ジャイアンツは
イチローに更新されるまでマリナーズの
新人最高打率と最多盗塁記録を持ち、
前任のクロマティとほぼ同数となる
メジャー通算1058安打の実績を誇っていた
大リーガーに白羽の矢を立てました。

NPB数球団が興味を示すも
度重なる怪我を懸念して
獲得を見送るなか、チームの看板スター原辰徳の
9400万円を上回る年俸2億7000万円を用意すると
身長183センチ、体重84キロの助っ人は
海を渡って来たのです。

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