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合同誌「少女文学 第一号」小野上明夜サンプル

合同誌「少女文学 第一号」の私の分のサンプルをご紹介します。

※「少女文学」については↓の記事をご覧ください。


「白き寿ぎ」

あらすじ

足の悪い妹・千香は突然空へと旅立った。葬式の夜、眠りに就いたはずの香織は気が付くと空の中をどこまでも落下していた。パニックに陥っていた彼女を助けてくれたのは、身も心も「天使」に見えたのだが――

某先生に今回一番の「問題作」だと言われましたが(笑) ソンナコトナイヨ! 一昔前の少女小説って、割と怖い話もあったよなーっていう、そういうお話です。ちなみに記事タイトルで使用しているイラストは、この話をイメージして作成していただきました。

※※※

 気が付くと、古泉香織は青空を貫くように落下していた。
「え――え?」
 間抜けな声を出しながら見回しても見回しても、あたりは延々と続く青い空。明るく降り注ぐ日差しの中、制服姿で垂直に落ちていく香織を尻目に、あちらこちらに雲がプカプカと浮かんでいる。のどかな景色と耳元でごうごうと鳴る風が不釣り合いだ。
「だ……誰、かっ」
 これは夢だ。悪い夢だ。妹が死んだばかりだから、悪夢を見てしまったんだ。理性はそう思い込もうと必死だが、学校指定のローファーの爪先が空を掻く虚しさは生々しい。スカートの端がめくれ上がるのにも構わず、香織は必死になってじたばたともがいた。
「うわっ!」
 不意に驚いた声が聞こえた。同時に香織の体は横から抱き留められ、落下が止まる。どっと冷や汗が出たが、助けてくれた相手を見上げた瞬間、礼を言うのも忘れて香織は固まった。
「ああ、失礼。私としたことが」
 ばさり。空気を孕んだ羽をふくらませ、見知らぬ顔が香織より先に困惑をしまい込む。
「……天、使?」
 天使がこちらを見下ろしていた。香織の語彙では、そうとしか表現できなかった。
 男とも女とも判じがたい、柔和な顔付きの若者だ。あたりに浮かぶ雲のように白い巻頭衣に身を包み、大きな一対の羽を持っている。
 アニメのコスプレのような風体だが、その身を香織ごと空に浮かせる力を持った羽はハリボテとは思えない。ゆるやかな羽ばたきだけで二人分の浮力を得られる代物なのだ。
 羽から眼を逸らせない香織と同じく、天使もまた香織の背中が気になって仕方がないようだった。
「大丈夫ですか。痛くは……なさそうですが。もう傷は塞がったのかな」
 その、いかにも気の毒そうな質問を聞いているうちに、じわじわと実感が沸いてきた。冷や汗に濡れたうなじが風に冷えていく。
 これは夢じゃない。少なくとも、普通の夢じゃない。
「えっ、な、なに!? あなた、誰!? ここ、どこ!?」
「私はタオ。ここは私たちの街、ツヲネキナです」
 タオと名乗った天使はスラスラと答えてくれた。
「わ……私は、古泉……香織です」
 フルネームを名乗って大丈夫だろうか。少しばかり不安も感じたが、個人情報漏洩などにこだわっている場合ではないと思い直した。もっととんでもない何かが起こっているという予感が、さざ波のように心臓を撫でている。
「カオリ、ですね。カオリ、失礼ですが、迷われたのですか? なら、私の家にご招待しましょう。すぐ近くですから」
 タオが大きな羽を下へ押しやるようにしながら目線を上げる。つられて香織も上を向いた。
 遙かな頭上ではゆっくりと旋回する風に乗り、雲の小島に建てられた無数の白い塔が無限の回転を続けていた。その間をタオと同じような姿の天使たちが楽しげに飛び回っているのが、かろうじて見える。
 タオがそのまま高度を上げ始めた。他にできることもなく、香織はその腕にしがみついているしかなかった。
 途中、そっと下を見る。空とも海ともつかぬ青が、底も果てもなく広がっていた。
千香が落ちた崖より高い。背筋がゾッと冷え、爪を立ててしがみつく香織に痛いとも言わず、その体を優しく抱いてタオは高度を上げ続けた。


