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TERIYAKI ROAD

醤油を焦がした匂いというのはなんとも言えない。
あっという間に食欲をかきたてる。
お煎餅とかイカ焼きとか焼きもろこしとか磯辺焼きとか。
炒飯ならあえて鍋肌に醤油を垂らして香ばしさを米に纏わせる。
確実に食欲のスイッチを押しに来る。

それにも増して醤油に砂糖や酒を加えると危険度が増す。
あの香ばしさの中にふわりと甘みまで感じるのだから。
一瞬で腹が減る。涎が出る。

渋谷の井の頭線にマークシティ口という改札がある。
井の頭線のホーム中央から階段で降りた場所。
だから改札は高架下に存在している。
トンネルのようになったその高架下は危険なエリアだ。
夕方には駅を出たと同時に腹が減ってしまう。

そのトンネルの109側には森本という老舗の焼き鳥屋がある。
知る人ぞ知る名店。鰻太巻串も名物。
当然のようにそこからはあの甘い香りがモクモクと漂っている。
そしてそのトンネルの反対側、246側センター街にはこれまた老舗の鳥竹が存在している。
ここはランチもやっていて昼間からモクモクと香ばしい。
風のない日は高架下の両側からこの匂いが迫ってくる。

昔から超人気店だけれど最近は外国人観光客に知られているらしい。
毎日のように列をなしているものだから煙が絶える暇がない。
焼き鳥のタレが鶏の脂と共に炭の上に落ちて煙を上げる。
あの甘い匂いがあっという間に高架下に淀んでいく。

外国人の若い人がテリヤキソースと確かに口にしていた。
そうだな。甘くて醤油を焦がしていればそう思うだろう。
同じようなものと言えば同じようなものなのだ。
照り焼きとか、みたらしとか、煮物とか醤油と砂糖の焦げたやつだ。
だがこれはタレなのだよ。ソースじゃないのだよ。
何十年も毎日毎日継ぎ足してきた鳥と鰻の脂を含んだタレなのだ。
タレってなんだよ。なんなんだよ。この匂いの魅力はなんなんだ。
新宿のションベン横丁とかも危険だけれどもマークシティ口は危険すぎる。
京王線の駅員さんはたまったものじゃないだろう。

あのあたりだと安くて24時間営業の山家もある。
織田さんと始発まで何度呑んだだろう。
結局、いつも織田さんは座ったまま寝ていた気がする。
ションベン横丁ならきくやさんだな。
お世話になりました。

すっかりTERIYAKIは世界共通語になっていたようだ。
きっと渋谷や新宿に来た外国人観光客は忘れないだろう。
TERIYAKI ROADが存在していることを。
ほんとうはタレなんだけどな。
なんだったらあの煙を肴にして塩の串にワサビや七味をのせてビールで流し込むのが一番美味しかったりするんだけどな。

あの煙の匂い。
子供の頃はどこの駅前でもしたんだよなー。
改札を出たらもう一瞬で腹が減った。
駅前のごちゃっとした辺りから漂ってきた。
でも今は駅前がどんどん区画整理されていて煙を出す店も減っている。
屋根のあるアーケードなんか煙が出る店がなくなった。
街は綺麗になった。
住みやすくなっているのかもしれないけれど寂しくもある。
煙を嫌ってはいけないよ。
人の暮らしと共に煙はずっとそこにあったから。

煙なんてあやふやに思えるけれど、僕たちは煙のようなものなのだ。

明日もあの界隈は香ばしいだろう。
したたるタレの焼き鳥を頬張って、んん!なんて親指を立てるだろう。
明日も煙が人を呼ぶ。
明日も僕は煙のようにたゆたうだろう。

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