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寅次郎がいなくなった日本で

子供の頃は「男はつらいよ」の良さなんてこれっぽっちもわからなかった。
ハイティーンになってからふと正月映画を観に行ったのが映画館で観た最初。
その映画館の持つパワーに自分は圧倒されてしまった。
色々な舞台や映画を見まくって役者として勉強をしていたおいらにはカルチャーショックも良い所だった。
立ち見が出るほどの大入り、それまで見てきた映画館とは違う雰囲気。
自分の列は全ておじちゃんおばちゃんで、両隣はおばちゃんだった。

映画は静かに観るものだと思っていたけれど。
そこはまるで違った空間だった。
とにかく笑う。それも下品にがはは、げらげらと。
海外のコメディだってこんなに笑っている映画を知らなかった。
くすっとか、会場が一斉にははって笑う場面はあってもあんなのは。
そしてその笑いがピークになった時。
隣のおばちゃんが爆笑しながら、おいらの太ももを叩いた。
ひぃひぃばんばん。
嘘だろ?こんな世界が有り得るのか?衝撃だった。
そして、最大の衝撃は一緒になって笑っている自分と、ラストの寅次郎の背中が切なくて切なくて、流れてきた涙だった。

それから全部ではないまでも近所のレンタルビデオ屋にある「男はつらいよ」やテレビでやるたびに観て、最新作が楽しみになった。
寅次郎はいつだってシャイで不器用で短気で、そして何よりも優しかった。
恋なのに、愛のように求めずに相手を思った。
山田洋次監督がすごいのか、渥美清さんがすごいのか。
そんなの皆目わからないほど、境界線がなかった。

渥美清さんが亡くなったと聞いて酷くうろたえた。
遺作を観に行った。
その翌年公開された特別編を観に行った。
とらぁ・・・って小さな声が聞こえた。
自分が言ったのかもしれないと思った。

スクリーンの中で寅次郎はまた旅に出かけた。
すこし傾いた肩と広い背中と帽子姿で、またフウテンは旅の空。
映画の中では亡くならなかったけれど。
皆が戻ってこないって知ってた。

寅次郎がいなくなった日本で。

極端に人情モノの映画がなくなった。
あるのかもしれないけれど、なくなった。
現代を切り取ろうとすればするほど、人情が消えていく。
かつでの任侠物の映画を「仁義なき戦い」が駆逐したように。
任侠も仁義も、時代に相対化されてファンタジーになっていく。
それと同じように、隣近所の社長と喧嘩するような風景は滑稽になっていく。
部屋に閉じこもって恋人を待つ映画が日常と言われるようになっていった。

ALWAYS~三丁目の夕日がシニア層を中心に大ヒットをした時に思った。
どっこい今の人だって、人情に飢えているんじゃないかって。
確かに人情モノの映画をお涙頂戴だ!なんて非難する人は多い。
自分だってどこかリアルに感じないことがある。
もっと今の人はドライだからなぁって違和感は拭えない。
それなのに、どこかで求めているんじゃないかなぁ。人情を。
「情けなき人々」であるわけがないのだよ。
人情がなくなっているわけがなかった。

セブンガールズはかっこわるい映画だと思うよ。
お洒落な映画がたくさんある中で、なんともみすぼらしい。
それに中身だって不器用な映画だと思うよ。
作品の中に生きている全員もそうさ。
みっともなさを丸出しで生きてる。
軽いノリでこの映画を観てしまえば、なんじゃこりゃ?になってもおかしくないよ。最初の一時間で匙を投げる人もいるかもしれない。
でもさ、美しくて、とてつもなく優しいってことに気付くよ。
どこかで、一瞬で評価が変わるよ。
ガキの頃の自分が「男はつらいよ」の良さがわからなかったようにね。

だってさ。
信じられないだろう?
たくさんの愛情を受けて映画化出来た映画だ。
だから恩返ししなくちゃって一生懸命取り組んだんだよ。
それなのにさ、それなのにさ。
観てくれた人たちが今度はたくさんの愛情をくれる。
こんなのさ。
もう、映画じゃねぇよ。うん。
これは人情そのものだよ。
ここに人のぬくもりを感じたからだとしか思えないよ。

寅さん。なぁ、とら。
あんたは今頃、どこの旅の空だい?
あんたがいなくなってから、まったくせちがれぇ世の中になったもんだぜ。
誰かが不倫しただけで人格も人生もそれまでも一斉に攻撃するような世の中になっちまったよ。
間違いを起こした友達をかばったら、謝るまで攻撃するような世の中になっちまったよ。
コッカイギインたちは誰かが喋る時に、馬鹿にするような笑い方をする方がかっこいいと思ってるようだしさ。
ゲイノージンたちはあなたがいた頃の会社員よりも窮屈そうさ。
おいらみたいなのは、社会不適合者としか見られないんだぜ。
なぁ、あんた、どこの旅の空だよ。

でもさあ、寅。
こんな世の中でもさぁ。
いるんだよ。
無口なあんたの優しさをもった人たちがさ。いるんだよ。
おいら、宝さがしみたいに見つけてる。

涙ぼろぼろ流してさ、ぐちゃぐちゃなのに笑うような。
そういうのだよなぁ。
悲しいくせに、精一杯でさぁ。
笑顔を見せてくれるような、そんな優しささぁ。

寅が旅から帰ってとは思ってないさ。
こっちは生きづらいもんな。
でも、おいら、ここで生きていくんだ。
ひょこひょこ動く寅の背中を思い出しながら。

おいら、寅次郎がいなくなった日本でも、人情を大事にしていくよ。
だからと言って、友達の中だけでそうしていくつもりはないよ。
なぁ、寅。
おいらも旅の途中さ。

また誰かに会えるかもしれないっていっつも思ってんだ。

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