 辿り着いたタオの家は、雲の小島の上にある塔の一つだった。籾殻のような物を丁寧に積み上げてできた内部には、壁のあちこちに鳥の巣箱めいた、小さな部屋が作り付けられている。
 タオは小さな部屋の一つまで、香織を難なく抱えていった。難なく、といっても優に数十メートルは飛んだ。客間に当たる場所らしく、天使たちの抜けた羽を詰めたクッションがいくつも並べられているが、クッション以外の家具はベッドと戸棚のみ。機械の類は見当たらず、生活レベルもメルヘンの領域にあるようだった。
「とりあえず、あなたのお話を聞かせていただきましょうか、カオリ」
「は、話って言われても……」
 柵などの落下防止措置もないため、部屋の端からできるだけ離れて座った香織にも状況はさっぱり分からない。
「千香の葬式が終わった日の夜……自分の部屋で、寝ました。それで……気付いたら、空から落ちていて……」
 どこまでも底抜けに落下する感覚を思い出してしまい、強くクッションに爪を立てる。
「チカさんというのは、妹さんですか」
「え? よく分かりましたね。ええ……そう。私の二つ下で、ついこの間、家族旅行に出た先で……」
 崖から飛び降りて、と言いかけて香織は唇を引き結んだ。
 海辺の景色を楽しんでいる最中、突然あの崖の上に行きたいと言い出した千香。千香の要望に惜しみなく応じてきた香織と両親は、額に汗して彼女の乗った車椅子を押してやった。
 そして千香はいきなり全てを投げ出した。車椅子も家族も捨てて、空へと飛び立った。
 無傷で残された車椅子を処分するのも忍びないので、千香と同じように苦しむ人々のために、寄付でもするのがいいのではないか。明日になったらお父さんたちに相談しよう、そう思いながら自分の部屋で眠りに就いたはずの香織は、気付けばここにいる。 
「なるほど……それは、お気の毒なことが重なりましたね」
 明確な説明はなかったが、事情を察したのだろう。神妙な顔でうなずいてくれるタオに、香織はうなだれた。
「ええ……きっと両親も心配していると思います。とにかく、急いで家に帰らないと。千香が死んでしまった上に、私までいなくなったら、どれだけ悲しむか……」
 会社役員の父。元教師の母。二人の娘たちに、惜しみない愛情を注いでくれる両親。特に千香が幼くして足を悪くしてからは、香織はお姉ちゃんなんだから妹を守ってあげねばならないと、よく言い含められていた。
 二つしか違わない香織だって十分に子供だったのだが、それを不満に思ったことはない。姉として、千香の世話をするのは自分の使命だと香織は認識していた。時に繰り出されるワガママにも、不自由な身では無理もないと捉え、できるだけ応えてきた。
「分かりました。仲間たちにも呼びかけて、あなたをおうちに返す方法を探しましょう」
 なんのためらいもなく、タオは笑顔で請け合ってくれた。ありがたい反面、あまりの躊躇のなさに、香織はなんだか嫌な予感を覚えた。
「だ、大丈夫? 私自身、どうやってここに来たか、全然分からないんですけど……」
「不安な顔をしないでください。ここの人たちは、みんなとても親切です。困っているあなたを見捨てたりはしませんから」
 慈愛に満ちた表情でタオが言ったことは本当だった。その呼びかけにより、ぞくぞくと集まってきた天使たちはいずれも香織を心底気の毒そうに見つめ、優しい言葉をかけてくれて、家に帰れる方法を探すと請け合ってくれた。詰めかけた彼等の重さで床がギシギシと鳴り、香織はひやひやしていたのだが。
 幸いにも不幸な事故は起こることなく、天使たちは帰っていった。当座の住まいとして、最初の客間がそのまま与えられた。甘い粥のような物を受け取り、それをすすり終わった香織は、遠慮がちにタオに話しかける。
「あの、タオ……」
「ああ、こちらです」
 笑ってタオが示したのは、香織に宛がわれた部屋から目測で五メートルほど下の部屋だった。右にも三メートルほどずれているので、さほど運動神経の良くない香織のジャンプで届く場所ではない。高所恐怖症などではないつもりだが、この高さから下を覗くだけで、香織は目眩を覚えた。
「……ごめんなさい。私……」
「そうでした! 重ね重ね、失礼しました」
 瞳に罪悪感をあふれさせながら、タオは恭しく香織を抱えて手洗いまで飛んでくれた。

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実際の本文は↓のような感じです。

サンプルはここまでです。当日はよろしくお願いします!

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小説家。「死神姫の再婚」でデビュー以降、主に少女向けエンタメ作品を執筆していますが、割となんでも読むしなんでも書きます。RPGが好き。お仕事の依頼などありましたらonogami★(★を@に変換してね)gmail.comにご連絡ください。